最悪な結婚式の始まり。
それは吸血鬼が幸せになるために一番必要なこと。
吸血鬼が幸せになれるのは簡単なことではない。
ちゃんとした順番を辿れば確実な幸せを手に入れられる。
ただ人間の血を吸いたい。
吸って吸って自分の手元に置いておきたい。
他の物なんてどうでもいい。
ただただ人間の血を求めて地に降りる。
何年も何十年も何百年も。
少しずつ積み重ねた大きな「欲」が吸血鬼の人生を華やかに舞い踊らせる。
血を吸った人間が壊れたらまた新しい人間を探して吸うだけ。
誰にも止められない「欲」は吸血鬼を高く値をつける。
血は次第に肉へ魂へと天に売られる。
吸血鬼だけではない。
他の生き物だって、人間にも同じように値をつけてそれをどう買うかを悩む。
吸血鬼の結婚は天に必ず知らせが届き、結婚した吸血鬼を最後まで遠くから見届け、最後には吸血鬼の体を食う。
天にいる者は生き物の肉体を食べることで地上に生きる物たちへの存在を維持する。
それが今のアムとスラの結婚式その物である。
「どういうことなの?」
本番はもう始まってるはず。
ドレスはボロボロになってしまったけど、スラが私と永遠に幸せになる誓いを立ててくれた。
それだけでも十分なのに、これ以上、何をすればいいの?
全く理解できずに瞳を激しく揺らして戸惑うアム。
だが、その隣にいるスラは何を言われているのかを当然よく分かっている。
「本番、か。人間のお前には言われたくなかった。いや、言われてしまったからにはもう隠す必要はない」
ルロに腹が立っているというか、悔しいというか。
スラは一人複雑な気持ちを抱えながらも、妻のアムには優しく微笑んでそっと抱きしめて頭を撫でて頬を撫でて。
「アム、今から俺の左手を噛んでその血を舐めてほしい」
突然意味の分からないことを言われたアムは当然首を傾げる。
「は? スラ、何を言っているのか全然分からない」
どうして私がスラの左手を噛んでその流れた血を舐めないといけないの?
こんな結婚式、聞いたことない!
人間同士の結婚式なら平穏でどこもおかしくはない。
でも、アムがしているのは吸血鬼との結婚式。
普通のことをするはずがないということを知らなかった、聞かされていなかった。
これはスラに文句を言っても別に悪くはない。
隠すことなんてなかったのに、スラはルロに言われるまでなぜかアムに黙っていた。
結婚する関係、夫婦になる関係のアムに秘密を抱えるのはおかしいこと。
それが大事な時に明かされた時の相手の顔を考えているのか。
相手がどう傷つくのかをよく想像しているのか。
何もせずに言えばいいだけなら誰だって楽になれた、幸せだって簡単に手に入れられた。
けど。
「スラの妻になれるなら、ううん、必要ならやる。私にできることなら何でもする。だから、もう何も隠さないで、私を見捨てないで」
本気でスラを好きになったアムの本心。
妻として、人間として。
スラの力になれるなら何でもすると言ってしまったアム。
それを見ていたルロは一人楽しそうに笑っている。
「あはははっ」
面白い。
いや、僕もソリーの左手を噛んで血を舐めたから同じか。
アムちゃんは結婚する相手を間違えた。
僕はソリーと結婚してすごく幸せになれたけど、アムちゃんはどうかな?
僕たちと同じ幸せを手に入れられるはずがない。
そうなったら1番困る。
ルロはソリーと結婚して幸せになった。
その幸せがどんな形でも、ルロはソリーを永遠に愛し愛される存在になってしまった。
自分の幸せを他人に押し付けるのは間違っている。
でも。
「スラ、左手を出して」
一度深呼吸をして真剣な眼差しで覚悟を決めたアムに、スラは深く頷き左手をアムに差し出す。
「アム、ありがとう。二人で幸せになろう・・・」
美しく微笑むスラの顔を見ながら、アムは安心してガブっとスラの左手を噛みちぎる直前まで力を込めて流れた血をスッと舐めたら。
「ああああああっ、はあ、はっ!」
何、これ?
