「ソリー、次はどこに行くのかな?」
人生初のデートにやる気満々のルロ。
「そうね。あそこのお菓子屋に行きたい」
今日が誕生日ということでお金をたくさん使ってたくさんの袋をルロに持たせるとても楽しそうに笑うソリー。
二人共街に出かけるのは数年ぶりで建物も人間も変わっていて全く慣れることがないが、それでも、ソリーが楽しそうに笑っているのを見てしまえばルロは満足している。
「ははっ」
今日が誕生日で本当に良かったよ。
あのままだったらケンカどころか、城から追い出されることになっていたかもしれないから、ソリーの誕生日があって僕はまた君のそばにいられる。
それに、こんなに可愛いソリーの笑顔はもう二度と見られないかもしれないから、記念にちょっと写真でも撮ろうかな。
こっそり、バレないようにね。
ルロはソリーを心の底から愛している。
愛しすぎて少し気持ち悪いほど執着してしまっている。
ソリーにバレないようにこっそりコートのポケットの中に入れていた小型の古いカメラで少し距離を置いて遠くからソリーの姿を捉え、パシャッと一枚写真を撮った。
「おおおっ、中々いいね」
写真に写るソリーは満面の笑みで偽物に近い怪しい紫色のお店を眺めている謎に満ちた一枚。
でも、ルロはとても満足している。
なぜなら。
「ソリーは写真が嫌いだから、中々撮らせてもらえない。でも、こうやってこっそり撮れば何も問題は」
「あるわよ」
「え」
ルロの怪しい視線に気づいたソリーが力強く限界でま力を込めてルロの左手薬指を握りしめている。
「あんた、私が写真嫌いなの知っているでしょ?」
「うん、だから、こっそり撮れば大丈夫かなって」
「正面から撮られるよりもこっそり撮られる方が私は大嫌いよ。もう二度としないで、次同じことやったらあんたと契約は結ばないからね」
「ええー! そんな、そんなこと言わないでよ。僕はただ君の可愛い笑顔を写真に残しかっただけ」
「私はもう可愛いって言われる年齢じゃないわ。一応私が上だってあんたも知っているはずよ。忘れたの?」
「忘れてないよ。むしろ、そっちの方がいいと思っているくらいだよ」
「ふーん」
「僕は二十一歳。まだ大人になったばかりの新人。その新人を受け入れてくれるのは僕よりもだいぶ歳が離れている者と結婚したいと思っている、君と出会えて結婚できて僕は幸せ者だよ」
堂々と街中で愛の告白を珍しく真剣眼差しで言ったルロ。
しかし、ソリーは自分の年齢が気にいらないようで。
「はあっ、確かに私ははるか宇宙よりも年上。それも五十年以上も離れているわ」
「うん、知っているよ。君がおばさんでもおばあちゃんでも、僕の愛は変わらず続けていく。君にはその覚悟を持って欲しいかな。ははっ」
嘘でも偽りでもない純粋な瞳で世界で一番愛する妻のソリーを見つめる夫のルロ。
ソりーはその瞳を見る度に一瞬ドキッとして顔が真っ赤になって照れて、目を逸らした。
「もう、あんたはどこにいても恥ずかしいことを言うんだから・・・」
まあ、それも嬉しいけど。
「そうかな? 結構僕真剣に言ったつもりだったんだけどね」
ソリーを愛せるのはこの世界では僕だけだからね。
この二人がお互いを愛し合える日が来たらいいのに、それを壊す日が近づいてくるのも事実。
その事実を変えられるなら、夫婦の力で変えて見せてくれるだろう。
本気で吸血鬼を愛しているルロという人間が生きている限りは。
「ほら、早くお店に入るわよ。これ以上恥ずかしい言葉は言われたくない」
「はははっ! うん、そうだね。君のためにも、今はここまでにしておくよ。ああ、夜の街は静かで居心地が最高だね」
「そうね。私も全然街には行かないから意外と楽しいわね」
「はっはは。ソリーがそう言ってくれて僕は嬉しいよ」
いつまでもこの時間が止まってくれればいいのにね。
お店に入ってから早速ソリーが目にしたのはチョコレートのロールケーキ。
少し苦く甘味が少ない大人向けのケーキにしては少し渋い。
だが、ソリーはそのケーキに心惹かれて瞳をキラキラと輝かせて店員さんにこう言った。
「この渦巻きケーキを三つください!」
ロールケーキを渦巻きケーキと大声で注文したソリー。
周りはちょっと距離を引いてコソコソと怪しげに笑っている。
「あの子、ロールケーキを渦巻きだなんて、一体どこから来たのかしら?」
「ただの知識不足でしょ」
「見た目はただの子供だから」
完全に吸血鬼のソリーをバカにしたようなコソコソと夫として一番聞きたくない話をされたルロは心の中で怒ったものの、ソリーのために隣に立って頭を撫でた。
「ははっ、ソリー、僕がお金を払うから、もっと好きな物を選んでね」
他人の噂話をする人間がいる方が最低だよ。
それも、僕の愛する妻を汚い口で文句を言ったこと、いつか絶対に後悔させてあげるからね。
