三十年ぶりに四兄妹の前に現れたいとこ、ササ。
「久しぶりに帰って来たのにその言い方はひどい、ひどすぎる!」
見た目は男に見えるが、声は幼い少女のササ。
「私があの時逃げたのは、違う、君たちが逃げなかっただけ。それを私のせいにするのはどうかと思うけど?」
髪で隠れた顔から薄っすら見える同じ吸血鬼の真っ赤な瞳…。
その瞳と視線を合わせてしまったセスは自然と後ろに一歩下がってナイの左手を握ってこう言った。
「ナイ、僕を置いて今すぐここから逃げて。あいつの瞳を見たらダメだからな」
セスから謎の忠告を受けたナイは何を言われているのか全く分からずに首を傾げた。
「セス? あなた、さっきから何に怯えているの?」
私の手を握るのは構わない。
でも、せめて理由だけでも教えて。
ナイは少し勘違いをしている。
さっきセスはササを心から憎むような強い言い方をして警戒していた。
そして、三十年前に起きたある事件をきっかけにセスは、四兄妹はササを許したことはなかった。
そう、あの日、誰も考えられなかったあり得ないことが起きた。
人間たちが眠っていた真夜中に、四兄妹はいつも通り集まって仲良く食事をしていた。
『ははっ、今日の味は最高においしい』
『そうですね。とてもおいしいです』
『ふーん、まあ、僕は毎日同じで飽きているけどな』
『料理長の腕は毎日上がっていて、私も嬉しい』
この頃までは四人共仲が良かった。
毎日同じ場所に集まって食事をして遊んでそれぞれ与えられた人間の血を飲んで半日過ごして朝には眠る。
そういう楽しい生活を送っていたのに、その『楽しい』日々を壊した正体がある夜にお城の中に入ってしまった。
『大変だ! 人間が襲って来たぞ!』
シセルが大声を上げて兄妹の部屋に押しかけてすぐに中庭に逃げて姿を隠した。
『シセル兄さん、一体何が起きているんですか? この城は俺たち以外の者は絶対に入れないように設計されているはずですよね?』
スラがひどく混乱して瞳を激しく揺らしうずくまる。
『兄さんたち、何とかしてよ。せめて僕とソリーだけは守って。兄さんなんだから』
こういう時に『弟』という役を堂々と笑って示すセス。
この時まではセスはソリーを大切に扱っていた。
『お兄様たち、私、怖いです』
まだまだ幼く甘えたがりのソリーはこの時何が起きていたのかを知るのも怖がっていた。
でも。
『皆、安心しなさい。私が襲って来た人間たちを必ずこの城から追い出すから、四人はシセルの部屋で朝になるまで耐えていなさい』
唯一大人だったいとこのササが自分から人間に立ち向かおうと一人でお城の中に戻った姿を四人が最後に見た光景だった。
だが。
『おかしいな』
シセルの部屋に閉じこもって朝になりかけても襲って来た人間たちの荒い声が聞こえてくるのに疑問を抱くセス。
『ササは一体何をして・・・まさか!』
セスはササが全く帰って来ない気配に考えたくもないことが頭の中で雨に濡れた土のようにぐちゃぐちゃに気持ち悪いほどにぐちゃぐちゃに混ざり合い、そして。
『三人はここにいて、ちょっと僕が様子を見に行く』
セスにとってササは一番信頼していた吸血鬼の一人だった。
両親と同じくらいにササはかっこよくて頼りになって優しく思いやりが強い。
小さい頃からずっと一緒に育ってきたササを、セスは一度も疑問に思ったことはなかった。
むしろ、安心していた。
誰よりも、ずっと近くにいたから。
だけど。
『お前が行って何になるんだ?』
長男のシセルの正しい言葉に、スラも。
『そうだ。お前が行ったところで、逆に状況が悪くなるんだぞ』
兄として弟を心配しているのか、それとも使い道が悪いからか。
いつでも自分勝手な兄の言うことを弟のセスは何度も反対していた。
吸血鬼は血さえあればそれで満足する。
聞こえは軽くても、実際は重く深く自分に似合う血がなければ体を壊して体調を崩す難しい生き物。
与えられた血は簡単に手に入る物ではない。
王族だからどんな手段でも手に入れられる。
でも。
『兄さんたちが何もしないからこうなった。僕だって怖い、怖くても僕たち四兄妹のためになるなら僕はどんなことだってして見せる。結局は結果なんだから、今は僕の自由にさせてソリーだけを守って。それくらいはできるでしょ?』
血の繋がった二人の兄に偉そうに怪しげに笑うセスの姿に、シセルとスラはため息を吐いた後。
『分かった、お前の好きにすればいい』
声を重ねてそう言ってしまった。
これを聞いたセスは一度安心してゆっくり部屋の扉に近づいて物音一人立てずにゆっくり開けて部屋を出た瞬間を狙われたのか、その一瞬で細く長い矢が右胸に突き刺さった。
『か、ああっ』
油断した!