スラの、吸血鬼の血が体の中に入った瞬間、アムに異常が起きた。
「ああ、はあああああああああっ!」
目の前が真っ赤で物も空も真っ赤に見えているアム。
その理由は。
「やっぱりそうなったか」
人間の体に吸血鬼の血が入ってしまったら、拒絶反応が出て目が俺たち吸血鬼と同じように瞳が真っ赤に染まって胸が締め付けられてそれから。
「君の心臓は俺の物になった」
そう、吸血鬼と結婚した人間の心臓は舐めた血が鎖のように心臓を縛ってもうその心臓は吸血鬼の物となる。
これが最悪な結婚式の本番の一つ。
もう一つは。
「アム、君の血を吸う。そしたら結婚式は終わりだ、少しだけ我慢してくれ」
そう言って、まだ拒絶反応が起きているのを関係なし、スラはアムの首筋を舐めてガブっと力強く噛みついて血を吸う。
「ん、ああ」
やっぱりアムの血は最高だ。
もう離したりしない。
アムの全ては俺の物だ。
これで結婚式は終わった。
その姿を見ていたルロとソリーは黙って部屋に帰って行った。
「あんな物、見なければ良かったわ」
「そうだね、本当に、腹が立つ二人だよ」
けど、アムの体は元に戻ることはなく・・・。
「はっ、あああっ」
目の前が真っ赤で何も色がない。
一体、いつになったら元に戻るの?
「・・・嫌、元に、戻して」
人間同士の結婚式ならこうはならない。
でも、これはアムが選んだこと。
自分が選んだことは最後までやり遂げる。
それも大人になるのに必要なこと。
いつまでも「嫌だ」とか「怖い」なんて言えるのはまだまだ子供。
何十年も歳を重ねたスラと比べたらアムはまだ甘く深いところまで考えが行き渡らない。
それでも。
「アム、今日から三日、俺から離れるな」
人間と吸血鬼が幸せになるなんて誰も考えられないだろう。
考えられないことをこの三人はやっている。
自分が選んだことは何があっても最後までやり遂げなければそのうち天から怒りが来る。
その覚悟があるなら誰も文句は言わない。
「君を許さない」
それから三日間、アムはずっと目を覚まさなかった。
代わりにスラが一瞬も離れずにそばにいた。
「・・・・・・」
「アム、大丈夫だ。あと少しで君は目を覚ます。今は辛くても、夫の俺がいる限り、何も暗いことは考えなくていい」
人間と契約を結んだ吸血鬼がその人間の血を吸えないのと同じで、吸血鬼と結婚した人間は三日眠りにつき、新しい姿で目を覚ますという決まりがある。
だが、一度兄のシセルと契約を結んでしまったアムの体はスラの血を拒絶している。
心臓は血の鎖で縛られて守られているものの、アムは三日経っても目を覚ます気配が全く感じられない。
そのことをスラはまだ分かっていなかった。
結婚式が終わって夫婦になって幸せになっているはずなのに、アムの体が言うことを聞かない限り、二人の幸せはどこにも見られない。
吸血鬼と結婚した人間に求められるのは「血」と「欲」だけ。
アムがどんなにスラを好きでも、体が拒絶するなら意味がない。
結局吸血鬼は人間の「血」があればそれでいい。
そう、思っているはずだった・・・。
「うっ、あああああ」
「アム?」
「あああっ、はあ」
突然息苦しそうに目は瞑ったままだが、呼吸が激しく乱れて体を左右に揺らし始めたアム。
その姿を見たスラはあることに気づいた。
「ま、まさか、俺の血が消えたのか?」
確かにアムは俺の血を舐めた。
舐めて体の中に入ったはずなのに、こんなに息苦しくなったのは俺の血が何かで解かれて消えた。
「じゃあ、アムはもう二度と目を覚まさない・・・」
そんな、アム、お願いだ、目を開けてくれ。
必死に手を握っても願っても希望を持っても無意味なことは全て無意味。
どんなことでも意味を求めてしまう生き物は何に対しても夢など叶うはずもない。
特にスラは一度アムの気持ちなど関係なくただ自分の「欲」のままに血を吸ってアムから逃げられた。
これはひどく言えば仕返しなのかもしれない。
アムではなく他の誰かが天に祈って存在を知りスラに仕返しをした。
そう考えるのも一つの手と言える。
スラがアムの夫になってまた調子に乗って妻を傷つけるようなことをすれば王から怒られるか天から肉体を食われるか。
一体どちらになるのか?
