「はっはは! 最高な朝だね!」
今はもう夜なのに眩しいほどに輝く太陽のような元気だらけのテンション。
「ちょっと、まだ眠いんだから大声出さないでよ」
このお城で暮らしているのは全て吸血鬼。
人間が一度でも足を踏み入れたら必ず殺されるという一番危険で恐怖の場所。
だが、それは百年前の話で今はどうなのかを人間は誰一人知らない、想像もしていない。
しかし。
「ルロ、お腹空いたから血、ちょうだい」
まだ吸血鬼にしては起きる時間ではないけれど、ルロの大声で起きてしまってはもう二度寝はできないだろう。
「はいはい。いいよ、ほら、おいで」
橙色の肩までサラサラに綺麗な髪に黄緑色の瞳。
ルロは王族ではなく貴族。
そして、彼女は。
「はああっ、眠い、眠い」
大きなあくびをしながらベッドから起き上がってルロの元に行き、隣に座る。
すると。
「ねえソリー、君は僕の血が好きなんだよね?」
毎日毎日必ず最初に血を吸われる前に確認するルロ。
その言葉にソリーは。
「そうね。私にはあんたが絶対必要。他の人間の血はまずくて吐き気がするからあんただけを特別に思ってるわ」
スラスラとすごく分かりやすい棒読みで言ったソリー。
派手で美しい背中まで美しく整えられた金髪に血のような真っ赤な瞳。
そう、ソリーは吸血鬼。
メリマ家の長女、王女。
二人はもう結婚していて夫婦になって三年。
夜でしか行動できない吸血鬼のソリーを誰よりも一番に愛し愛されなくても別に構わないと思っている。
だって。
「はっは、ソリーは可愛いね。結婚して正解だよ」
ずっとソリーを愛せるのは僕だけだから。
メリマ家の吸血鬼は変わっている。
自分に似合う血を求めては陰で人間を襲って血を吸って確かめて。
見つけた人間は絶対に手放さない。
手放したらすぐに殺される。
そういう契約を結んでいるから。
自分に似合う血を見つけた吸血鬼は人間と契約を結ぶと同時に婚約も結ぶ。
お城から絶対に逃げ出さないようにちゃんと中に針が差し込まれている危険な指輪をつけて、死ぬまで一緒にいる。
ルロもそうだ。
契約を結んだ時に指輪をつけられてソリーと結婚した。
ソリーから愛情なんて一つも与えられなくても自分だけがソリーを愛せれば何も問題ない。
全ては「愛」なんだから。
「あっああ」
起きてすぐに血を吸われるこの刺激は最高だよ。
もっと吸って欲しい、もっと求めて欲しい。
僕だけが君を愛してあげられるんだからね。
ルロはこの時が一番好きだ。
噛まれた首から流れる血の刺激が癒やされて痛みなど全く感じない。
むしろ嬉しいと思っている変態だった。
「ああああっ」
いい、いい、いいね。
二人だけでいられるこの幸せな時間が止まってくれたらいいんだけど、さすがにそうなったら僕は体の血が全てなくなってしまうからやめておこう。
自分のためにそっとソリーの肩を掴んで離して優しく笑ってあげて
「今日はここまでにしようね」
と、少し逃げたようにスッと部屋から出て行ったルロを、ソリーは舌打ちした。
「ちっ、あいつ、私のせっかくの食事を止めるなんて・・・はあっ、腹が立つ!」
自分のために生きるためにルロの血を吸っていたソリーの気持ちは特にない。
ただおいしい血を持っているルロに興味があって愛してはいない、幸せになんてならなくていい。
私はそういう吸血鬼なんだから。
恋をしたことがなくても、ソリーは愛してくれるルロを一応嫌ってはいないつもりだ。
嫌っていたらもうとっくに死んでいる。
自分に似合う血と出会えたことに感謝はしているらしい。
「ルロは優しい、優しいけど、時々怖くなるのよね。あいつが何を考えているのか知ってしまったら、私はどうすればいいの?」
好きでもない相手と結婚して必ず幸せな未来が待っているとは言えないだろう。
幸せなんて、二人で掴むことの方が現実的で叶うはず。
まあ、ルロとソリーの場合は全く違うけれど・・・。
部屋から出て行ったルロは庭に向かってある物を見てしまう。
あれは王と使用人?
