「僕とお前の正しい道? 幸せにそんな道がある?」
「あるわよ。幸せは正しく、間違いなんてないわ」
「なら、僕とお前の正しい幸せのために、こいつらを消そう」
自分たちの幸せのために邪魔者を消そうとするセスとナイ。
だけど。
「はっ、君たちこそ、僕たちの幸せは邪魔させないよ。君たちよりも、僕たちの方が先に幸せになるべき存在。それを分かっていないから、自分勝手なことが言えることを少しくらい分かった方がいいと思うよ」
お互い偉そうにどちらが先に幸せになるかを言い合う呆れた行動だが、ソリーの不安は全く解けずに呼吸が乱れて体の震えもどんどんひどくなっていく。
「はあ、はああああっ、はっ」
私、またセスお兄様からあんなことをされるの?
もう痛いのは嫌、もう苦しいのは嫌。
私、セスお兄様に何もしていないのに、ただ何気なく言ったつもりなのに、どうして私はあんなことをされたの?
ルロと出会って結婚したのに、やっと私の自由を手に入れられたと思ったのに!
ルロを愛して愛される存在なのに、私、これ以上は何も願わないから、ルロと離れるだけなのは絶対に嫌!
叶わない願いばかりが自分を縛りつける。
ソリーは昔からそうだった。
三人の兄の背中を見てただ真っ直ぐ追いつきたくて毎日一緒に食事をして笑い合った日々がソリーの何気ない一言で全てが壊れた。
『お前はもう俺たちには必要ない』
『可愛い妹だと思ったのに、その言い方はないだろう』
『お前には失望した』
あの瞬間から、私はお兄様たちの妹を辞めさせられた。
そして、一番傷つけてしまったセスお兄様から私は一年間、檻の中に閉じ込められて土を顔に投げられたり、食べ物をくれない生活をしていた。
その記憶はルロと結婚してからは思い出すこともなかったのに、今になってセスお兄様の顔を見ただけで思い出した。
「お願い、セスお兄様。こっちに来ないで、私を見ないで!」
もう二度と、あんなひどいことはされたくない。
私はやっと自由を手に入れられたの。
ルロと出会っていなかったら、私はあのまま消えていてもおかしくなかった。
セスお兄様さえ、お兄様たちさえいなければ良かったのに…吸血鬼じゃなかったら良かったのに!
恐怖が少しずつ怒りに変わったソリーはバサッと強い風のように立ち上がり、何も怖がらずにセスの頬をバシッと血が垂れるまで思い切り叩いた!
「かっ、ああ・・・お前、ついにやったな!」
叩かれた痕を左手でそっと撫でてソリーを力強く睨むセス。
「そうだな、今回はどうしようか」
「えっ?」
「前回は檻だったから、今回は鎖で体を」
「嫌! そんなこと絶対にさせない!」
激しく首を横に振って拒むソリー。
でも。
「はははははははっ! さっき僕の頬を叩いたのに何もされないのはおかしいな!」
「嫌な物は嫌なの! 早くどこかに行って、二度と顔を見せないで!」
「ふっ、妹だからって甘えるな! 誰のおかげで今も生きていられるか全く分かっていないな! 本当にお前はバカだ、泣き虫で役立たずだな!」
言いたいことばかりを言い合って兄妹ゲンカをするセスとソリー。
その姿を見ていたルロとナイは全くついて行けずに困惑している。
「あっ・・・」
ソリー、お兄様に向かって遠慮がない。
いや、違う。
今まで遠慮ばかりして一人で全てを抱え込んでいたのが今になってようやく解放された。
ソリーはやっぱりすごいよ。
君の夫になれた僕はこの世界で一番の幸せ者だよ。
「・・・・・・」
セスが私以外の誰かとこんなに言い合うなんて初めて見たわ。
というか、兄妹なんだからこれは普通よね。
私は弟と言い合ったことは一度もないから分からないけれど、今のセスの姿は何だか少し羨ましいわ。
人間同士のケンカだったらこうはならなかった。
叩いたり殴ったりするの誰にでもできる簡単なこと。
それが兄妹となればもっと簡単だった・・・。
簡単なことでもソリーは大人になってやっとできたこと。
今まで誰にも言えずに幸せになれるはずがなかった自分を変えてくれたルロと結婚して幸せを手に入れていた頃に絶対に会いたくなかったセスと再会してしまった。
最悪で後悔ばかりが心の中で冷たい雪みたいに積もっていくソリーがやっとセスと言葉を交わしている。
それがどんなに勇気がいるか、それがどんなにすごいことなのか。
四兄妹の過去を見た者にしかその感情は分からない。