「くっ、アム、アム、アム!」
せっかく結婚式を挙げて幸せになったのに、もう俺はアムを失うのか?
せっかく手に入れた血を捨てるのか?
「いや・・・」
何を考えているんだ?
俺は何を偉そうに物を考えて想像しているんだ?
こんなにダメな吸血鬼だからアムは目を覚まさないんだ。
俺が一番最低だ。
今更自分を責めても遅い。
自分のことばかり考えて他のことなんて考えない。
これがどんなにアムを傷つけているのかを今更考えても遅い。
でも。
「あっ、ああああ」
何かに縛られて苦しそうに必死に呼吸を繰り返すアムの姿はスラにとっても深い傷となる。
一度開いた傷はもう二度と治ることは不可能。
直接体につけられていなくても、言葉や態度で心につけられた傷の方が何倍も深くなる。
永遠に忘れられない傷がどんなに痛くて苦しいのかを誰も理解してない。
軽い気持ちで言葉を使うのは良くない。
重く受け止めるのも良くはない。
全てが真ん中で立ち止まれば全てが上手くいくとも限らない。
誰がどんな気持ちでいたのかを考えたり想像したとしても、取り戻すことは難しい。
アムは本当にスラを好きで愛している。
「好き」から「愛する」ことは難しい。
恋人から始めたわけではないアムとスラ。
血を吸う吸血鬼と血を吸われる人間という関係だった二人がお互いを好きになり愛するようになったのは奇跡に近いこと。
奇跡なんていうものは簡単に使っていい言葉ではない。
口に声に出すことでもない。
だからと言って、「運命」とか「偶然」などという言葉も時には使うこともあるが普段使いにはならない。
何かとの出会いや別れの場合は使うこともあるだろう。
けど。
「わ、わわわわわ私、スラがいい。スラじゃないと嫌・・・」
呼吸が少しずつ整ってちゃんと言葉を言えるようになったアム。
すると。
「スラ、どこにいるの?」
両手を伸ばしてフラフラと左右に回すアム。
「どこ? どこにいるの?」
目を開けたアムは吸血鬼と同じ血のような真っ赤な瞳。
それを見たスラは安心して満面の笑みでアムの両手を優しく握ってあげた。
「ふっ、俺はここにいる。やった、成功した。よく頑張ってくれた、アム」
スラにとってこれは成功と言えた。
なぜなら。
「俺たち吸血鬼と同じ瞳を持つ君はもう最高だ。君を妻にして良かった、愛している、アム」
一人満足してすごく機嫌良くアムの頬を撫でてキスをしてまた笑うスラ。
でも。
「スラ、あなたはどんな姿をしているの? 真っ赤であなたの姿がどこにあるか分からない」
その言葉を聞いたスラは何もおかしいとは思わずアムの背中に手を当ててゆっくり起こしてこう言った。
「君の瞳はまだ成長している途中だ。あと少ししたら見えるようになる。それまでは俺が君の目になる。何も不安にならなくていい、焦らなくていい。夫の俺がいる限り、君は」
「何を言っている? その子はもうダメだな、早く捨てた方がいい、スラ兄さん」
部屋の扉をバシッと力強く叩き壊し開けたその正体。
「俺はもうお前の『兄さん』じゃない。何の用だ、セス?」
何年も話していなかったもう一人の兄妹、セスが怪しげな笑みを浮かべながら後ろに誰かを隠して再会を迎えてしまった。
「僕はまだスラ兄さんのことは兄だと思っているのにその言い方は悲しいなー」
「お前がそう思っていても、俺はそうは思っていない。早く自分の部屋に戻れ、今はお前に構っている暇はないんだ」