何で二人が一緒に・・・まさか、浮気?
いいのかな、これを僕以外の誰かが見てしまったら、ううん、そもそも僕が見ているのがおかしい。
見ないふりをしよう。
自分のために。
冷静に大人な反応として静かにその場から立ち去って、一度部屋に戻る。
けれど。
「あれ? ソリーがいない」
着替えてどこかに行ったのかな?
まさか、お城から出て他の人間を襲って血を吸っていたら・・・嫌だ!
ソリーは僕の妻だ。
誰にも渡さな、ううん、ダメだ、僕はお城から出られない。
この指輪をつけている限り、僕は一生お城から出られない。
だったら、僕にできることって何があるのかな?
黙って帰るのを待つ?
それとも、針に刺されてもお城から出て探しに行く?
「うーん、分からない! 何をすればソリーは戻って来てくれるのか」
「ちょっと、あんたさっきから邪魔なんだけど」
強く厳しい口調で足で背中を叩いてきたのはソリーだ。
その姿に安心したルロは満面の笑みで勢い良くソリーを抱きしめる。
「ソリー、良かった、良かった!」
無事で本当に良かった。
しかし。
「はあ? 私はただ顔を洗いに行っていただけなんだけど」
一々反応が大げさすぎて疲れる。
何事も大げさに考えてしまうルロに呆れるソリー。
この二人が愛し愛される日が来るのはいつになるのだろうか・・・。


「ねえソリー」
「何?」
「今日は天気も良いし、久しぶりに外で食事しようよ」
「えー、面倒くさい。私、中がいい」
「そう言わずに、ほら、もう使用人には食事を用意してもらっているから、さっ、行こう」
行動力が早すぎるルロに、ソリーはまたまた呆れて王女であるはずなのに、堂々と夫の前で床に寝転がって全く動こうともしない。
「あんた一人で行けばいいのに」
「嫌だよ。僕たちは夫婦なんだから、たまには外で特別な夜を過ごそうよ」
「嫌よ。夫婦でも私はあんたが好きじゃないんだから、勝手に一人で食べて。あっ、でも帰ってきたら血、お願いね」
めちゃくちゃ雑に自分の食事は忘れないソリーを、ルロはなぜか嬉しそうに明るく笑って丁寧に手を掴んで横に抱える。
「じゃあ、血もあげるから一緒に行こう」
愛する妻の願いをちゃんとしっかり聞きながらルロがゆっくり歩き始めている姿をに、ソリーは。
「はああ? だから、あんた一人で行ってよ。外で食べるなんて絶対嫌。虫がいそうで怖い」
「大丈夫だよ。今は十二月だから虫はいないよ」
「でも、食事をしているところは誰にも見られたくない」
「えっ」
「私だって、恥ずかしい感情があるんだから、少し分かって」
顔を真っ赤にしながら珍しく自分の思っていることを伝えてくれたソリー。
当然ルロは喜んで頭を撫でてあげる。
「分かったよ。じゃあ、誰にも見られない場所にしようね」
「え、ええ」
人間と吸血鬼。
人間からしたら吸血鬼は危険な生き物で敵。
吸血鬼からしたら人間は食事。
全く交わることのない生き物だからこそ、人間は吸血鬼を恐れる。
一方、吸血鬼は何も恐れてなどいない。
自分に似合う血があれば全て良し。
そういうこと。
ソリーを横に抱えながらルロは月がない真っ暗な夜の庭に出て十本のロウソクが灯っている薔薇に囲まれた席に座った。
テーブルに並べられているのはお肉や魚の贅沢な料理。
どれもおいしそうでよだれが垂れてしまいそう。
瞳をキラキラと輝かせて一人楽しく食事を楽しむルロを、ソリーはじっと黙って見つめているだけ。
これのどこがおいしいのか全く分からないわ。
人間の食事には全く興味がないソリー。
でも、その顔を見ているだけで。
「ふっ」