そう、あれはソリーがまだ今よりも小さく幼い頃。
『お兄様たち、次はあれがしたい!』
お兄様たちと遊ぶのは楽しい。
学びも楽しいけど、それ以上にお兄様たちと遊ぶのはすごく楽しい。
そう思っていたのに、私が全てを壊した。
『ソリー、甘いお菓子を作ってもらったから一緒に食べよう』
満面の笑みで使用人に無理やり作らせた最高な甘いお菓子を持ってきたスラ。
すると。
『スラ兄さん、僕の分はないの?』
少しだけ意地悪な言い方をして笑うセス。
だが。
『セスお兄様は甘いお菓子よりも血さえ貰えればそれで満足なんだから、お菓子は全部私が食べる!』
この一言が三人の兄から距離を置かれる最初のきっかけだった。
一番傷ついたセスは心の底からソリーを恨み、あることを決める。
『ソリー、僕がお前の全てを奪ってやる』
何気ない言葉で永遠の傷をつけられたセス。
『吸血鬼の僕でも、あんな言い方をされて黙っているほど僕は優しくないからな』
セスはソリーを大切に守っていた?
四兄妹の中で最後に生まれた可愛い妹はこの世界には一人も二人もいない大切な存在。
けど。
『お兄様、ここから出して! 私が悪かった、もう言わないから早くここから出し』
『うるさいな! 誰のせいで僕が傷ついたと思っている、ここから出してほしいなら言うことがあるな?』
大粒の涙を流しながら必死に手を伸ばして助けを求めるソリーを、セスは怪しげに恐怖を体中に黒く纏わせるセス。
二人の意見はこの時から交じり合うことはなかった。
お互い言いたいことを言って認めさせようと手を伸ばす。
兄妹だからこそ、意見も考えもバラバラでまとめることは簡単ではない。
誰も助けない、見てくれない。
ソリーがこの一年間過ごしていた時間はもう戻らない。
それでも。
『私、セスお兄様が嫌いじゃないの。あんなことを言ったのは偶然で』
『冗談じゃない、嘘じゃないって言いたいんだな?』
『えっ』
考えていること全てを簡単に読み取られたソリー。
セスは自分が兄であることをよく理解してきつく当たっているというわけではない。
ただ素直に腹が立っているだけ。
『お前の言うことは信用できない、するつもりもない。だってお前は、本当は僕のことがこの世界で一番大嫌いだからな』
「大嫌い」
思っていなかった言葉をいつまでも笑って平気で簡単に口にしたセス。
だけど。
『違うの! 私はセスお兄様を嫌いになったことなんて一度もない、一度もないの!』
どうして分かってくれないの?
どんなに拒んでも否定しても信じてくれないセスお兄様。
何度謝っても聞いてくれない。
私、もう消えた方がいいのかな?
お兄様たちから必要とされてないなら、消えた方がずっといいはず…。
泣くことをやめて伸ばした手を下にスッと下ろして全てを諦めたソリー。
何も言わず、何も口にしないまま一年が経った。
『出て来ていい。つまらなくなったお前にはもう何も言わない』
そう言ったセスの顔はなぜか悲しそうに暗い表情を浮かべていた。
そして、ここでやっとソリーは一年ぶりに外に出られた。
『外・・・出られた。これ、喜んでいいの?』
久しぶりに自分の部屋に入ってベッドで寝転がる。
だけど。
『全然自由を感じない。血、血、血が欲しい!』
一年もまともに血を与えられなかったソリー。
一年溜まった欲が体中からどんどん水のように口から吐き出すように溢れて欲しくてお城の外に出てしまった。
そこで辿り着いたのがルロだった。
私はもう・・・。
セスとの再会から一日が経っても、ソリーはまだまだ暗い感情が体中を黒く染め上げている。
「はああああっ」
その姿に、夫のルロは優しく頭を撫でてこう言い続けた。
「僕は君と出会えたことで幸せになれた。君以外の者は絶対に選ばない、君も僕以外の者を見なくていいんだよ」
甘いお菓子みたいに耳元で小さく囁いたルロは常に明るく微笑んでいてどこも嘘はない。
嘘をつく理由なんてない。
それを分かってくれたらきっとソリーはいつものようにルロに甘えて溶けて微笑んでくれる。
ルロは期待している。
大切な妻が傷ついている姿を見るのは辛い。
「・・・大丈夫だよ」
僕だけでもいつもみたいに笑って抱きしめて甘やかす。
ソリーが喜んでくれるなら僕は何でもしてあげるよ。
壊してほしい物があるなら、消えてほしい物があるなら。
僕は迷わず君のために喜んでしてあげるよ。
それじゃ、ダメかな?
