「へえー、面白いね」
僕の他に、それも可愛くて綺麗な人間が二人いたなんて嬉しいね。
でも、何か・・・。
「普通すぎてつまらないね!」
見た目が良くても、中身がソリー以上に愛せるならって。
「はあ、ダメだね。こんなこと考えたらソリーに怒られてしまうよ!」
一人悩んで失礼なことをサラッと大声で呟いたルロ。
これを見ていたアムとナイは。
「あなた、大人なんですよね? どうしてそんなことが言えるんですか?」
「そうよ。私たちの姿を見て勝手に残念に思うのは大人として恥ずかしくないのかしら?」
二人共腹が立って拳を握りしめて睨んでどんどんルロに近づいて服の襟をお互い力強く掴む。
でも、ルロは特に気にすることなく笑っている。
「はっ、一応謝っておくよ、ごめんね。ははっ、だけど、僕は君たちと違ってすごく幸せ者なんだよ。君たちがどうしてここにいるのかは少しは知りたいと思ったのに、僕を『大人』っていう決められた役をバカにされたら僕だってそれは許せない」
そう言って、ルロはスッと風のように二人から掴まれていた襟をパンパンと手を叩きながら避けてこう言った。
「無駄な願いは捨ててもっと大きな願いを持った方が君たちのためになる。絶対に!」
ルロは自分が「大人」であることを分かっていても分かりたくもなさそうだ。
生まれも育ちも貴族。
それなりに気品高く仕上げられて苦しい生き方をしていつのまにか歳を取って「大人」になってしまった。
「ははっ」
別にこれでいい、これでいいんだよ。
だって、そうだよね?
僕と同じ人間がまさか二人、それも女の子がいてくれたなんて・・・本当はすごく嬉しい。
僕以外にも吸血鬼と契約を結んで幸せを感じてくれているって考えるとすごくドキドキして興奮がたまらなくてつい変な笑い方になってしまう。
だから。
「僕の幸せを分かってくれたら、またあの二人に会いに行ってもいいかもしれない」
めちゃくちゃ上から物を言うルロ。
しかし、その余裕はいつまで持つのだろうか・・・。
「あっ、ソリー! お待たせ!」
大きく右手を上げて振りながらソリーとサムールの元に帰ってきたルロ、だが。
「ちょっとあんた! 一体何をしに行っていたのよ!」
何かいい物を持ってくると言っていたのに、ルロは何も持たずに満面の笑みを見せていることに心の底から腹を立てて怒るソリー。
その怒りは誰だってよーく分かるだろう。
そして。
「あははは、やっぱり使えない、人間は使えない! ソリー様、今からでも遅くありません、さっ、私をもう一度メイドとしてお使いください。あなたに一番似合うのはこの私、サムールだけですから!」
さっきまで王に報告されることを恐れて拒んで嫌がって叫びまくっていたのがパサっと枝が折れるかのように心変わりしたサムール。
けれど、ソリーはそんなどうでもいい、くだらないサムールの言葉を聞いてさらに怒りが限界を超えて真っ赤な瞳が薄暗く明かりを灯したように本物の吸血鬼の恐ろしさをその瞳で深く味わせていく。
「あんた、本当にバカな子ね! 誰があんたをもう一度やり直させると思っているのよ!」
私とルロの幸せを邪魔したのに、それを無しにしてもう一度私の元で働くなんてそんな都合いい話、あるはずがないでしょ!
他人から自分の幸せを邪魔されて怒らない者など、どこに存在する?
特にルロとソリーの絆は誰にも邪魔させない強力すぎる物。
サムールは本当に何も分かっていない。
いや、分かっているかもしれない。
今まで何十年もソリーの元でメイドとして働いて一番近くでずっと色々なことを見て学んでいたのに、ルロのせいで全てが壊れて全部台無しにされて。
勝手に契約を結んで結婚して幸せになって、その後もどこかで二人の空間が増えてしまうことをサムールは心の底から嫌がっていた。
主人がどんどん遠くに行っていつか手を伸ばしても一生届くことのない場所に辿り着いてしまう恐怖に包まれることもサムールは怖がっている。
だから!