自然と笑みが溢れるソリーだった。
時間も約二十分経ち、風が身体中を凍らせるように冷たくなってきた頃にルロがそっと優しく丁寧にソリーの頭を撫でてお決まりの時間になった。
「僕はこの世界で一番君を愛している。それもずっとね」
酒に酔っているわけでもなく、ただ真剣に自分の気持ちを毎日決まった時間に結婚しても告白の言葉を口にするルロ。
その度にソリーの顔は真っ赤になってハチミツみたいに甘く溶けてしまいそうな可愛い反応を見せる。
「もう、恥ずかしいこと言わないで」
この反応を楽しむというわけではないが、ルロは心の底から笑って抱きしめる。
「ごめんね。だけど、僕はずっと君を愛し続ける。何があっても、絶対にね」
優しく耳元に囁くルロの声がもっとソリーを恥ずかしがらせて涙が溢れてしまう。
「う、もう、いいから、離れてよ!」
大声で力強くソリーが髪をクシャクシャになるほどに暴れてもルロはまだまだ続きを話す。
「僕たちは結婚して夫婦になった。夫の僕が妻の君を愛さないなんてそんなおかしなこと、君は嫌だよね?」
何度も続けて「愛」という言葉を繰り返すルロを、ソリーはもう諦めてため息を吐く。
「はあ、そうね。あんたに愛される私は世界一幸せな吸血鬼ね」
全く変わらないスラスラの棒読みでも、ルロはとても嬉しそうに幸せそうに満面の笑みを見せる。
「はっははは、そうだよ。君は世界一幸せな吸血鬼。君の夫になれて僕は幸せだ」
毎日毎日同じ言葉を言っても全く飽きることがないルロ。
夫が妻を愛するのはおかしいことじゃない。
ルロの愛情も間違ってはいない。
ただ、やり方が少し変わっているだけ。
吸血鬼のソリーを一度も恐れたことはない、とは言えないが、二人の出会いはとても最高なことだった。


今から三年前、ラーレスという貴族がいた。
ラーレス家はみんな性格が悪く、常に機嫌が悪かった。
その理由は。
『何度言えば分かる! お前は本当に頭が悪いな!』
まだ十代の若いメイドの仕事のやり方に毎回毎回大声を出して酒が入った瓶を振り回すのはルロの父親だったルーラウ。
彼は毎日酒を飲んで仕事もせず、外にも出ず。
遊びにばかり興味を持ってだらしない生活を送っていた。
そんな父親の姿を見ていたまだ十八歳だったルロは毎日こう思っていた。
『ああ、早く消えてくれればいいのに』
血の繋がりがある父親の死を毎日思い続けていたルロを、母親のサミは悲しんでいた。
『夫は酒に溺れて息子は父の死を望む・・・ああ、こんなの、どうすればいいのよ』
家族関係などとっくに崩れて元通りになることなんて夢を見ているのとほぼ同じ。
いや、夢に出てくるだけで吐き気がしただろう。
だって、ルロは元々ルーラウを嫌っていたから。
小さい頃からあれはダメこれはダメそれはするなと怒られて何年も苦しい日々を過ごしてきた。
ルロに自由はなかった。
自分の心など分かっていなかった。
恐れていた。
『あいつに怒られない方法は何がある? どうしたら僕は楽になれる?』
普通なら自分の好きなことはある程度許してくれるのが父親と思われるかもしれないが、実際はどうなのか。
子供の興味、未来について考えたこともないルーラウが自由を知らない息子のルロに何もしていない。
しようとも思っていなかった。
こんなダメな人間がいる限り、この世界は形を崩す。
けれど、ある日の夜。
『おい、ルロ!』
突然ルーラウがルロを部屋に呼び出した。
ルロはこれ以上怒られないように一秒でも早く走って部屋に入ったら。
『えっ、どういう状況?』
謎の少女がルーラウの血を吸っていた!