いや、違う。
何でここまで来ている?
ササはどこに・・・あっ。
周りを見渡したら、廊下を風のようにスッと走り回ってお城の塀に登って外に逃げて行ったササの姿をセスはその瞳にはっきり焼き付けた。
『う、嘘、だよな? だって、ササは一人で逃げたりしない。ちゃんと僕たちを守ってくれる存在なんだ!』
信頼していた物から裏切られた悲しみは大きすぎる。
あんなにかっこよくて優しくて思いやりが強いササ。
顔が隠れていても、同じ真っ赤な瞳を持つ吸血鬼。
その安心が透明なガラスのようにバラバラに砕かれた瞬間、セスの怒りは大粒の涙を流しながら溢れ出す。
『うあああああああっ! 許さない、絶対に許さない。僕たちを裏切るなんてひどい、ひどすぎる!』
僕たちを置いて逃げるなんてそんなこと・・・何でできる、何で何も言わずに逃げた?
教えてよ、何でもいいからせめて理由くらい言ってよ!
本当に、今までの時間は何だった、今まで一緒にいた日々は何だった?
『分からない、言ってくれないと分からないな。これからどうすればいい、三人に何て言えばいい? ササがいなくなった怒りはどこにしまえばいい?』
分からないことだらけで腹が立つ!
どんなに考えてもこの時のセスには分からなかったのも当然。
まだ幼く甘い考えしかなかった少年がこれからのことさえ考えるのも難しい。
唯一大人でずっと一緒にいたササが逃げた事実は永遠に変わらない。
憎まれるのも仕方ないこと。
それでも。
『置いて行かないでほしかった、一緒に逃げたかった・・・人間さえいなければ良かったのに!』
ササへの憎しみが次第に襲って来た人間たちへと移り変わり、セスは近くに置いてあった斧を手に取り、それを持ってお城に来た約七人の両腕をバシッと切り落として落ちた腕の肉を噛みちぎり、食って食って血を飲み干す。
『んっ、あああ。初めてだな、人間の血を生で飲むのはな』
飲み干した人間の血は消した七人だけ。
『たくさん飲んで満足したな。でも、それ以上に僕の胸に矢を刺したことだけは絶対に許さないからな』
襲って来た七人の血を全て飲み干し、消したセス。
その後、シセルの部屋に戻ったセスは自分が見たことを全て何も隠さずに話して三人はひどく驚いてひどく落ち込んで・・・お互い距離を置いてそのまま三十年が経った。
「セス、私はあなたを置いて逃げたりしないわ」
その事実を聞いても、ナイは美しく微笑んでセスの両手を優しく握って傷だらけの頬を撫でてあげる。
「セスがどんなにひどいことをしても、悲しんでも。私はあなたを置いて行ったりしないわ。だって、私とあなたは一生離れられない契約を結んだ関係なんだから」
その言葉を聞いた瞬間、セスは嬉しいのか喜んでいるのか、あの時と同じくらいの大粒の涙を流して頷いた。
「うん、そうだな。僕とナイは一生離れない。絶対に離したりしない。忘れていたな、本当に僕はもう」
「ダメよ、自分を責めないで。私だってあなたを離したりしないわ。私はあなたが好き、あなたは私が好き。これ以上何も考えなくていいのよ。あなたがしたいことがあるなら、私は一緒にしてあげるわ。だから」
「うん、一緒にここから逃げよう」
涙を手で拭い、セスは近くに偶然落ちていた全身を覆い隠す真っ黒なローブを身に纏い、今が朝でもなるべく気にせず、ナイはとても幸せそうに明るい笑みを見せ合いながら、中庭に走って最初にセスが塀を登り、次にナイがセスから差し伸べられた手を握ってお城の外へ飛んで行った。
誰にも止められない外へ出てしまったセスとナイ。
これから二人はどこに行きどこで生活をするのか?