スラは兄妹のソリーとセスと何年も話していない、話したくなかった。
昔は仲が良かったが、大人になった今では関わりくない存在に変わってしまっていた。
ソリーもセスも、スラはとても優しい存在でシセルよりもスラを頼っていることが多かった。
けど、今は。
「俺たちの幸せを邪魔する者はお前でも許さない」
「ふーん、分かった。そう言われたら僕は何も言わない。だけど、せめてこの人間だけは紹介させて」
そう言って、セスが後ろに隠していた人物を見たスラは不思議に思い首を傾げた。
「誰だ? 吸血鬼じゃない」
予想通りのスラの反応に、後ろに隠れていたセスと契約を結んでいる人間は。
「はい、そうです。私はセスと契約を結んでいるナイと言います」
「ナイ? 初めて聞く名前だ」
「そうですか? セスから聞いたことがあると思っていたんですけど」
「いや、こいつとは何年も話していないからあなたのことは知らなかった・・・というか、今はそんな暇はない。早くアムを」
「スラ兄さん、さっきも言った通り、その子は捨てた方がいい」
「はあ? お前には関係ないだろう、早く部屋に」
「じゃあ、この石は捨ててもいいんだな?」
アムの体を心配している? のか、セスがスラに見せた物はただの石ではなかった。
「お前、何でそれをお前が持っているんだ?」
そう、セスが持っている物は。
「これは人間用の癒しの石。そして、結婚の証だ」
それは吸血鬼が幸せになるために一番必要なこと。
吸血鬼が幸せになれるのは簡単なことではない。
ちゃんとした順番を辿れば確実な幸せを手に入れられる。
ただ人間の血を吸いたい。
吸って吸って自分の手元に置いておきたい。
他の物なんてどうでもいい。
ただただ人間の血を求めて地に降りる。
何年も何十年も何百年も。
少しずつ積み重ねた大きな「欲」が吸血鬼の人生を華やかに舞い踊らせる。
血を吸った人間が壊れたらまた新しい人間を探して吸うだけ。
誰にも止められない「欲」は吸血鬼を高く値をつける。
血は次第に肉へ魂へと天に売られる。
吸血鬼だけではない。
他の生き物だって、人間にも同じように値をつけてそれをどう買うかを悩む。
吸血鬼の結婚は天に必ず知らせが届き、結婚した吸血鬼を最後まで遠くから見届け、最後には吸血鬼の体を食う。
天にいる者は生き物の肉体を食べることで地上に生きる物たちへの存在を維持する。
それが今のアムとスラの結婚式その物である。
「どういうことなの?」
本番はもう始まってるはず。
ドレスはボロボロになってしまったけど、スラが私と永遠に幸せになる誓いを立ててくれた。
それだけでも十分なのに、これ以上、何をすればいいの?
全く理解できずに瞳を激しく揺らして戸惑うアム。
だが、その隣にいるスラは何を言われているのかを当然よく分かっている。
「本番、か。人間のお前には言われたくなかった。いや、言われてしまったからにはもう隠す必要はない」
ルロに腹が立っているというか、悔しいというか。
スラは一人複雑な気持ちを抱えながらも、妻のアムには優しく微笑んでそっと抱きしめて頭を撫でて頬を撫でて。
「アム、今から俺の左手を噛んでその血を舐めてほしい」
突然意味の分からないことを言われたアムは当然首を傾げる。
「は? スラ、何を言っているのか全然分からない」
どうして私がスラの左手を噛んでその流れた血を舐めないといけないの?