愛する妻のために夫の自分にできることは何か?
そう考えた時、ルロはあることを提案する。
「ねえ、ソリー。僕があの二人を消してあげようか」
突然何を言い出したのか全く頭が追いつかないソリーは首を傾げて瞳に溜まった涙が自然とその中で止まった。
「は? あんた、何を言っているの?」
誰を消すの?
全く思い当たる人物が考えても出てこないソリーの手を、ルロは優しく握ってあげてこう言った。
「僕がセス様とナイを消して、僕たちはここから逃げて僕たちだけの特別な屋敷を建てて永遠にそこで暮らそう!」
これは本気か、本心か?
ルロの笑みはいつも怖い。
笑っているのに、言っていることは人間と思えないほどに恐怖を心から奥深く感じさせる。
でも。
「ふっ、それはダメよ」
「え? どうして?」
「私は自分の手で家族を失うのは嫌なの。それも一番大切にしてくれたお兄様たちを私の手で消すなんて、そんなこと、私にはでき」
「じゃあ僕がやれば何も問題はないね」
「は?」
「妻の君の手は使わずに夫の僕が責任を持って消す。これならいいよね?」
「ルロ・・・」
今は何を言ってもダメ。
ルロは私のためなら何でもして、平気で笑って、いつもみたいに私を愛する。
だから。
「あんたの力はいらない」
吸血鬼の証である血みたいな真っ赤な瞳で心の底から睨みつけるソリーに、ルロはショックでしゃがみ込んで頭を抱える。
「え、どうして、えっ、僕、僕は君のために」
「それが余計なのよ。私のためなら何でもするって言うのはもうやめて。私は、あんたが、ルロにはひどいことはさせたくない。私だけを愛してくれればいいの。私の欲は愛なの。血よりもあんたの愛が欲しいの」
そっと両手でルロの頬を撫でるソリーの瞳に映るのは必ずルロで、他の物には興味を示さない。
契約を結び結婚して夫婦になって。
出会う前とは比べ物にならないほどに、ソリーはルロを餌ではなく一人の男としてそばにいたいと強く願っている。
その気持ちが長くあれば長くあるほど、ソリーの愛は絶対に冷めることはないだろう。
「お兄様たちのことは考えないで、私を愛することだけを考えて生きる。これだけでも十分・・・それに、私はルロが生きてくれるだけでも私は嬉しいの。ねっ、愛ってこんなに簡単で生きる道に繋がるの。そう考えたら面白いでしょ?」
とても楽しそうに満面の笑みで「愛」を語るソリーは誰が見ても可愛い。
その可愛い妻の笑顔を見てしまったら夫として。
「そうだね、君の言う通りだよ!」
誰かを消すことよりも、大切な妻を愛することだけを考えて生きていく・・・本当に、ソリーには助けられてばかりだよ。
「ありがとう、君のおかげでもっと君を愛することをもう一度約束するよ」
「ふふっ、何を言っているの? そんな恥ずかしいことはもう嫌。はあっ、眠いから早くベッドに・・・ん?」
恥ずかしいルロの約束から逃げてベッドに行こうとしたソリーがあることに気づいてしまった。
「ねえ、ルロ。あれって、スラお兄様と契約を結んでいる人間よね?」
そう、枕を両手で握りしめて必死に顔を隠すアムが何かから逃げるようにいつの間にかここにいた。
「おおおおお、お願いします。私がここにいることはスラには言わないでください」
「えっ、あんた、スラお兄様と契約を結んでいるのに、何でここにいるの? 早く出て行って、眠いの」
「待って、ソリー。何かおかしいよ」
「は? 何が?」
周りを見たルロが何かに怯えているアムの様子を見てあることに気づいてしまった。
「アムちゃん、その血は誰のか分かるかな?」
その言葉を聞いた瞬間、何かが大きく耳がちぎれそうなくらい激しい音をバタバタと立てながら走って来た正体。
それは。
「アム、こっちにおいで、食事の時間はまだ終わっていない」
「あるわよ。幸せは正しく、間違いなんてないわ」
「なら、僕とお前の正しい幸せのために、こいつらを消そう」
自分たちの幸せのために邪魔者を消そうとするセスとナイ。
だけど。
「はっ、君たちこそ、僕たちの幸せは邪魔させないよ。君たちよりも、僕たちの方が先に幸せになるべき存在。それを分かっていないから、自分勝手なことが言えることを少しくらい分かった方がいいと思うよ」
お互い偉そうにどちらが先に幸せになるかを言い合う呆れた行動だが、ソリーの不安は全く解けずに呼吸が乱れて体の震えもどんどんひどくなっていく。
「はあ、はああああっ、はっ」
私、またセスお兄様からあんなことをされるの?