「セス、いいの?」
今は人間の活動時間。
間違って他の人間に見られてしまったらセスはきっと殺させれて見せ物にされてしまうわ。
それは嫌。
嫌だけど、セスが私とあの窮屈なお城から逃げてくれた。
セスが希望するのなら、私は何でもついて行く。
そうよ、私は私たちは将来結婚するのよ。
何も考えなくていいのよ。
お互いを好きに愛せる関係になってしまったら後には戻れない。
尚更過去になんて戻れるはずがない。
現実的に無理がありすぎる。
魔法も術もないない世界では絶対に叶わない。
叶っていたら今も未来も変えられた。
セスとの出会いだって、きっと何も失わずにできたはず。
一番大切にしていた宝物を失って忘れて新しい物を好む現実。
それがどんなに悲しくても後悔しても。
起きてしまった限り、何も触れられない。
でも。
「別に構わない。ナイと一緒にいられるなら、僕はお前と同じ生き物にだってなってやる。確かに吸血鬼の僕は朝に行動したら消えてもおかしくはない。それが決められた世界だから、僕は吸血鬼として生まれた。生まれてしまった以上、僕の生きる道は変わらない。変わらないけど、ナイが希望するなら、僕は吸血鬼を辞めて人間になる」
突然驚きすぎる言葉を言ったセス。
吸血鬼が人間になれるはずがない。
なってしまったら世界は変わる。
だが、その言葉を聞いたナイはどこか嬉しそうに笑っていて。
「いいわね、それ! セスが私と一緒にいてくれるなら、もう吸血鬼という希望は捨てて、あなたという生き物を愛するわ」
今までは吸血鬼に憧れていたナイ。
だけど、もう今は違う。
「ふふっ」
楽しいわ。
好きな人がいるというのはこんなにも愛おしいのね。
もっと早く知りたかった、もっと早く感じたかった。
吸血鬼から人間に変わる方法は本当に実在するのか?
もしあるとしたら、一体どういう物なのか?
「ナイ、お前の血を飲みたい」
「えっ?」
「お前の血を飲めば朝も昼も生きられる」
「・・・それでいいの? そんな簡単なことであなたは私と最後まで生きてくれるの?」
「うん、ただ、量が多いけどな」
「量? どれくらいあればいいの?」
「・・・お前の全ての血がなくなる手前までだな」
「えっ! それって、私が死ぬ直前までなの?」
「そうだな。でも、失敗はしない、絶対に!」
真剣な眼差しで信じて欲しいと心から希望するセスの姿に、ナイは自分の命の危機を体中を震わせて恐れながらもゆっくり頷いた。
「わ、分かったわ。セス、あなたを信じるわ」
別に失敗さえしなければ一緒に生きられるんだから、何も考えなくていい。
全部セスに任せればいいのよ。
私はそれに合わせて行くだけ。
「ふふっ、あなたとずっと一緒に生きていられるなら、私の命の半分はあなたにあげるわ」
そう言ったナイの表情は心から安心して美しく微笑みかけている。
セスはその顔を見て一度深呼吸をしてナイを抱きしめる。
「ふー。大丈夫、僕が人間になるために、お前の血を飲む」
「ええ、私の半分をあなたにあげるわ」
「うん、待ってて」
シュッとナイの首筋を舌で舐めて、ガブっと噛みつき、勢いよくどんどんナイの血を吸い続けるセス。
その感覚は体中の血が奪われていく怖さ。
死んでしまうのではないかと心の中で叫びが止まらないナイ。
あああああああっ! 痛い、苦しい、息が・・・・。
呼吸はどんどん乱れて息が全く吸えずに力が抜けてしゃがみ込んだナイ。
だが、セスはそんなことは全く気にせず血を吸い続ける。
「んっ、ああ」
ナイ、あと少しだ、何とか耐えて。
絶対に一緒に生きて行くから!
二人の気持ちが同じだから、覚悟があるから。
何にだってなって見せる。
そういう感情が重なり合うことで全てが正しくなる。
二人の希望は、愛は夢は。
どんな時でも叶う!