「はっ」
ルロは今でも人間が嫌いだ。
自分のことよりも他人に目をつけて悪い噂やからかって泣かせる。
そういう世界にもなってしまっているのだから。
「ルロ、このケーキはどう?」
キラキラと虹みたいに綺麗に瞳を輝かせるソリーが指差したのは焼き菓子のクッキー。
「これ初めて見たわ。おいしいの?」
「うん、おいしいよ。味も種類も豊富だから、きっとソリーも気にいるよ」
「へー、そうなのね。じゃあ、これも買って次は」
「はいはい。何にするのかな?」
ソリーがお菓子に興味があるのはあまり知らなかった。
普段は僕の血を吸っていて、食事に興味なんてない。
でも、お菓子なら食べてくれる・・・なら。
「じゃあ、僕も作ってみようかな」
お菓子は料理と違ってちゃんとしたレシピもあるし、作り方もしっかりある。
レシピ通りに作れば、ソリーはきっと僕に惹かれてそのまま甘い結婚生活を送れる・・・はあっ、想像しただけで幸せだよ。
自分にできることなら何でもして、愛する妻のために全てを尽くす夫。
普通は逆のはずだが、今はそれは関係ないとして、ソリーは。
「あんた料理も作れないのにお菓子を作れるはずがないでしょ。勝手なこと言わないで」
はっきりとできないことを理解されたソリーの冷たく寒い口調に、ルロはしょんぼりして仕方なく頷いた。
「そ、そうだね。君の言うとおりだよ」
やっぱり、僕には何もできないのかな?
夫が妻に尽くすのは間違っているのかな?
でも、僕の愛はソリーを笑顔にして一緒に笑い合うこと。
愛情たっぷりのハチミツのようなドロドロした甘い生活を望んだら、ソリーは僕を捨てて他のゴミのような人間と契約をしてしまう。
それは嫌だね。
今僕が城から出られているのは全部ソリーのおかげ。
僕たちはまだ契約を結んでいない、でも夫婦なのは変わらない。
夫婦なのに、自由に散歩もできない。
だから、今のソリーのこの笑顔が見続けられるように、今はソリーのやりたいようにさせてあげる。
それでソリーが喜んでいるなら、僕の望みなんて願いなんてどうでもいい。
僕の全部はソリーのためにあるんだからね。
「はっ」
自分の全てを吸血鬼に捧げる人間。
おかしなことをしているのはルロもよく分かっている。
分かっているからこそ止められない。
もっと愛を捧げたい。
そういうふうに作られてしまったのだから。
人間も吸血鬼も何でも、天からの命令で作られた人形。
争いが起きても天は 何もしない。
ただ見ているだけの自由な存在。
顔も姿も現すことなく平和に生きている。
それがこの世界を作ってしまったのだ。
「ねえ、ルロ。あんたが私のためにお菓子を作りたいなら、毎日作りなさい」
満面の笑みで嬉しそうに喜んで言ったソリーに、ルロは嘘ではないかと少し疑いながら真剣な眼差しで恐る恐る聞く。
「えっ、でも、いいの?」
嘘ではなく本音で頷いたソリーはルロの肩を撫でる。
「いいわよ。その代わり、まずかったら私はあんたをここで捨てる。その覚悟でおいしいお菓子をたくさん作りなさい」
私を愛しているなら当然おいしいお菓子を作れると期待してもあげるわ。
まあ、あんたにそんな覚悟はとっくにあることはよく知っているわ。
でも。
「分かったよ」
「ふっ」
「君の満足のいくような最高なお菓子を作ってあげるよ。ここに並べられている小さなお菓子よりもね」
ここがこの世界で一番有名なお菓子屋であるのに、ルロはそれを完全に忘れてソリーだけを見て周りの目など気にせず言ってしまった。
その言葉を聞いたソリーは一人だけ周りの怪しい視線を感じて顔を真っ赤に染めてルロの背中を力強すぎるほど叩いた。
「ちょっとあんた、ここがどこかちゃんと物を言いなさい。それを言われる私の身になりなさいよ、このバカ」
ルロは元貴族。
お城に来てからは礼儀作法をすっかりサボって言葉遣いも丁寧にはしていない。
というか、ルロは普段部屋にいるので他の吸血鬼に会うことがないので必要ないかもしれない。
けれど、ここは有名店。
さすがにその常識や空気を読めて当然の立派な大人なのに、ルロはソリーといる時は全くそんなことは考えていない。
むしろ、ただ忘れている本当にバカだ。
「僕は何も悪いことは言っていないよ。君のために言っただ」
「それが恥ずかしいのよ。今はデート中でも、ここには人間しかいないのよ。つまり私を守れるのはあんただけ。本音を言えば全然頼りないけど、こういう時にあんたがみんなの注目を浴びるようなことを言ったら私がどうなるのかもちゃんと考えなさい。あんたも大人なんだから、もっとしっかりしなさい。以上」
そう言って、誰にも聞かれないように小声で説教をしたソリー。
当然ルロを睨んでいて表情も怖くていつもどおり。
「はあっ」
僕、何か間違っていたかな?