「私はまだまだメイドとしてソリー様のお役に立てます! 私は、私は、最後までソリー様のおそばにいたいんです! 最初にソリー様を見た時、胸がドキドキしました。こんなに美しい吸血鬼は私は見たことがありませんでした。ソリー様の元で何十年も働いて私は嫌に感じたことは一度もありません! だって、こんなに美しい吸血鬼を毎日見られる喜びは他にありませんから!」
大丈夫。
ここまで私の本気を伝えられたんだから、ソリー様も心変わりしてもう一度私を選んでくれるはずよ。
私はいつでもソリー様を大切に想っている。
それがソリー様に伝わっていたらきっと。
心から期待して出会った時のような幼く可愛らしい瞳を見せるサムールに、ソリーは深いため息を吐いた後、目を合わせてこう言った。
「はあ、そうね。そこまで言われたら断れないわね」
何かを諦めたような雑な言い方にも聞こえてしまうが、サムールにとってはとても嬉しい言葉で涙を流し笑った。
「はい! 私、これからもソリー様の元で一生懸命働きます!」
ソリーの優しさはルロと同じようで少し違う。
誰かの力になりたい、役に立てたらそれでいい。
そんな都合良く自分の優しさに浸ってしまう者こそ、弱くなるだろう。
それでも。
「私はあんたと最後までいられる保証はないの。もちろん、私が先に消えてしまうかもしれないし、あんたが先に消えてしまうかもしれない。私たち吸血鬼はいつどこで消されるか分からない危険な生き物なの。私だって、何十年と過ごしたあんたを捨てたくない」
ほんの少しずつサムールの元に歩き出して手を差し伸べるソリーに、サムールは満面の笑みで頷いた。
「分かっています。ソリー様が消される前に、私がソリー様をお守りします。私はそのために生まれたんですから」
その言葉を聞いたソリーは美しく微笑んで頷き、サムールの両手を握った。
「そうね。あんたたちは私たち王族に仕え守るために作られた人形。良かった、ちゃんとそこは分かっていて」
「はい、私たちは王族の皆様のために存在しているんですから。基本はしっかり身につけているので、安心してください」
幼い頃からずっと仲が良かったソリーとサムール。
特にサムールの場合は主人のソリーと何十年もそばに居続けた大切な存在。
ルロとは違う大切で。
ソリーとサムールの仲直りを微笑ましく明るい笑顔で見ていたルロが二人を大きく両手を広げて抱きしめようとしたが、サムールがまだまだ力強く睨みながらスッと風のように避けられてしまった。
「何をするんですか? 気持ち悪いです」
さっきまでの満面の笑みとは全く違う吸血鬼の赤い瞳を黒く輝かせるサムールを、ルロは苦笑いを浮かべてどこかショックを受けている。
「あ、はははっ、ごめんね。僕も君と仲良くなりたいから、ちょっと触れてみようかと」
「気持ち悪いです。私はメイドです、ソリー様の夫だからって調子に乗らないでください。本当に気持ち悪い」
何度も「気持ち悪い」と真っ赤な瞳で見られてしまったルロは少しずつ一歩一歩後ろに下がって近くの木に隠れて自分が思っていた以上にショックで心が折れていく。
「えー、どうして・・・」
僕、何か間違ったこと言ったかな?
すごく仲直りのいい雰囲気に混ざりたかっただけなのに、それがダメだったのかな?