「あっ、はあっ、ああああ」
吸い続けてようやく飲み終わったセス。
そして。
「セス、私、私・・・」
やっと終わった。
本当に、死ぬかと思ったわ。
でも。
「セス、ありがとう」
「うん、ナイ、頑張ってくれてありがとうな」
これでセスは吸血鬼? ではなく人間の力をほんの少し手に入れて、人間たちと同じ暮らしができるように心臓を左胸に無理やり作らせた。
「僕たちの将来はまだ始まったばかりだな」
「久しぶりに帰って来たのにその言い方はひどい、ひどすぎる!」
見た目は男に見えるが、声は幼い少女のササ。
「私があの時逃げたのは、違う、君たちが逃げなかっただけ。それを私のせいにするのはどうかと思うけど?」
髪で隠れた顔から薄っすら見える同じ吸血鬼の真っ赤な瞳…。
その瞳と視線を合わせてしまったセスは自然と後ろに一歩下がってナイの左手を握ってこう言った。
「ナイ、僕を置いて今すぐここから逃げて。あいつの瞳を見たらダメだからな」
セスから謎の忠告を受けたナイは何を言われているのか全く分からずに首を傾げた。
「セス? あなた、さっきから何に怯えているの?」
私の手を握るのは構わない。
でも、せめて理由だけでも教えて。
ナイは少し勘違いをしている。
さっきセスはササを心から憎むような強い言い方をして警戒していた。
そして、三十年前に起きたある事件をきっかけにセスは、四兄妹はササを許したことはなかった。
そう、あの日、誰も考えられなかったあり得ないことが起きた。
人間たちが眠っていた真夜中に、四兄妹はいつも通り集まって仲良く食事をしていた。
『ははっ、今日の味は最高においしい』
『そうですね。とてもおいしいです』
『ふーん、まあ、僕は毎日同じで飽きているけどな』
『料理長の腕は毎日上がっていて、私も嬉しい』
この頃までは四人共仲が良かった。
毎日同じ場所に集まって食事をして遊んでそれぞれ与えられた人間の血を飲んで半日過ごして朝には眠る。
そういう楽しい生活を送っていたのに、その『楽しい』日々を壊した正体がある夜にお城の中に入ってしまった。
『大変だ! 人間が襲って来たぞ!』
シセルが大声を上げて兄妹の部屋に押しかけてすぐに中庭に逃げて姿を隠した。
『シセル兄さん、一体何が起きているんですか? この城は俺たち以外の者は絶対に入れないように設計されているはずですよね?』
スラがひどく混乱して瞳を激しく揺らしうずくまる。
『兄さんたち、何とかしてよ。せめて僕とソリーだけは守って。兄さんなんだから』
こういう時に『弟』という役を堂々と笑って示すセス。
この時まではセスはソリーを大切に扱っていた。
『お兄様たち、私、怖いです』
まだまだ幼く甘えたがりのソリーはこの時何が起きていたのかを知るのも怖がっていた。
でも。
『皆、安心しなさい。私が襲って来た人間たちを必ずこの城から追い出すから、四人はシセルの部屋で朝になるまで耐えていなさい』
唯一大人だったいとこのササが自分から人間に立ち向かおうと一人でお城の中に戻った姿を四人が最後に見た光景だった。
だが。
『おかしいな』
シセルの部屋に閉じこもって朝になりかけても襲って来た人間たちの荒い声が聞こえてくるのに疑問を抱くセス。
『ササは一体何をして・・・まさか!』
セスはササが全く帰って来ない気配に考えたくもないことが頭の中で雨に濡れた土のようにぐちゃぐちゃに気持ち悪いほどにぐちゃぐちゃに混ざり合い、そして。
『三人はここにいて、ちょっと僕が様子を見に行く』
セスにとってササは一番信頼していた吸血鬼の一人だった。
両親と同じくらいにササはかっこよくて頼りになって優しく思いやりが強い。
小さい頃からずっと一緒に育ってきたササを、セスは一度も疑問に思ったことはなかった。
むしろ、安心していた。
誰よりも、ずっと近くにいたから。
だけど。
『お前が行って何になるんだ?』
長男のシセルの正しい言葉に、スラも。
『そうだ。お前が行ったところで、逆に状況が悪くなるんだぞ』
兄として弟を心配しているのか、それとも使い道が悪いからか。
いつでも自分勝手な兄の言うことを弟のセスは何度も反対していた。
吸血鬼は血さえあればそれで満足する。
聞こえは軽くても、実際は重く深く自分に似合う血がなければ体を壊して体調を崩す難しい生き物。
与えられた血は簡単に手に入る物ではない。
王族だからどんな手段でも手に入れられる。
でも。
『兄さんたちが何もしないからこうなった。僕だって怖い、怖くても僕たち四兄妹のためになるなら僕はどんなことだってして見せる。結局は結果なんだから、今は僕の自由にさせてソリーだけを守って。それくらいはできるでしょ?』
血の繋がった二人の兄に偉そうに怪しげに笑うセスの姿に、シセルとスラはため息を吐いた後。
『分かった、お前の好きにすればいい』
声を重ねてそう言ってしまった。
これを聞いたセスは一度安心してゆっくり部屋の扉に近づいて物音一人立てずにゆっくり開けて部屋を出た瞬間を狙われたのか、その一瞬で細く長い矢が右胸に突き刺さった。
『か、ああっ』
油断した!