こんな結婚式、聞いたことない!
人間同士の結婚式なら平穏でどこもおかしくはない。
でも、アムがしているのは吸血鬼との結婚式。
普通のことをするはずがないということを知らなかった、聞かされていなかった。
これはスラに文句を言っても別に悪くはない。
隠すことなんてなかったのに、スラはルロに言われるまでなぜかアムに黙っていた。
結婚する関係、夫婦になる関係のアムに秘密を抱えるのはおかしいこと。
それが大事な時に明かされた時の相手の顔を考えているのか。
相手がどう傷つくのかをよく想像しているのか。
何もせずに言えばいいだけなら誰だって楽になれた、幸せだって簡単に手に入れられた。
けど。
「スラの妻になれるなら、ううん、必要ならやる。私にできることなら何でもする。だから、もう何も隠さないで、私を見捨てないで」
本気でスラを好きになったアムの本心。
妻として、人間として。
スラの力になれるなら何でもすると言ってしまったアム。
それを見ていたルロは一人楽しそうに笑っている。
「あはははっ」
面白い。
いや、僕もソリーの左手を噛んで血を舐めたから同じか。
アムちゃんは結婚する相手を間違えた。
僕はソリーと結婚してすごく幸せになれたけど、アムちゃんはどうかな?
僕たちと同じ幸せを手に入れられるはずがない。
そうなったら1番困る。
ルロはソリーと結婚して幸せになった。
その幸せがどんな形でも、ルロはソリーを永遠に愛し愛される存在になってしまった。
自分の幸せを他人に押し付けるのは間違っている。
でも。
「スラ、左手を出して」
一度深呼吸をして真剣な眼差しで覚悟を決めたアムに、スラは深く頷き左手をアムに差し出す。
「アム、ありがとう。二人で幸せになろう・・・」
美しく微笑むスラの顔を見ながら、アムは安心してガブっとスラの左手を噛みちぎる直前まで力を込めて流れた血をスッと舐めたら。
「ああああああっ、はあ、はっ!」
何、これ?
スラの、吸血鬼の血が体の中に入った瞬間、アムに異常が起きた。
「ああ、はあああああああああっ!」
目の前が真っ赤で物も空も真っ赤に見えているアム。
その理由は。
「やっぱりそうなったか」
人間の体に吸血鬼の血が入ってしまったら、拒絶反応が出て目が俺たち吸血鬼と同じように瞳が真っ赤に染まって胸が締め付けられてそれから。
「君の心臓は俺の物になった」
そう、吸血鬼と結婚した人間の心臓は舐めた血が鎖のように心臓を縛ってもうその心臓は吸血鬼の物となる。
これが最悪な結婚式の本番の一つ。
もう一つは。
「アム、君の血を吸う。そしたら結婚式は終わりだ、少しだけ我慢してくれ」
そう言って、まだ拒絶反応が起きているのを関係なし、スラはアムの首筋を舐めてガブっと力強く噛みついて血を吸う。
「ん、ああ」
やっぱりアムの血は最高だ。
もう離したりしない。
アムの全ては俺の物だ。
これで結婚式は終わった。
その姿を見ていたルロとソリーは黙って部屋に帰って行った。
「あんな物、見なければ良かったわ」
「そうだね、本当に、腹が立つ二人だよ」
けど、アムの体は元に戻ることはなく・・・。
「はっ、あああっ」
目の前が真っ赤で何も色がない。
一体、いつになったら元に戻るの?