「うーん、女の子って、難しい」
僕は一人っ子だったから・・・それに舞踏会とかでも一度も誰とも会話をしたことなんてなかった。
でも。
「ソリーがいるから僕は頑張れる。何にだってなって見せるよ。君が願うことなら僕は何も ったりしない」
三日後、ルロは一人で庭へ散歩に出る。
「わあー、昼の空は青くて夜と同じくらい綺麗だね。まあ、今はまだソリーが寝ているからあまり意味はないけどね」
人間の起床時間と吸血鬼の起床時間は全く違う。
今までルロはソリーに合わせて起きて行動してまた一緒に眠る。
それが何ヶ月も続いてしまえば生活習慣も当然人間としてはとても乱れる。
人間は朝に起き昼に働き夜は眠る。
それが人間の普通の習慣。
逆に吸血鬼は夜に起き夜に行動し朝に眠る。
ほとんど夜に行動するため、吸血鬼は昼の空を見たことはない。
見てしまったら一瞬で燃え尽きて消える。
そういう生き物。
だが、なぜ今日ルロが一人で昼に散歩に出たのか、それは。
「やあ、来てくれて嬉しいよ」
満面の笑みで軽く手を振るルロの前に現れたのは。
「何の用ですか? また失礼なことを言うなら帰ります」
「そうよ。あなた、見た限りボロボロで一人で寂しそうで笑ってしまうわ」
三日前に失礼なことを言われたお返しにサラッとひどいことを言ったアムとナイ。
でも、ルロは三日前と同じように全く気にせず鼻歌を歌い少しずつ二人の前に歩き出す。
「ねえ、君たちも吸血鬼と契約を結んでいるんだよね?」
その言葉を聞いたアムとナイは一瞬体がビクッと震えたが、平常心で首を横に振って否定した。
「いいえ、していません。あなたには関係ないことです」
「ええ、私たちが吸血鬼と契約を結んでいることをどうして他人のあなたに教えなければならないのかしら?」
やはり二人はまだ怒っている。
勝手に自分たちの見た目を否定して残念そうに帰って行ったことを怒らない生き物はどこにもいないだろう。
いてもほんの少しの数だけ。
アムとナイが誰と契約を結ぼうがルロには関係ないのも事実になってしまう。
だけど。
「僕は教えてあげるよ。僕はソリーっていうすごく可愛くて優しい女の子の吸血鬼と契約を結んで結婚して今とても幸せな人間。ははっ、これで分かったかな?」
悔しいほどに自慢するその満面の笑みがさらにアムとナイの怒りを爆発させる。
「そうですか。それは良かったですね!」
「ふっ、自分で自分を幸せと言うのは贅沢じゃないかしら。もっと違う言い方があったでしょ!」
さすがに大声で怒られてしまったルロはようやく自分の言い方が悪かったことに反省して少し頭を下げて正しく謝る。
「ごめんなさい。そうだよね、僕、君たちのこと、何も考えていなかった」
って、別にそんなに怒らなくてもいいのに・・・。
まあ、これが普通なら仕方ない。
何が普通なのかをよく理解してないルロ。
だが、そんなことは今は当然関係なく。
「僕が知りたいのは君たちはどうしてここにいるのかな? 僕みたいに吸血鬼が好きとかそういうの?」
その「吸血鬼が好き」という言葉を聞いた二人は一瞬動揺し瞳を激しく震え立たせてルロから目を逸らし、後ろに下がってしまう。
「・・・どうして、そ、そそんな、こと、聞くんですか?」
吸血鬼のことをあまり知られたくないアム。
「わ、わわ私は、ただ吸血鬼に憧れていただけよ。そ、それの何が悪いのよ・・・」
ナイが言った「憧れ」という言葉を聞いてしまったルロは怪しげな微笑みでシュッとめちゃくちゃ早く走ってつい嬉しくてナイの両手を握った。
「ははははっ、嬉しい、嬉しいよ! 良かった、僕の他に吸血鬼に興味があったなんて!」
こんなの奇跡みたいだよ。
ああ、僕、このお城に来て良かった・・・。
自分の選択は自分次第。
それが正しくても間違っても自分が選んだことは最後まで責任を持って行動する。
誰にも頼らず、自分の力だけでやり直せるならそれでも構わないだろう。
他人の力を借りて願いを叶えるよりも、自分の力で叶えるのも悪くはない。
それがどんな方法であっても、自分がそれを正しいと言えるのなら、その後のことは何も考えずに前を向き続ける。
後ろを振り向く隙は与えない。
そんなことをさせるなら捨てるのが一番。
夢も願いも、希望もきっと、そのために・・・。
「ははっ、こんなに笑うなんて思わなかったよ。こんなに嬉しいこともあるなんて、本当に、君たちは、人間は面白いね」
自分も人間なのに、別の生き物のように上から物を言うルロ。
本当に、他人の腹を立たせるのが上手な人間。
吸血鬼と結婚したことを一度も後悔せず、むしろ誰よりも幸せを感じるおかしな人間。
こんなことで笑えるのも本当にバカだと言えるだろう。