いや、違う。
何でここまで来ている?
ササはどこに・・・あっ。
周りを見渡したら、廊下を風のようにスッと走り回ってお城の塀に登って外に逃げて行ったササの姿をセスはその瞳にはっきり焼き付けた。
『う、嘘、だよな? だって、ササは一人で逃げたりしない。ちゃんと僕たちを守ってくれる存在なんだ!』
信頼していた物から裏切られた悲しみは大きすぎる。
あんなにかっこよくて優しくて思いやりが強いササ。
顔が隠れていても、同じ真っ赤な瞳を持つ吸血鬼。
その安心が透明なガラスのようにバラバラに砕かれた瞬間、セスの怒りは大粒の涙を流しながら溢れ出す。
『うあああああああっ! 許さない、絶対に許さない。僕たちを裏切るなんてひどい、ひどすぎる!』
僕たちを置いて逃げるなんてそんなこと・・・何でできる、何で何も言わずに逃げた?
教えてよ、何でもいいからせめて理由くらい言ってよ!
本当に、今までの時間は何だった、今まで一緒にいた日々は何だった?
『分からない、言ってくれないと分からないな。これからどうすればいい、三人に何て言えばいい? ササがいなくなった怒りはどこにしまえばいい?』
分からないことだらけで腹が立つ!
どんなに考えてもこの時のセスには分からなかったのも当然。
まだ幼く甘い考えしかなかった少年がこれからのことさえ考えるのも難しい。
唯一大人でずっと一緒にいたササが逃げた事実は永遠に変わらない。
憎まれるのも仕方ないこと。
それでも。
『置いて行かないでほしかった、一緒に逃げたかった・・・人間さえいなければ良かったのに!』
ササへの憎しみが次第に襲って来た人間たちへと移り変わり、セスは近くに置いてあった斧を手に取り、それを持ってお城に来た約七人の両腕をバシッと切り落として落ちた腕の肉を噛みちぎり、食って食って血を飲み干す。
『んっ、あああ。初めてだな、人間の血を生で飲むのはな』
飲み干した人間の血は消した七人だけ。
『たくさん飲んで満足したな。でも、それ以上に僕の胸に矢を刺したことだけは絶対に許さないからな』
襲って来た七人の血を全て飲み干し、消したセス。
その後、シセルの部屋に戻ったセスは自分が見たことを全て何も隠さずに話して三人はひどく驚いてひどく落ち込んで・・・お互い距離を置いてそのまま三十年が経った。
「セス、私はあなたを置いて逃げたりしないわ」
その事実を聞いても、ナイは美しく微笑んでセスの両手を優しく握って傷だらけの頬を撫でてあげる。
「セスがどんなにひどいことをしても、悲しんでも。私はあなたを置いて行ったりしないわ。だって、私とあなたは一生離れられない契約を結んだ関係なんだから」
その言葉を聞いた瞬間、セスは嬉しいのか喜んでいるのか、あの時と同じくらいの大粒の涙を流して頷いた。
「うん、そうだな。僕とナイは一生離れない。絶対に離したりしない。忘れていたな、本当に僕はもう」
「ダメよ、自分を責めないで。私だってあなたを離したりしないわ。私はあなたが好き、あなたは私が好き。これ以上何も考えなくていいのよ。あなたがしたいことがあるなら、私は一緒にしてあげるわ。だから」
「うん、一緒にここから逃げよう」
涙を手で拭い、セスは近くに偶然落ちていた全身を覆い隠す真っ黒なローブを身に纏い、今が朝でもなるべく気にせず、ナイはとても幸せそうに明るい笑みを見せ合いながら、中庭に走って最初にセスが塀を登り、次にナイがセスから差し伸べられた手を握ってお城の外へ飛んで行った。
誰にも止められない外へ出てしまったセスとナイ。
これから二人はどこに行きどこで生活をするのか?