もう痛いのは嫌、もう苦しいのは嫌。
私、セスお兄様に何もしていないのに、ただ何気なく言ったつもりなのに、どうして私はあんなことをされたの?
ルロと出会って結婚したのに、やっと私の自由を手に入れられたと思ったのに!
ルロを愛して愛される存在なのに、私、これ以上は何も願わないから、ルロと離れるだけなのは絶対に嫌!
叶わない願いばかりが自分を縛りつける。
ソリーは昔からそうだった。
三人の兄の背中を見てただ真っ直ぐ追いつきたくて毎日一緒に食事をして笑い合った日々がソリーの何気ない一言で全てが壊れた。
『お前はもう俺たちには必要ない』
『可愛い妹だと思ったのに、その言い方はないだろう』
『お前には失望した』
あの瞬間から、私はお兄様たちの妹を辞めさせられた。
そして、一番傷つけてしまったセスお兄様から私は一年間、檻の中に閉じ込められて土を顔に投げられたり、食べ物をくれない生活をしていた。
その記憶はルロと結婚してからは思い出すこともなかったのに、今になってセスお兄様の顔を見ただけで思い出した。
「お願い、セスお兄様。こっちに来ないで、私を見ないで!」
もう二度と、あんなひどいことはされたくない。
私はやっと自由を手に入れられたの。
ルロと出会っていなかったら、私はあのまま消えていてもおかしくなかった。
セスお兄様さえ、お兄様たちさえいなければ良かったのに…吸血鬼じゃなかったら良かったのに!
恐怖が少しずつ怒りに変わったソリーはバサッと強い風のように立ち上がり、何も怖がらずにセスの頬をバシッと血が垂れるまで思い切り叩いた!
「かっ、ああ・・・お前、ついにやったな!」
叩かれた痕を左手でそっと撫でてソリーを力強く睨むセス。
「そうだな、今回はどうしようか」
「えっ?」
「前回は檻だったから、今回は鎖で体を」
「嫌! そんなこと絶対にさせない!」
激しく首を横に振って拒むソリー。
でも。
「はははははははっ! さっき僕の頬を叩いたのに何もされないのはおかしいな!」
「嫌な物は嫌なの! 早くどこかに行って、二度と顔を見せないで!」
「ふっ、妹だからって甘えるな! 誰のおかげで今も生きていられるか全く分かっていないな! 本当にお前はバカだ、泣き虫で役立たずだな!」
言いたいことばかりを言い合って兄妹ゲンカをするセスとソリー。
その姿を見ていたルロとナイは全くついて行けずに困惑している。
「あっ・・・」
ソリー、お兄様に向かって遠慮がない。
いや、違う。
今まで遠慮ばかりして一人で全てを抱え込んでいたのが今になってようやく解放された。
ソリーはやっぱりすごいよ。
君の夫になれた僕はこの世界で一番の幸せ者だよ。
「・・・・・・」
セスが私以外の誰かとこんなに言い合うなんて初めて見たわ。
というか、兄妹なんだからこれは普通よね。
私は弟と言い合ったことは一度もないから分からないけれど、今のセスの姿は何だか少し羨ましいわ。
人間同士のケンカだったらこうはならなかった。
叩いたり殴ったりするの誰にでもできる簡単なこと。
それが兄妹となればもっと簡単だった・・・。
簡単なことでもソリーは大人になってやっとできたこと。
今まで誰にも言えずに幸せになれるはずがなかった自分を変えてくれたルロと結婚して幸せを手に入れていた頃に絶対に会いたくなかったセスと再会してしまった。
最悪で後悔ばかりが心の中で冷たい雪みたいに積もっていくソリーがやっとセスと言葉を交わしている。
それがどんなに勇気がいるか、それがどんなにすごいことなのか。
四兄妹の過去を見た者にしかその感情は分からない。
そう、あれはソリーがまだ今よりも小さく幼い頃。
『お兄様たち、次はあれがしたい!』
お兄様たちと遊ぶのは楽しい。
学びも楽しいけど、それ以上にお兄様たちと遊ぶのはすごく楽しい。
そう思っていたのに、私が全てを壊した。
『ソリー、甘いお菓子を作ってもらったから一緒に食べよう』
満面の笑みで使用人に無理やり作らせた最高な甘いお菓子を持ってきたスラ。
すると。
『スラ兄さん、僕の分はないの?』
少しだけ意地悪な言い方をして笑うセス。
だが。
『セスお兄様は甘いお菓子よりも血さえ貰えればそれで満足なんだから、お菓子は全部私が食べる!』
この一言が三人の兄から距離を置かれる最初のきっかけだった。
一番傷ついたセスは心の底からソリーを恨み、あることを決める。
『ソリー、僕がお前の全てを奪ってやる』
何気ない言葉で永遠の傷をつけられたセス。
『吸血鬼の僕でも、あんな言い方をされて黙っているほど僕は優しくないからな』
セスはソリーを大切に守っていた?