でも、そんなルロの姿にアムはあることを言い始める。
「私はスラっていう吸血鬼が気になっています。いや、好きです。好きだから苦しいんです。あなたならこの気持ち、痛いほど分かりますよね? そんなに吸血鬼と幸せになっているなら、あなたも何かに痛いほど苦しい気持ちになったことが絶対にあるはずですよね?」
どんどん近づいてまだまだ動揺しているのか、アムは震える両手でルロの手を握って真剣な眼差しを向ける。
だけど。
「うん、そうだね。君の言うとおりだよ」
静かな声で頷いたルロ。
本気で真剣で真っ直ぐで嘘はない一番正しい姿。
ここまでルロが本気なのは珍しい。
同じ人間でも上から物を言えるバカがただ一人のために本気になれるのは「愛」という絆のせいだろう・・・。
「僕は妻といるとすごく胸が苦しくなる。こう言ったけど、これで合っているかな。そう言ったら傷つくかな。僕は日々こんなことを考えながら今も生きている。他人の君たちからしたらどうでもいいことかもしれないけど、僕本人にとっては命よりも大切で消せない物なんだよ。これでいいかな?」
言いたいことはまだまだたくさんあるけど、それを全部言ったら夜になってしまうから今はここまでにしておこう。
このお城で暮らす人間が僕を含めて三人。
それも僕だけが男。
何かがあった時、この二人を守る必要があるかもしれない。
同じ人間だから、自然と助け合う力はとっくに持っている。
持っていて当たり前。
それが人間なんだからね。
だから。
「僕たちは人間だから、人間なりの力を発揮するために、これから仲良くしてくれないかな?」
そう言って、アムに握られている手をそっと離して両手をアムとナイに差し伸べるルロ。
すると。
「いいですよ。正直、あなたの言うことは聞きたくないけど、仲良くするだけなら構わないです」
「わあ、嬉しい!」
「そうね。同じ人間なんだから、仲良くするのは悪いことじゃないわね。あなたの吸血鬼への愛は私もよく理解できることだから」
少しずつ納得しながらアムとナイはルロの手を握り、ルロは満面の笑みで何度も頷いた。
「ははははははっ、嬉しい、嬉しい! これから長くよろしくね!」
同じ人間ならではの絆、本気。
その気持ちが重ねればどんなことでも立ち向かえる。
だが、その絆がいつ破壊されても文句は言えないだろう。
だって、ここは人間の住処ではない。
吸血鬼の住処だということを忘れたら、永遠に心は吸血鬼の物に変えられてしまう。
この三人が出会えたのはただの偶然でも奇跡であってもどうでもいい。
出会ってしまってはいけない三人だった。
この三人の共通点をお互いが知ってしまったらきっと三人はお互いを殴り合い、全てを奪い合う。
それを知らない今はまだ、仲良くしても問題はない。
特にルロはソリーを一人にはしていけなかった。
もう、奪い合いは始まっている。
いや、気づくことすらもできないほどに浮かれてしまっている三人。
一体、これから仲良し状態はどこまで続くのだろうか?
夜になった。
ソリーが起きる前に部屋に戻ったルロ。
「ソリー、朝だよ。起きてー」
愛する妻を起こすのは夫の使命? と、ルロが勝手に妄想している。
これは正しいのか?
でも、ソリーは一回で起き上がってルロに寄りかかる。
「はあ、眠い。ねえ、ルロ」
「何?」
「あんた、私が寝ている間にどこに行っていたの?」
「・・・え?」
突然言ってもいないことを聞かれたルロ。
その瞳は激しく震えてとっさにアムとナイのことを隠すようにソリーから目を逸らしてしまった。
けれど、ソリーは遠慮なく続けて質問する。
「あんた、私以外の女と親しくなったりしていないよね?」
「・・・・・・」
「私、一応、あんたの妻なんだけど?」
「・・・えっと」
「妻の私を捨てて他の女と仲良くしたらどうなっているか分かっているわよね?」
「・・・・・・」
「ちょっと、いい加減何か言ったらどうなの? 別に怒ったりしないから、ほら!」
そう言って、ソリーが力強くルロをベッドに押し倒して無理やりにでも顎を右手で掴んで唇と唇が重なる手前まで顔を近づけて、ようやくルロが口を開く。
「・・・人間に会ったんだよ」
「は?」
「僕の他に二人の人間がいるんだよ、それも女の子」
その事実を知ったソリーは衝撃すぎて頭が追いつかずに黙ったままだが、ルロは続けて話し続ける。
「今日君が寝ている間、庭に二人を呼んで仲良くすることになった」
「・・・そんな、どうして!」
妻の私がいるのに、どうして他の女、それも人間と仲良くする必要があるの?
私だけじゃ満足できなかったって言うの?
私が人間だったら良かったの?
私が人間じゃないのがもう面倒になったの?
理由は何なの!