「セス、いいの?」
今は人間の活動時間。
間違って他の人間に見られてしまったらセスはきっと殺させれて見せ物にされてしまうわ。
それは嫌。
嫌だけど、セスが私とあの窮屈なお城から逃げてくれた。
セスが希望するのなら、私は何でもついて行く。
そうよ、私は私たちは将来結婚するのよ。
何も考えなくていいのよ。
お互いを好きに愛せる関係になってしまったら後には戻れない。
尚更過去になんて戻れるはずがない。
現実的に無理がありすぎる。
魔法も術もないない世界では絶対に叶わない。
叶っていたら今も未来も変えられた。
セスとの出会いだって、きっと何も失わずにできたはず。
一番大切にしていた宝物を失って忘れて新しい物を好む現実。
それがどんなに悲しくても後悔しても。
起きてしまった限り、何も触れられない。
でも。
「別に構わない。ナイと一緒にいられるなら、僕はお前と同じ生き物にだってなってやる。確かに吸血鬼の僕は朝に行動したら消えてもおかしくはない。それが決められた世界だから、僕は吸血鬼として生まれた。生まれてしまった以上、僕の生きる道は変わらない。変わらないけど、ナイが希望するなら、僕は吸血鬼を辞めて人間になる」
突然驚きすぎる言葉を言ったセス。
吸血鬼が人間になれるはずがない。
なってしまったら世界は変わる。
だが、その言葉を聞いたナイはどこか嬉しそうに笑っていて。
「いいわね、それ! セスが私と一緒にいてくれるなら、もう吸血鬼という希望は捨てて、あなたという生き物を愛するわ」
今までは吸血鬼に憧れていたナイ。
だけど、もう今は違う。
「ふふっ」
楽しいわ。
好きな人がいるというのはこんなにも愛おしいのね。
もっと早く知りたかった、もっと早く感じたかった。
吸血鬼から人間に変わる方法は本当に実在するのか?
もしあるとしたら、一体どういう物なのか?
「ナイ、お前の血を飲みたい」
「えっ?」
「お前の血を飲めば朝も昼も生きられる」
「・・・それでいいの? そんな簡単なことであなたは私と最後まで生きてくれるの?」
「うん、ただ、量が多いけどな」
「量? どれくらいあればいいの?」
「・・・お前の全ての血がなくなる手前までだな」
「えっ! それって、私が死ぬ直前までなの?」
「そうだな。でも、失敗はしない、絶対に!」
真剣な眼差しで信じて欲しいと心から希望するセスの姿に、ナイは自分の命の危機を体中を震わせて恐れながらもゆっくり頷いた。
「わ、分かったわ。セス、あなたを信じるわ」
別に失敗さえしなければ一緒に生きられるんだから、何も考えなくていい。
全部セスに任せればいいのよ。
私はそれに合わせて行くだけ。
「ふふっ、あなたとずっと一緒に生きていられるなら、私の命の半分はあなたにあげるわ」
そう言ったナイの表情は心から安心して美しく微笑みかけている。
セスはその顔を見て一度深呼吸をしてナイを抱きしめる。
「ふー。大丈夫、僕が人間になるために、お前の血を飲む」
「ええ、私の半分をあなたにあげるわ」
「うん、待ってて」
シュッとナイの首筋を舌で舐めて、ガブっと噛みつき、勢いよくどんどんナイの血を吸い続けるセス。
その感覚は体中の血が奪われていく怖さ。
死んでしまうのではないかと心の中で叫びが止まらないナイ。
あああああああっ! 痛い、苦しい、息が・・・・。
呼吸はどんどん乱れて息が全く吸えずに力が抜けてしゃがみ込んだナイ。
だが、セスはそんなことは全く気にせず血を吸い続ける。
「んっ、ああ」
ナイ、あと少しだ、何とか耐えて。
絶対に一緒に生きて行くから!
二人の気持ちが同じだから、覚悟があるから。
何にだってなって見せる。
そういう感情が重なり合うことで全てが正しくなる。
二人の希望は、愛は夢は。
どんな時でも叶う!
「あっ、はあっ、ああああ」
吸い続けてようやく飲み終わったセス。
そして。
「セス、私、私・・・」
やっと終わった。
本当に、死ぬかと思ったわ。
でも。
「セス、ありがとう」
「うん、ナイ、頑張ってくれてありがとうな」
これでセスは吸血鬼? ではなく人間の力をほんの少し手に入れて、人間たちと同じ暮らしができるように心臓を左胸に無理やり作らせた。
「僕たちの将来はまだ始まったばかりだな」

