夜が明け、薄い光がカーテン越しに差し込む頃私はふと物音で目を覚ました。
まだぼんやりとした意識の中、耳に届くのはかすかな「カチャカチャ」という音。
最初は何が起きているのかよくわからなかったけれど、音の正体を知りたくてベッドから顔を上げる。

「…何の音だろう？」

部屋の中はまだ静かで、外からは小鳥のさえずりが聞こえる。隣を見ると彗の姿はない。
でも、彼がここに帰ってきた証拠のように布団はぐちゃぐちゃに乱れていたからもう家にはいるんだろう。

音の正体が気になって私は部屋をそっと抜け出す。廊下を進み音のする方へと足を向ける。
すると、キッチンの方からかすかな声が聞こえてきた。

「これどうやんの…？」
「ここはねぇ、こうやって…」

扉の隙間からそっと覗き込むと、そこには彗とおばあちゃんがいた。
二人で並んで朝ごはんを作っている。

彗は不器用そうにフライパンを握りしめていて、おばあちゃんが横で教えているみたいだ。彗の顔には少し苦い表情が浮かんでいて、なんだか普段とは違う一面が見られた気がして、思わず微笑んでしまった。
そんな彼の様子を見ていると、少し心が温かくなった。

「…彗、おはよう」
「お、もう起きたのか」
彗がこちらに気づいて、軽く手を上げながら応じてくれる。私はまだ寝ぼけ眼のまま、キッチンに立つ二人を見つめていた。

その時、おばあちゃんと目が合った。少し気まずい沈黙が流れるけれど、私は慌てて頭を下げる。

「あ、あの…お邪魔してます！急に押しかけちゃってすみません…」

慌てて謝る私におばあちゃんは一瞬驚いた表情を浮かべてから、すぐに優しく微笑んでくれた。

「大丈夫だよ、ゆっくりしていってねぇ」

その一言に少しほっとする。心がじわりと暖かくなっていく。どうやら彗から事情はもう伝わっていたみたいだ。
とはいえ、何となく気恥ずかしくて視線を逸らす。

それにしても、なんでこんな朝早くから二人で朝ごはんを作ってるんだろう？時計をチラッと見ると、まだ5時半過ぎ。
早すぎる時間に驚いて私は思わず口にしてしまった。

「なんでこんな朝早くに…？」

その質問に、彗は何も言わずに目を逸らされてしまう。彼の反応がちょっと不思議で首をかしげていると、おばあちゃんが笑みを浮かべながら言った。

「この子ねぇ、想乃ちゃんのために作りたいって言ったのよ」

その瞬間、彗の顔がパッと赤くなったのがわかった。
「おい、ばあちゃん！そこまで言ってねえぞ」
照れ隠しに慌てて言い訳する彗の姿が面白くて、私は思わずクスッと笑ってしまった。
彗のそんな姿を見るのは初めてだったし、彼が私のために朝ごはんを作ってくれたなんて…その気持ちが嬉しくてたまらなかった。
夢に見た彗もいつも私を助けてくれて、彼は私にここに居てもいいんだよって言ってくれるみたいで嬉しくなってしまうんだ。

「ありがとう…嬉しい」
「これから頑張りにいくんだろ。だから、まぁ…食べてけよ」

素直に気持ちを伝える私に少し驚きながらも、彗も返してくれる。
そう。私はこれから家に戻らなくちゃいけない。
両親との辛い現実が待っている。でも、彗のこの気持ちをもらったからもう大丈夫。
彼がいてくれたから、私は少しずつ強くなれている気がする。

昨日、彼が言ってくれた言葉が蘇る。

"負けるな"。そうだ、もう負けたくない。私は自分の言いたいことをちゃんと伝えたいし、自分の意思を曲げずに生きたい。

「うん…！私頑張るから」
自然と笑顔があふれて、口角があがる。
彗やおばあちゃんの優しさとか、彼が作ってくれた少し潰れた目玉焼きとか、その全てが…大切なもので。
だから私はこのもらった気持ちを無駄にしないようにしたい。
どれだけ怖くても、どれだけ辛くても、次は絶対に＿＿逃げたりなんかしない。
その気持ちを胸に、私は前を向いて歩き出す決意をした。