「くっ」
考えれば考えるほど腹が立っていくソリー。
朝から腹を立たせるルロもすごいが。
「ソリー、聞いて。僕は二人と仲良くしても、絶対に好きにはならない。これだけは分かって、お願いだ」
「嘘は言わないで!」
「え?」
「私はルロに他の女と仲良くしてほしくない! 私だけを見ててほしい、愛してほしい、最後まで!」
そんなお願い聞けるはずがないでしょ!
「どうして私が分からないといけないのよ! 普通は逆でしょ!」
「・・・ソリー、僕は」
「私はルロが好き! 私にはルロしかいないの、ルロがいるから今も生きていけるの! 私を一人にしないで、捨てないで!」
大粒の涙を流しながら本音を全て伝えたソリー。
その本音は絶対に嘘ではなく愛の本気でもある。
「うっ、ふ、あああああああっ!」
朝から泣かせるルロは本当にすごい。
起き上がったばかりの妻に衝撃の言葉をかけて言い方が悪くて腹を立たせ泣かせる。
全く貴族育ちとは思えない最低すぎる生き物だ・・・。
でも。
「ソリー、僕は君を捨てたりしない、永遠に離さない。あの二人よりも、この世界で一番可愛いのはソリーだけだよ。僕が君と結婚したのは君が誰よりも愛らしくて心から永遠に愛したいと思って結婚したんだよ。僕は絶対に君以外の子を選ばない、選ぶはずがない。だって、僕はもう君の物なんだから」
大人の美しい微笑みを見せるルロは心の底から妻のソリーを愛する最高の人間の姿。
吸血鬼でも関係ない。
好きになった相手がどんな生き物でも、自分を求め愛してくれる限り、永遠にそばに居続ける。
それがルロの愛の本気。
本気でソリーを愛する人間。
自分の血を吸い喜ぶソリーのためなら、ルロはどんなことだってやってしまうだろう。
誰にも止められない形であっても、愛するソリーのためなら何も迷わない。
「愛」とは色々な意味で恐ろしい。
特にソリーとルロはお互いを愛しすぎて恐ろしいことを頭に浮かばせるほど手を伸ばしても、もう時は遅く絶望が待ち構えている。
二人はその世界に入り込んでしまっている。
人間と吸血鬼がここまでお互いを本気で愛し合い、全てを消せる力をも手に入れてしまいそうなくらいに危険な場所に立っている。
それでも、二人が幸せなら誰も止めはしないだろう。
なぜなら、このお城で暮らす人間が四兄妹の一人と結婚し幸せになったのは今までルロだけだった。
現在はどうなのか。
「ソリー、ごめんね」
「どうして、あんたが謝るのよ? 私も色々とひどいこと言ったんだからお互い様でしょ」
「そんなことないよ。ソリーが言ったことは僕、結構嬉しいよ。ソリーが僕のことをそんなふうに愛してくれていたことが嬉しくてよだれが垂れてしまうところだったよ」
変な意味で興奮して本当によだれを垂らしてシーツが染みていく姿を、ソリーが自然と体を震わせて一旦距離を取る。
「ひっ、それは汚いからやめて。分かったから、私もルロが言うことは全部嬉しい。全部私のためでルロのためになる。ふふふっ、私たち、本当に仲が良いわね」
「そうだね。そうじゃないとおかしいよ。僕たちは夫婦なんだから、仲が良くて当たり前。もっと自信を持って二人でこれからも幸せに生きていこう!」
「ふふっ、そうね。あんたの言うとおりだわ」
二人だけの世界で一番の幸せな空間。
誰にも邪魔できない「夫婦」だからこその強い愛の絆を持っている。
この絆は誰にも止められない。
ルロとソリーだけの黒い幸せが今、動き出す。
一ヶ月後。
「ソリー、こっちだよ! 早くおいで」
「ちょっと待って! あんた男なんだから、女の私の体力くらい理解しなさいよ。はあっ、はっ、気持ち悪い」
ルロとソリーがお互いを愛していることを改めて確認して一ヶ月が経った今、二人は真夜中のお城の中を走って遊んでいる。
この歳で走り回るなんてどうかしているけど、ルロの誘いなんて私は絶対に断れない。
それに、日頃あまり動いていないから、たまにはこうやって足を動かすことも大事。
「私はルロが笑ってくれるなら何も怖がったりしない」
今までの私だったらあのお兄様たちを毎日毎日無駄な涙を流して怖がっていたけど、今は違う。
今は、これからはルロがいてくれる。
そう考えたら何も怖がったりしない。
私と一緒に生きてくれるルロがいてくれるだけで、私は。
手を伸ばしたらいつもソリーはルロの手を握れる。
それが普通だと思っていた、が。
「はあ、面倒だな」
その一言で、ソリーは一瞬で体中が震え上がって瞳も激しく震えていて足に力が抜けてしゃがみ込んでしまった。
「は、ああっ、はあっ」
この声、何年ぶり?