それとも、ソリーがやっと僕を好きになってくれたとか、そういうの?
全く違う。
ルロの考えていることは全てソリーのことばかり。
本当に愛が重くて思いやりも強くてできれば関わりたくない存在。
しかし、ソリーはそんなことはなるべく気にしないようにしている。
気にした方が負けな気がしているから。
「ふう」
少しは反省したわよね。
何を考えているか知りたくないけど、次の手を考えているなら何でもいい。
ルロは私だけを見ていればいいのよ。
まあ、これもただの言い訳ね。
私は言い訳しか言わない。
それはルロも同じはずでしょ?
「うーん」
ソリーが気にしているのは多分周りにいるゴミたち。
別にソリーはこんなゴミたちのことなんて気にすることはないのに、どうしてかな?
君は王女様なんだよ。
何でも手に入れられる特別な存在・・・と言えば何とてでもなるけど、ソリーはそんな自分が大嫌いだったね。
僕って、本当に周りのことを考えなさすぎているね。
ソリーのことしか頭にない、それ以外なんて命を捨ててでもどうでもいい。
だって、僕以外の人間はみんなゴミ、なんだからね。
自分も人間なのに、完全に他の人間を「ゴミ」として汚い生き物として思い込んでしまったルロ。
その思いがいつか必ず変えられることを知るのはそう遠くもなかった。


「ふう、結構買ったわね」
「そうだね。でも、本当にこれだけでいいの? 君にとっては多くても、僕にとっては少ない方だと思うけどね・・・」
「いいのよ。今日の主役が満足しているなら何でもいいのよ。ほら、あと少ししたら朝になるから、その前にさっき買ったケーキを食べるわよ」
「そうだね。おいしいうちに食べておかないとゴミが増えるからね」
さっきの有名店のお菓子屋でルロは「ゴミ」という言葉を心の底から気になってしまい、何でも「ゴミ」と言えば気分が軽くなってしまっている。
それに気づかないソリーは特に何も思うことなくさっさと二人お気に入りの庭のテーブルにたくさん買った味も種類も豊富なケーキを並べていく。
「はああっ、おいしそう!」
七色の虹よりも綺麗に真っ赤な瞳を眩しい天のような優しい輝きを見せるソリーに、ルロも嬉しそうに明るく笑ってそっと頭を撫でた。
「ははっ、さっ、食べよう。どれから食べてもいいよ。全部君の物だからね、遠慮しないで」
「ええ、じゃあまずは渦巻きケーキにするわ。しっとり生地に生クリームが中に入っている初めて見るお菓子。きっとおいしいはずよ」
そう言って、食べ方を知らずにそのままロールケーキを両手で持ってモグモグと無言で食べていくソリー。
「んっ! おいしい、おいしいわ! 初めて食べたけど、こんなにおいしいのね。ああっ、三つだけじゃなくて五つ買えば良かったわ」
「ははっ、三つだけでも十分だと思うけどね・・・」
「そう? ほら、あんたもどれか好きなの食べなさい」
「あ、うん」
本当に、ソリーは可愛いね。
僕のような空っぽな人間にでも語りかけてくれる。
それも含めて僕は君を愛している。
愛した物は一生かけて守り抜く力が必要になる。
それができなければ捨てられる。
僕もそうなった時はどうしようかな・・・。
「ルロ、あんた、さっきから何考えているのよ? ちょっと気持ち悪いわよ」
ルロが考え事をしている時の顔は不気味に何か魂を食べたように瞳が真っ黒に輝いている。
それをソリーは心の底から
「気持ち悪い」
と、めちゃくちゃ引いて距離を置く。
しかし。
「大丈夫だよ。僕が考えているのは半分は君のことだからね、ソリー」
不気味な笑みから明るく元気な笑みを浮かべたルロに、ソリーもできるだけ笑って頷いた。
「そうね。私はあんたの妻なんだから、夫のあんたが考えているのは全て私よ。それだけは忘れないで」
「もちろんだよ。いつでも僕は君を一番に考えてる。他のことなんてゴミみたいにどうでもいいからね」
また「ゴミ」という言葉を使ったルロ。
本当に大丈夫なのだろうか?