『君は、誰だ? どうしてこんなことをする?』
人間が人間の血を吸うなんて、そんなことあり得な・・・ううん、違う。
あれは吸血鬼だ。
本物だ。
百年前に全て殺されたはずなのに、どうして今あいつの血を吸って、ここにいる?
分からない、僕はどうしたら。
『あんた、こいつの子供なの?』
ルーラウの味に飽きたのか、少女は物を足で蹴って退かして、ゆっくりルロの元に歩き出す。
その姿に、ルロは自分も血を吸われてしまうのでないかと心の底から恐怖を感じて一歩ずつ後ろに下がって刺激しないようにとりあえず聞かれた質問は全て返すようにする。
『う、うん、そうだよ』
『じゃあ、あんたの血も吸っていい?』
『えっ・・・』
やっぱりそうだ。
それって、殺すって意味だよね。
そんなの絶対嫌だよ!
ルーラウのことよりも自分の命を優先して、ルロは少女に血を吸われないようにとりあえず苦笑いを浮かべてちょっとだけ首を横に振った。
『僕の血はあいつよりもまずいからやめた方がいいよ』
その言葉を聞いた少女は一瞬動きが止まった。
『あんたも父親のことあいつって言うんだ。へえー』
何か興味が湧いたのか、少女は血みたいな真っ赤な瞳を少し嬉しそうに美しい月明かりに照らされたように輝かせて頷いた。
『私も同じ。私も父親が大嫌い。関わりたくないし、面倒だし。それから、早く消えて欲しい』
最後の一言でルロは怪しく綺麗に同じように瞳を輝かせて恐怖が一気に興奮へと移り変わってしまった。
『嬉しい。僕と同じ気持ちを持っているのがこんなに綺麗な吸血鬼だなんて、夢みたいだよ。はっはは』
さっきまでは少女を恐れていたのに、父親を「あいつ」と雑な呼び方をすることに共感してくれた少女がとても愛おしくて、ルロは何も迷うことなく少女を抱きしめて明るい笑顔を見せた。
『ねえ君、そんなに僕の血が欲しいなら吸ってもいいよ』
自ら血を吸われたいと心の底から不気味なほどに欲するルロ。
それを少女は。
『あんたがいいなら吸う。あいつよりもあんたの方が絶対おいしいはずだから』
そう言って、少女がルロの服を破いて首を手で撫でてカブッと血を吸った。
この感覚にルロは。
『ああああっ』
嬉しい、楽しい、幸せだ。
この子はあいつよりも僕を求めてくれた、見てくれた。
これは一生逃したりしたら後悔する。
でも、どうすればこの子のそばにいられる?
吸血鬼の少女と一緒にいたいと思ってしまっているルロ。
それが今後どんな結末を迎えても同じことを思えるのだろうか。
『はあっ』
お腹いっぱいになったのか、少女は力尽きて倒れてルロが横に抱えた。
『おっと、危ない。ははっ、可愛いね』
この子と結婚したいな、夫婦になってもっと僕を求めて欲しい。
ダメ?