四兄妹の中で最後に生まれた可愛い妹はこの世界には一人も二人もいない大切な存在。
けど。
『お兄様、ここから出して! 私が悪かった、もう言わないから早くここから出し』
『うるさいな! 誰のせいで僕が傷ついたと思っている、ここから出してほしいなら言うことがあるな?』
大粒の涙を流しながら必死に手を伸ばして助けを求めるソリーを、セスは怪しげに恐怖を体中に黒く纏わせるセス。
二人の意見はこの時から交じり合うことはなかった。
お互い言いたいことを言って認めさせようと手を伸ばす。
兄妹だからこそ、意見も考えもバラバラでまとめることは簡単ではない。
誰も助けない、見てくれない。
ソリーがこの一年間過ごしていた時間はもう戻らない。
それでも。
『私、セスお兄様が嫌いじゃないの。あんなことを言ったのは偶然で』
『冗談じゃない、嘘じゃないって言いたいんだな?』
『えっ』
考えていること全てを簡単に読み取られたソリー。
セスは自分が兄であることをよく理解してきつく当たっているというわけではない。
ただ素直に腹が立っているだけ。
『お前の言うことは信用できない、するつもりもない。だってお前は、本当は僕のことがこの世界で一番大嫌いだからな』
「大嫌い」
思っていなかった言葉をいつまでも笑って平気で簡単に口にしたセス。
だけど。
『違うの! 私はセスお兄様を嫌いになったことなんて一度もない、一度もないの!』
どうして分かってくれないの?
どんなに拒んでも否定しても信じてくれないセスお兄様。
何度謝っても聞いてくれない。
私、もう消えた方がいいのかな?
お兄様たちから必要とされてないなら、消えた方がずっといいはず…。
泣くことをやめて伸ばした手を下にスッと下ろして全てを諦めたソリー。
何も言わず、何も口にしないまま一年が経った。
『出て来ていい。つまらなくなったお前にはもう何も言わない』
そう言ったセスの顔はなぜか悲しそうに暗い表情を浮かべていた。
そして、ここでやっとソリーは一年ぶりに外に出られた。
『外・・・出られた。これ、喜んでいいの?』
久しぶりに自分の部屋に入ってベッドで寝転がる。
だけど。
『全然自由を感じない。血、血、血が欲しい!』
一年もまともに血を与えられなかったソリー。
一年溜まった欲が体中からどんどん水のように口から吐き出すように溢れて欲しくてお城の外に出てしまった。
そこで辿り着いたのがルロだった。
私はもう・・・。
セスとの再会から一日が経っても、ソリーはまだまだ暗い感情が体中を黒く染め上げている。
「はああああっ」
その姿に、夫のルロは優しく頭を撫でてこう言い続けた。
「僕は君と出会えたことで幸せになれた。君以外の者は絶対に選ばない、君も僕以外の者を見なくていいんだよ」
甘いお菓子みたいに耳元で小さく囁いたルロは常に明るく微笑んでいてどこも嘘はない。
嘘をつく理由なんてない。
それを分かってくれたらきっとソリーはいつものようにルロに甘えて溶けて微笑んでくれる。
ルロは期待している。
大切な妻が傷ついている姿を見るのは辛い。
「・・・大丈夫だよ」
僕だけでもいつもみたいに笑って抱きしめて甘やかす。
ソリーが喜んでくれるなら僕は何でもしてあげるよ。
壊してほしい物があるなら、消えてほしい物があるなら。
僕は迷わず君のために喜んでしてあげるよ。
それじゃ、ダメかな?