「まあいいわ。あんたお菓子なら何が好きなの?」
「別に嫌いな物はないよ。うーん、そうだね。じゃあ、ソリーを食べようかな」
「は? あんた何言って」
「え、ダメ? 生クリームがついたその唇に触れて舐めて溶かしてめちゃくちゃにする。これって、結構楽しいことだ思うよ。はははっ」
サラッと恥ずかしい言葉を言われ顔だけでなく腕も足も真っ赤に染まったソリー。
「ああああっ」
何よ、何でそんなこと言うのよ?
つまりそれって私を食べたいっているのと同じでしょ。
全く、ルロには敵わないわね。
私が吸血鬼でも年上でも、なぜかためにルロが私よりも大人に見えてかっこよく見える。
きっと、それはルロが何かを変えたのが原因ね。
出会った時のルロは今のイメージと全く違っていた。
憎い父親が早く消えてくれることを願い、心を閉ざして一人ぼっち。
私は最初は何も思わなった。
興味なんてなかった。
大体、吸血鬼が人間に興味を持つ方がおかしいわ。
吸血鬼のソリーがルロを愛さなくても、ルロはしつこいほどに愛して愛してそばにいる。
周りから見れば微妙な関係と思われてしまう。
誰かを愛する気持ちはその者にしか分からない。
相手に自分の気持ちを全て伝えたところで何の意味があるのかも分からない。
意味を求めたいのなら、知りたいのなら。
自分か積極的に相手に近づいて距離を縮めてそっと抱きしめる。
それが一番相手を理解できる便利な方法。
「ソリー、僕の愛はちゃんと君に届いているかな? もっと注いだ方がソリーは喜んでくれるかな?」
「・・・・・・」
「あっ! もしかして、もっと愛して欲しいとかそういう感じかな? ははっはは、なら、じゃあ君に」
「もういいわよ! 十分届いているからこれ以上何も言わないで!」
これ以上聞きたくない。
聞いたら私の体はそのうちに熱に溶かされて死んでしまいそうになるわ。
「ん・・・」
ソリー、さっきから変だね。
僕の愛がちゃんと届いていないと思って愛の言葉をたくさん伝えているつもりなのに、それがダメだったのかな?