自分の腕の中で可愛らしい、愛おしすぎる笑顔で眠る少女に安心したルロは一度傷つけないように床に下ろしてルーラウを見つめる。
少女に噛まれた跡が全身血に染められていて息が苦しくて呼吸が乱れてそのうち一人で死んでしまいそうなルーラウ。
見ているだけでゾッとするほど怖くてめちゃくちゃだ。
しかし。
『お父様、楽にしてあげますよ』
少女が窓ガラスを破って入ったため、ガラスがあちこちに散らばっている。
そのうちの一つを手に取ったルロは走ってルーラウの元に行き、何度も縦に横に斜めに血がどんどん溢れていくように切って切って。
顔も体も穴だらけで血だらけで、何よりやり切った感覚が最高に心地良くて、嬉しくて満面の笑みを最後に血で顔が全く見えない死んだルーラウに見せて手を振ったルロ。
ルロはこれで自由を手に入れたと勘違いをし、もう一度少女を横に抱えて屋敷を出て行った。
『やっとあいつが消えてくれた、ううん、僕が消した。消して自由になった。はあっ、嬉しい。この子と出会ってから嬉しいことしかない。ああっ、早く結婚したい』
年齢も分からない小さな少女との結婚を望むルロ。
そして、その思いは叶った。
『おめでとう!』
たくさんの祝福の声を上げてくれる吸血鬼に囲まれながら式を挙げた二人。
真っ黒な夜で真っ白なドレスを着て笑顔で喜んでいる? ソリー。
たくさんの吸血鬼に囲まれて全く緊張などしないルロ。
二人で幸せになることを誓って、ルロが金色の指輪をソリーの左手薬指につけて、次はソリーが針つきの指輪をルロの左手薬指につけてこう言った。
『私から逃げたらすぐに殺す』
自分に似合う血を見つけた吸血鬼はみんな必ずこの言葉を言う。
これも誓いの証という物らしい。
だが、この時のルロは全く怖がらなかった。
むしろ、喜んでいた。
『うん、僕、君を一番幸せにできるようにたくさん、愛してあげるからね』
これが最高な出会い。
いや、最恐、とも言えるだろう。
ソリーが来なかったらルロは死ぬまで閉じこもったままだっただろう。
吸血鬼でも何でも自分の道を開いてくれたソリーに、ルロは心の底から感謝している。
だって。
『僕を救ってくれるのは君だからね』
人間同士のケンカは面倒くさい。
言い訳ばかり言って隠して誤魔化して嘘泣きをする。
まるで子供みたいな態度を取る大人がこの世界にはいーっぱい存在している。
これも現実。
自分の思い通りにならなかったら他人のせいにして自分は悪くないと嘘をつく。
なんてひどい世界、悲しい世界。
こんなことがあっていいはずがない、王は何をしている?
お城から出てきた姿を誰も見たことがない、存在しているのかも分からない王。
その理由はただ一つ。
このお城で暮らしている者はルロ以外は全員吸血鬼。
王族も使用人も全員吸血鬼。
当然王もその一人だ。
朝と昼は眠っているため起きる時間ではない。
夜に起きて溜まった仕事を朝になるまでに徹夜でこなしてまた眠る。
それの繰り返し。
人間ではない。
王が吸血鬼だと知られないようにするにはただ忙しいとか体調が悪いという嘘をついて何十年もこの世界で暮らしている。
王として。
王が吸血鬼だと知ったら人間は絶対に王を、お城に来て戦いを始める。
百年前の事件のようなことをもう一度起こしてはいけない。
あんな悲しい事件が何度も蘇ってしまったら世界はどうなるのか。
そんな簡単はことは子供でも分かる。
人間が安心して暮らせる世界を目指すため、吸血鬼は邪魔な存在として見られる。
こんな現実があるから吸血鬼は隠れて暮らすしかない。
ルロもソリーが殺されないように、常にそばにいようと努力している。
面倒だと思われても、愛する妻のためなら何でもする。
何でもして、いつか愛してくれたらと望む。
それがルロの本当の自由なのかもしれない。


「んーあ、ソリー、今日はどこに行く?」