「・・・嫌、元に、戻して」
人間同士の結婚式ならこうはならない。
でも、これはアムが選んだこと。
自分が選んだことは最後までやり遂げる。
それも大人になるのに必要なこと。
いつまでも「嫌だ」とか「怖い」なんて言えるのはまだまだ子供。
何十年も歳を重ねたスラと比べたらアムはまだ甘く深いところまで考えが行き渡らない。
それでも。
「アム、今日から三日、俺から離れるな」
人間と吸血鬼が幸せになるなんて誰も考えられないだろう。
考えられないことをこの三人はやっている。
自分が選んだことは何があっても最後までやり遂げなければそのうち天から怒りが来る。
その覚悟があるなら誰も文句は言わない。
「君を許さない」
それから三日間、アムはずっと目を覚まさなかった。
代わりにスラが一瞬も離れずにそばにいた。
「・・・・・・」
「アム、大丈夫だ。あと少しで君は目を覚ます。今は辛くても、夫の俺がいる限り、何も暗いことは考えなくていい」
人間と契約を結んだ吸血鬼がその人間の血を吸えないのと同じで、吸血鬼と結婚した人間は三日眠りにつき、新しい姿で目を覚ますという決まりがある。
だが、一度兄のシセルと契約を結んでしまったアムの体はスラの血を拒絶している。
心臓は血の鎖で縛られて守られているものの、アムは三日経っても目を覚ます気配が全く感じられない。
そのことをスラはまだ分かっていなかった。
結婚式が終わって夫婦になって幸せになっているはずなのに、アムの体が言うことを聞かない限り、二人の幸せはどこにも見られない。
吸血鬼と結婚した人間に求められるのは「血」と「欲」だけ。
アムがどんなにスラを好きでも、体が拒絶するなら意味がない。
結局吸血鬼は人間の「血」があればそれでいい。
そう、思っているはずだった・・・。
「うっ、あああああ」
「アム?」
「あああっ、はあ」
突然息苦しそうに目は瞑ったままだが、呼吸が激しく乱れて体を左右に揺らし始めたアム。
その姿を見たスラはあることに気づいた。
「ま、まさか、俺の血が消えたのか?」
確かにアムは俺の血を舐めた。
舐めて体の中に入ったはずなのに、こんなに息苦しくなったのは俺の血が何かで解かれて消えた。
「じゃあ、アムはもう二度と目を覚まさない・・・」
そんな、アム、お願いだ、目を開けてくれ。
必死に手を握っても願っても希望を持っても無意味なことは全て無意味。
どんなことでも意味を求めてしまう生き物は何に対しても夢など叶うはずもない。
特にスラは一度アムの気持ちなど関係なくただ自分の「欲」のままに血を吸ってアムから逃げられた。
これはひどく言えば仕返しなのかもしれない。
アムではなく他の誰かが天に祈って存在を知りスラに仕返しをした。
そう考えるのも一つの手と言える。
スラがアムの夫になってまた調子に乗って妻を傷つけるようなことをすれば王から怒られるか天から肉体を食われるか。
一体どちらになるのか?
「くっ、アム、アム、アム!」
せっかく結婚式を挙げて幸せになったのに、もう俺はアムを失うのか?
せっかく手に入れた血を捨てるのか?
「いや・・・」
何を考えているんだ?
俺は何を偉そうに物を考えて想像しているんだ?