愛する妻のために夫の自分にできることは何か?
そう考えた時、ルロはあることを提案する。
「ねえ、ソリー。僕があの二人を消してあげようか」
突然何を言い出したのか全く頭が追いつかないソリーは首を傾げて瞳に溜まった涙が自然とその中で止まった。
「は? あんた、何を言っているの?」
誰を消すの?
全く思い当たる人物が考えても出てこないソリーの手を、ルロは優しく握ってあげてこう言った。
「僕がセス様とナイを消して、僕たちはここから逃げて僕たちだけの特別な屋敷を建てて永遠にそこで暮らそう!」
これは本気か、本心か?
ルロの笑みはいつも怖い。
笑っているのに、言っていることは人間と思えないほどに恐怖を心から奥深く感じさせる。
でも。
「ふっ、それはダメよ」
「え? どうして?」
「私は自分の手で家族を失うのは嫌なの。それも一番大切にしてくれたお兄様たちを私の手で消すなんて、そんなこと、私にはでき」
「じゃあ僕がやれば何も問題はないね」
「は?」
「妻の君の手は使わずに夫の僕が責任を持って消す。これならいいよね?」
「ルロ・・・」
今は何を言ってもダメ。
ルロは私のためなら何でもして、平気で笑って、いつもみたいに私を愛する。
だから。
「あんたの力はいらない」
吸血鬼の証である血みたいな真っ赤な瞳で心の底から睨みつけるソリーに、ルロはショックでしゃがみ込んで頭を抱える。
「え、どうして、えっ、僕、僕は君のために」
「それが余計なのよ。私のためなら何でもするって言うのはもうやめて。私は、あんたが、ルロにはひどいことはさせたくない。私だけを愛してくれればいいの。私の欲は愛なの。血よりもあんたの愛が欲しいの」
そっと両手でルロの頬を撫でるソリーの瞳に映るのは必ずルロで、他の物には興味を示さない。
契約を結び結婚して夫婦になって。
出会う前とは比べ物にならないほどに、ソリーはルロを餌ではなく一人の男としてそばにいたいと強く願っている。
その気持ちが長くあれば長くあるほど、ソリーの愛は絶対に冷めることはないだろう。
「お兄様たちのことは考えないで、私を愛することだけを考えて生きる。これだけでも十分・・・それに、私はルロが生きてくれるだけでも私は嬉しいの。ねっ、愛ってこんなに簡単で生きる道に繋がるの。そう考えたら面白いでしょ?」
とても楽しそうに満面の笑みで「愛」を語るソリーは誰が見ても可愛い。
その可愛い妻の笑顔を見てしまったら夫として。
「そうだね、君の言う通りだよ!」
誰かを消すことよりも、大切な妻を愛することだけを考えて生きていく・・・本当に、ソリーには助けられてばかりだよ。
「ありがとう、君のおかげでもっと君を愛することをもう一度約束するよ」
「ふふっ、何を言っているの? そんな恥ずかしいことはもう嫌。はあっ、眠いから早くベッドに・・・ん?」
恥ずかしいルロの約束から逃げてベッドに行こうとしたソリーがあることに気づいてしまった。
「ねえ、ルロ。あれって、スラお兄様と契約を結んでいる人間よね?」
そう、枕を両手で握りしめて必死に顔を隠すアムが何かから逃げるようにいつの間にかここにいた。
「おおおおお、お願いします。私がここにいることはスラには言わないでください」
「えっ、あんた、スラお兄様と契約を結んでいるのに、何でここにいるの? 早く出て行って、眠いの」
「待って、ソリー。何かおかしいよ」
「は? 何が?」
周りを見たルロが何かに怯えているアムの様子を見てあることに気づいてしまった。
「アムちゃん、その血は誰のか分かるかな?」
その言葉を聞いた瞬間、何かが大きく耳がちぎれそうなくらい激しい音をバタバタと立てながら走って来た正体。
それは。
「アム、こっちにおいで、食事の時間はまだ終わっていない」