寝起きでも二度寝をしようと思ったら先に起きていたソリーの姿を見て少しニヤニヤ笑っているルロ。
だが。
「何言ってるの? あんたは外に出られないんだから、大人しくまた眠ればいいでしょ」
「嫌だ、ソリーと二人で外に出てデートがしたい。二人で出かけたい」
ベッドの上でゴロゴロ寝転がって幼い子供のようなわがままを言う二十一歳のルロ。
そんな夫のわがままを、妻は呆れてため息を吐くばかり。
「はあああっ、あんたもう大人なんだからしっかりして。契約を結んだ人間がこの城から出たら指輪の針が飛び出して一瞬であんたの頭を切る。もう、同じことを何度も言わせないで」
そう、吸血鬼と契約を結んだ人間は一生お城から出ることはできない、許されない。
もし出てしまったらソリーの言うとおり、指輪から針が飛び出して頭を形が残さないほどに細かく切って四角に切られた野菜みたいに鍋で煮るように殺される。
それを知った今までの人間はみんな怖がって指を切って逃げ出す。
それの繰り返しだった。
自分に似合う血は中々出会えない。
毎日探しても見つからない。
どこに行けばいいか分からない。
それだけ難しい存在。
特別とかそういう物ではない、ただ自分に似合う血、生きるための材料が欲しくて探している。
匂いも味も全く違う。
ソリーがあの時ルロを見つけられなかったら、きっとソリーは全てに絶望して閉じこもる。
それか・・・。
「私はあんたに死んで欲しくない。生きて欲しい」
突然真剣な眼差しで本音を言ったソリー。
その言葉を聞いたルロはすぐに起き上がって隣に座って頭を撫でる。
「大丈夫だよ。僕が死ぬのはまだまだ先、というか、僕は君に殺されるから何も言えないね。ははっ」
「それは過去の話でしょ。今は違う。今は、その・・・最後まで一緒にいたい、死んでも私とずっと一緒にいて欲しい」
普段から本音など言わないソリーが頬が真っ赤に染まるほど照れている姿に、ルロは明るい笑顔で抱きしめる。
「ありがとう、嬉しいよ。そうだね、僕も、死んでも君と一緒にいたい。いさせて欲しい」
お互い本音を語り合って分かり合ってキスをする。
幸せは一生続くとは限らない。
結婚を誓い合った二人が一生共にいて支え合って幸せな時間を過ごす・・・なんて、そんな夢のようなことが現実で起こるはずがない。起こっていたら誰も苦しんだりしない、絶望もしない。
しかし、ルロとソリーは別な気がして。
「ねえソリー、もし僕が君に嫌なことしたら君は僕を殺してくれるよね?」
怪しく不気味に笑いながら驚きの言葉を口にしたルロ。
ソリーは心の底から恐怖が湧いて身体中が震える。
「は? あんた、さっきの話、聞いてなかったの?」
「聞いてたよ」
「なら、そんなこともう二度と聞かないで、吐き気がするでしょ!」
大声で本気で聞かれたくなった言葉に反対するソリー。
さすがのルロはやりすぎた気がして一旦離れてその後に
「ごめんね」
と、小さく呟いてベッドに横になって二度寝をした。
僕は君と出会えた幸福がとても心地良くて忘れたくない。
君に殺されても、僕は何も文句は言わない。
むしろ、愛された気がして嬉しい。
夢の中ではソリーにたくさん愛されて抱きしめられたりキスをされたりと、絶対に現実では考えられないことがどんどん夢に出てくる。
それはソリーも知らないルロの頭の中。
いや、想像すれば簡単に分かってしまうだろう。
頭のいいソリーなら。


約二時間が経った。
ルロが二度寝から起き上がった時刻は午後十九時。
お腹も空いて着替えて部屋を出て庭に出たら
「遅かったわね」
と、ソリーが真っ赤な瞳を静かな夜に怪しく綺麗に輝かせてルロを待っていた。
それも機嫌良く。
ソリーの綺麗な瞳にまだ少し残っていた眠気が一気に風船みたいに空に吹っ飛んで、ルロは満面の笑みで抱きしめる。
「はっははは! ソリー、君は本当に可愛い!」
「なっ、何よ、急に」
「ソリーが愛する夫の僕を待ってくれていたなんて、氷でも降ってくるのか」