何も分かっていないルロ。
いや、分かろうとしていないかもしれない。
一方的な愛を相手にどんどん近づいて伝えるのはあまり良いとは言えない。
時々それがルロの思っているとおりダメだったり傷つかせてしまうことだって十分あり得る。
だから。
「分かったよ」
自分の中で何かに納得したルロは満面の笑みでソリーを抱きしめた。
「何が?」
まだまだ恥ずかしさで体温が燃える炎みたいに熱いソリーは不思議に思い首を傾げた。
だが、その時。
「ずいぶん楽しそうですね」
ズリズリと何かを引きずりながら誰かが二人の元に歩いて来ている。
「ソリー様には私が必要なのに、私よりもこんなクズを選ぶなんて・・・そんなの絶対に許しません。早く捨ててください」
強く荒く寒さが一気に増したように冷たい声、この口調の正体。
「あんた、次はルロに何をしようとしているの? 主人の私に反抗したらどうなるか分かっているなら、尚更あんたをお父様のところに連れて行くわよ。サムール」
そう、数年間ソリーに仕えているメイドのサムール。
彼女はルロを一番嫌い、ソリーを取られたことに心の底から腹を立てて憎しみと恨みで引きずっていた斧を大きく空に両手であげて勢いよく下ろした瞬間を狙って、ソリーがルロの手を握って走って避けた。
しかし。
「あははははははっ! 待ってください、私はあなたのために今まで努力してきたんですよ。苦手な掃除も面倒な雑用も全部ソリー様が喜んでくれると信じてすごく頑張ってきたのに、何でこいつなんですか? こいつのような生き物のクズを夫にするなんてどうかしていますよ!」
怪しげに大声で笑いながら後ろから追いかけてくるサムールに、ルロはショックで暗い表情を浮かべて立ち止まった。
「そっか、そうだよね・・・うん」
他の吸血鬼からしたら僕は邪魔だよね。
突然やってきて結婚して幸せになって。
ずっと一緒にいたのに、突然それを簡単に壊されて離れて元には戻れない。
それがサムールちゃんなんだね。
「はあっ、ふー」
こんなに憎まれたり恨まれたりされたことは何年ぶりだろう。
僕は貴族の中でも結構上の方だった。
勉学も運動も全て完璧にこなさなければお父様に怒られて物を投げられて傷が増える・・・。
今もその時かもしれないね。
でも、僕にも譲れない物があるんだよ。
サムールが後ろから全力で走って追いつかれたルロは握られている手をそっと離して、ソリーを少し雑になってしまうが肩を押して草の中に隠す。
「ごめんね、ソリー。僕、君といつまでも一緒にいるために僕が何とかする。何とかして、それで、生き残れたら、また僕と契約を結んでくれるかな?」
表情が全く見えず、ルロが何をしようとしているのか分からないソリーは瞳を揺らしながら恐る恐る手を伸ばして答える。
「あんた、今そんなこと言わないで。そんなこと言った生き物はみんなこの世界から消える。形もなくね!」
ルロと離れるのが心の底から怖いソリーは伸ばした手をドンっとルロの背中を叩こうとした時。
「こんな時でも油断するとはやはり人間は甘いですね、本当に!」
サムールが思い切り斧をグルグルを回して投げた先にはちょうどルロの足が。
「ダメ!」
足に落ちる直前、ソリーがルロの服の襟を掴んで後ろに引いて代わりに前に立ち、斧を掴んだ。
「私はもうあんたのことなんてどうでもいい。存在自体がいらないのよ!」
そう言って、ソリーは本気で正しい道を歩むためにルロと幸せになるために。
血まみれになった両手で斧を空に上げてお返しにサムールの左腕をバシッと切った。
「ああああああああああああああっ! 痛い、痛い、なんてことをするのですか、ソリー!」
痛みに耐えきれずに静かな真夜中に無駄な叫び声を上げるサムール。
「私にはルロがいる。あんた一人がいなくてもどうでもいい。これはお父様に報告するわ」
「えっ」
「当然でしょ。王女の私の夫を傷つけようとしたのよ。これを見逃すはずがないでしょ、絶対に!」
「は、そ、そそ、そんな、それだけはやめてください。私はただ、ソリー様のために、喜んでもらうためにしただ」
「はあ? 私のためって本気で言っているの?」
「そうですよ。私はいつだってソリー様のために行動していたんですよ。それを裏切られた私の気持ちを考えたことはありますか? ないですよね?」
自分の存在を消されることに強い抵抗感を抱くサムールは恐怖で涙が溢れてまた声を上げる。
「いやあああああああああああっ! やめてください、やめてください! 私はまだ消えたくありません、私の代わりなんて誰もいません。お願いします、王にだけは言わないでください。何でもしますから!」
これが人生の最後を迎える生き物の恐怖。
特にサムールはこのお城に仕えているうちの一人。
王やその家族のために必死に働くために作られた使い捨ての人形にすぎない。
感情など必要ない。
必要なのは仕事。