こんなにダメな吸血鬼だからアムは目を覚まさないんだ。
俺が一番最低だ。
今更自分を責めても遅い。
自分のことばかり考えて他のことなんて考えない。
これがどんなにアムを傷つけているのかを今更考えても遅い。
でも。
「あっ、ああああ」
何かに縛られて苦しそうに必死に呼吸を繰り返すアムの姿はスラにとっても深い傷となる。
一度開いた傷はもう二度と治ることは不可能。
直接体につけられていなくても、言葉や態度で心につけられた傷の方が何倍も深くなる。
永遠に忘れられない傷がどんなに痛くて苦しいのかを誰も理解してない。
軽い気持ちで言葉を使うのは良くない。
重く受け止めるのも良くはない。
全てが真ん中で立ち止まれば全てが上手くいくとも限らない。
誰がどんな気持ちでいたのかを考えたり想像したとしても、取り戻すことは難しい。
アムは本当にスラを好きで愛している。
「好き」から「愛する」ことは難しい。
恋人から始めたわけではないアムとスラ。
血を吸う吸血鬼と血を吸われる人間という関係だった二人がお互いを好きになり愛するようになったのは奇跡に近いこと。
奇跡なんていうものは簡単に使っていい言葉ではない。
口に声に出すことでもない。
だからと言って、「運命」とか「偶然」などという言葉も時には使うこともあるが普段使いにはならない。
何かとの出会いや別れの場合は使うこともあるだろう。
けど。
「わ、わわわわわ私、スラがいい。スラじゃないと嫌・・・」
呼吸が少しずつ整ってちゃんと言葉を言えるようになったアム。
すると。
「スラ、どこにいるの?」
両手を伸ばしてフラフラと左右に回すアム。
「どこ? どこにいるの?」
目を開けたアムは吸血鬼と同じ血のような真っ赤な瞳。
それを見たスラは安心して満面の笑みでアムの両手を優しく握ってあげた。
「ふっ、俺はここにいる。やった、成功した。よく頑張ってくれた、アム」
スラにとってこれは成功と言えた。
なぜなら。
「俺たち吸血鬼と同じ瞳を持つ君はもう最高だ。君を妻にして良かった、愛している、アム」
一人満足してすごく機嫌良くアムの頬を撫でてキスをしてまた笑うスラ。
でも。
「スラ、あなたはどんな姿をしているの? 真っ赤であなたの姿がどこにあるか分からない」
その言葉を聞いたスラは何もおかしいとは思わずアムの背中に手を当ててゆっくり起こしてこう言った。
「君の瞳はまだ成長している途中だ。あと少ししたら見えるようになる。それまでは俺が君の目になる。何も不安にならなくていい、焦らなくていい。夫の俺がいる限り、君は」
「何を言っている? その子はもうダメだな、早く捨てた方がいい、スラ兄さん」
部屋の扉をバシッと力強く叩き壊し開けたその正体。
「俺はもうお前の『兄さん』じゃない。何の用だ、セス?」
何年も話していなかったもう一人の兄妹、セスが怪しげな笑みを浮かべながら後ろに誰かを隠して再会を迎えてしまった。
「僕はまだスラ兄さんのことは兄だと思っているのにその言い方は悲しいなー」
「お前がそう思っていても、俺はそうは思っていない。早く自分の部屋に戻れ、今はお前に構っている暇はないんだ」
スラは兄妹のソリーとセスと何年も話していない、話したくなかった。
昔は仲が良かったが、大人になった今では関わりくない存在に変わってしまっていた。
ソリーもセスも、スラはとても優しい存在でシセルよりもスラを頼っていることが多かった。
けど、今は。
「俺たちの幸せを邪魔する者はお前でも許さない」
「ふーん、分かった。そう言われたら僕は何も言わない。だけど、せめてこの人間だけは紹介させて」
そう言って、セスが後ろに隠していた人物を見たスラは不思議に思い首を傾げた。
「誰だ? 吸血鬼じゃない」
予想通りのスラの反応に、後ろに隠れていたセスと契約を結んでいる人間は。
「はい、そうです。私はセスと契約を結んでいるナイと言います」
「ナイ? 初めて聞く名前だ」
「そうですか? セスから聞いたことがあると思っていたんですけど」
「いや、こいつとは何年も話していないからあなたのことは知らなかった・・・というか、今はそんな暇はない。早くアムを」
「スラ兄さん、さっきも言った通り、その子は捨てた方がいい」
「はあ? お前には関係ないだろう、早く部屋に」
「じゃあ、この石は捨ててもいいんだな?」
アムの体を心配している? のか、セスがスラに見せた物はただの石ではなかった。
「お前、何でそれをお前が持っているんだ?」
そう、セスが持っている物は。
「これは人間用の癒しの石。そして、結婚の証だ」