「降ってくるわけないでしょ。それに、私はあんたを愛してない。することもないことをあんたも知ってるでしょ?」
「でも、言葉にするくらいは許してよ。それくらい僕は君に心から惹かれているんだからね」
全く本気で恥ずかしい言葉を次から次に口にするルロ。
ソリーはそんな愛が重いルロを、面倒でも距離を置かないようにしている。
その理由は一つ。
「早く首を貸して。お腹空いたから」
そう、自分に似合う血を何があっても手放せないために、嫌っても嫌われたくない。
ソリーも結構面倒な吸血鬼。
言葉はきついが、ちゃんとルロの愛情を受け取っている。
妻としての自覚は全くないけれど、死んでも自分を愛してくれる者が目の前にいてくれる幸福を失わないために、上手く付き合っていく必要がある。
それは絶対に避けられない道。
その道から違う方向へ進んでしまったら、きっとルロは他の誰かを愛してしまうだろう。
人間でも吸血鬼でも。
「いいよ。ほら、おいで」
私だけを見てくれるルロを私は誰にも渡したくない。
自分勝手だとは分かってる。
分かってるからこそ、ルロを愛してあげられない。
私はそういう吸血鬼になってしまったんだから。
お互いがお互いを愛し合えばもっと二人の幸せに繋がる。
それが普通だとみんな理解しているのも現実と言えるだろう。
夢でも叶えられなかったものを現実で叶えられるはずがない。
夢は夢、現実には現実という大きな壁がある。
それを乗り超えることも絶対ではない。
無理してするものでもない。
そう、何でも可能性がなければ始まらない。
ソリーがルロを愛せないのは他に違った意味も含まれているかもしれない。
ルロの一方的な思いが本当に死んでも続くのか、ソリーはいつも恐れている。
「はあっ」
こうやって毎日決まった時間にルロの血を吸って満たして安心して。
自分を守るようにすぐに離れる。
「ありがとう、もういい」
お礼の言葉なのに、全く素っ気ない態度を取るソリー。
だが、同時にある物が目に入り、走ってルロの手を掴んで逃げる。
理由が分からず突然のことで頭が回らないルロは首を傾げる。
「ソリー、どうしたの? 僕、何か君の嫌なこと言ったかな?」
何も言わずに僕の手を掴んで走り出すなんて、一体何が起きて、はっ!
後ろを振り向いたルロは瞳が激しく震えるほどの恐怖を感じる。
その正体は。
「ソリー、あれは、吸血鬼、だよね?」
フラフラと歩いてじっと地面を見て髪で顔を隠す謎の吸血鬼。
「あ、あああっ、あああああああああああああああっ!」
突然叫んで人間のルロに気づいてこっちに走り出した吸血鬼に、ソリーが手を離して少し雑ではあるが自分の後ろにルロを隠して両手を広げて守る。
「来るな、こいつは私の物! 絶対に渡さない!」
怖いはずなのに、必死に自分を守ってくれるソリーの姿を、ルロは心の底から嬉しくてつい涙を流す。
「う、嬉しい。君がそう言ってくれるなんて。はっ」
「何よ? 今は泣いてる場合じゃないでしょ、早くどこかに隠れて」
「え、ダメだよ」
「はあ? あんた何言ってるの、あいつの狙いはあんたなのよ、人間なんだから少しは自分の心配してよ」
「嫌だ。僕は君の夫なんだよ。妻の君に守られるほど僕はそんなに弱くはな、あっ」
しっかり余裕を見せてソリーの前に立ったルロが目に入った吸血鬼が急に飛び上がったその一瞬でルロの足を噛んだ!
「あああっ!」
痛い、ソリーに血を吸われている痛みとは違う痛みだ。
「はあ、はっ、は、うっ」
噛まれた足から流れるルロの血を吸血鬼はどんどん吸って体に力を注いでいる。
「ふっ、あ」
その姿に、ソリーは心の底から腹が立って吸血鬼の体を足で蹴る。
「お前、それ以上ルロの血を吸ったら殺す!」
そう言って、ソリーが両手で吸血鬼を退かそうとした瞬間、ルロの意識が段々薄く消えていき、指輪が取れて二人の契約が終わってしまった・・・。