仕事だけをしてお金を稼いで赤いジュースを飲んで生きる。
自分に似合うを血を見つけるのは王族ですらも十年以上かけてやっと見つけられる貴重な物。
どんな性格でも人柄でも、自分に似合う血を見つけた吸血鬼は一番幸せ者。
お金を払わなくても血を吸える。
何にも縛られずに自由を手に入れられる。
でも。
「私はあんたと違って力がある。あんたが一生超えられない力をね」
「ああああっ、いや、いや、いやああああああああっ!」
「あんたは私のせいで感情を持ってしまったのよね。悪いわね」
「ああっ、いや、いや、ああああああああっ」
「どんなに叫んでも誰も助けに来ないわ。来たとしても、先に助けるのは私たちよ。残念ね」
「・・・・・・」
ソリー、君はやっぱり僕のことが好きなんだよ。
前に本で読んだんだよ。
吸血鬼は恋を知らない、思うこともできない。
悲しい生き物だよ。
確かに吸血鬼は人間よりもはるかに強い。
強いけど、感情を持たない吸血鬼がほとんど。
ソリーが言ったようにサムールちゃんも最初は感情がなかった。
ただ働くために作られた人形。
でも、サムールちゃんはたまに見せるソリーの笑顔に惹かれて感情を持ってしまった。
そして僕がここに来たことで嫉妬や憎しみ、恨みという暗い感情も手に入れて僕を殺そうとした。
「僕は嫌われ者だね」
今までの自分を振り返り、サムールのことを考えて体によく染みついた真っ黒な水を被ったルロ。
だから。
「ソリー、お父様に報告はしないでくれるかな?」
「え」
「は?」
突然ソリーが言ったことを否定はしないが、サムールを庇うルロ。
その理由は。
「ソリーもサムールちゃんのことを考えてみてよ。僕は考えて思った。このままお父様に報告しても何も面白くない。むしろ、この子を利用して適当なゴミを拾わせる。それでどうかな?」
ルロが言った
「ゴミ」
というのは人間のこと。
ルロは今日街に出かけて自分も人間なのにソリーを怪しい目で見た人間を心の底から気に入らなくて、自分も人間だと思われたくなくて。
こんなにひどいことを提案してしまったのだ。
「ははっ、利用できる物は何でも使わないとまた僕たちは他人になる。そんなの嫌だよ、僕はね」
全く似合わない怪しげに本気で笑ってそう言ったルロ。
その姿を見たソリーはあまり見たことがないルロを少しだけ怖くなって目を逸らした。
「・・・あっ」
ルロは私だけを考えてくれているのは正直嬉しい。
嬉しいけど、言い方や態度が変わればそれが嘘みたいに怖くなって怯えてしまう。
私と出会った時も同じように笑っていた、笑って吸血鬼の私を妻にした。
何度考えても恐ろしい。
血の繋がった父親を殺して私を選んだルロ・・・。
でも、私はそこに惹かれた。
どんな私でもルロだけは喜んで笑顔で受け入れてくれる。
お兄様たちと違ってルロは優しい、笑いかけてくれる。
そう考えたら、今ルロが言ったことは正しい。
私もルロのことだけを考えて生きていきたい。
だから。
「そうね、あんたがそうするなら私も手伝うわ。私たちは夫婦なんだから」
同じように怪しげに美しく満月のように笑い、同じ吸血鬼のサムールに心までもを苦しめるように血みたいな真っ赤な瞳で身体中を震えさせるソリー。
その可愛らしい姿に、ルロは心の底から嬉しそうに笑って頷いた。
「そうだよ! それでこそ僕たちだよ。はっははは、嬉しいね、ソリーが僕と同じ気持ちになってくれて」
「当然よ。私たちは結婚した仲なんだから同じ考えを持つのは自然なことでしょ?」
「うんうん。じゃあ、何かいい物を持ってくるから、ここで待っててね」
「はあっ、さっさとしないさいよ、私もこの子も待つのは苦手なんだから」
「分かっているよ」
そう言って、ルロは今から自分が何をしようとしているのかを全く重く考えずにスキップをしながら庭を通り抜けてある人物が目に止まって立ち止まった。
「ん? あの子は」
見たことがない、可愛い。
歳はまだ十代後半? くらいでとても吸血鬼には見えない。
むしろ、僕と同じ・・・そうだよ、あれは人間で間違いない。
だって、瞳の色が真っ赤じゃない。
「もしかして、あの子も吸血鬼と契約をしているのかな?」
その可能性は十分高い。
ちょっと近づいてみよう。
ゆっくり慎重に音を立てずに歩いて行くと。
「あの男、吸血鬼だね。でも、様子がおかしい。どうして、門の前に女の子がいるの? 逃げたいの?」
そう、このお城にいる人間は合わせて三人。
そのうちの一人は次男のスラともう一度契約を結ぼうとして失敗した十五歳の少女アム。
ルロはアムの姿を見て一瞬で違う意味で好きになり、満面の笑みでどんどん歩いて声をかける。
「やあ、君も人間だよね。僕と仲良くしようよ」
出会ってしまってはいけない二人、いや。
「あなたたちも人間なの?」
三人が揃ってしまった事実は真っ黒な闇で希望を全て失う・・・。