久しぶりすぎて胸のドキドキが抑えられなくてどんどん怖くなっていく。
どうして?
「ソリー!」
突然しゃがみ込んだソリーを心配するルロがすぐに走ってそばに寄り添うが、ソリーの体の震えは止まることはなく、さらに悪化していくだけだった。
「は、ああっ、はっ」
息が、まともにできない。
ちゃんと深呼吸をしているのに、体が言うことを聞いてくれない。
どうしよう、このままあの吸血鬼が来るまでここで待っていたら、私はまたあの苦しい一年を過ごすことになる。
「はっ、あああっ」
「ソリー」
何度呼びかけても返事をしてくれない、いや、ルロの声が聞こえていないソリー。
それはあの吸血鬼から受けた苦しみをもう一度味わうことを心の底から恐れているからであった。
すると。
「ソリー、お前は本当に面倒な吸血鬼だな。僕よりも先に幸せになるなんて、そんなこと、僕は一度も許した覚えはないけど?」
そう言って、怪しげな微笑みをしながら堂々と腕を組みながら現れたのは四兄妹の三男、セスだ。
「セス、お兄様、私はもうあなたの道具じゃない。私に構わないで!」
まだまだ怖がっているのか、ソリーはセスと目を合わせるのが無理なようだ。
けれど。
「あなた、誰ですか? 僕の愛する妻を傷つけたこと、絶対に許しません」
この吸血鬼、見たことがない。
ソリーが「お兄様」って言ったから、きっと四兄妹の多分、三男のセス様だ。
きっと、そうに違いない。
でも、今更僕たちに、ソリーに会いに来るなんて、一体何を考えているのかな?
少しずつ何か悪いことを考え出すルロ。
その考えは決して間違いではない。
なぜなら。
「セス、そこで何をしているの?」
そう、セスと契約を結びセスを好きになりたいという希望を胸に抱くナイが現れたことでルロの考えは全て変えられる。
「ナイ、ダメだよ。ここにいたら、君は消されて」
「は? こいつは僕と契約を結んでいる大事な人間、お前みたいなゴミがその名を簡単に口にするな」
そう強くナイの存在を一番大事にするセスがナイをそっと抱きしめている姿を見たルロとソリーは。
「・・・あっ」
嘘、セスお兄様も人間と契約を結んでいたなんて・・・だったら、尚更私のことなんてどうでもいいはずなのに、どうして。
「そんな」
ナイがセス様と契約を結んでいた人間。
じゃあ、ナイは僕の姉になるんだ・・・。
初めて知った事実、衝撃。
それは突然起こること。
誰がどんな予想や想像をしても辿り着けない。
事実なんていうものは誰も考えられない形で巻き起こるような最強な魔法。
現実では難しいけれど、「魔法」という言葉は誰にだって使えてしまうような簡単そうな物。
そして、セスの怒りは止まることはなく。
「はっ、お前たちには消えてもらう、ううん、消えてもらうのは今じゃない。ソリーなら分かる?」
ゆっくりとソリーに近づいてルロをバタッと足で蹴って退かしたセスは不気味な笑みを浮かべながらソリーの肩を両手でバッと限界まで力を込めて掴んだら。
「う、あああっ! やめてください、やめてください、セスお兄様!」
必死に首を横に振って大粒の涙を流しながら拒むソリー。
だけど。
「やめない。お前が消えるまで僕はお前を苦しめる。お前だけ幸せになって、僕がどれだけお前を憎んでいるか、お前は知らなかっただろうな!」
セスの怒りは本気で嘘ではない。
その様子をずっと理解できずにぼーっと見ていたナイが少しずつセスに近づいてこう言った。
「セス、やめなさい。あなたには私がいるでしょ」
その言葉を聞いたセスは冷静になってソリーから距離を置いてナイに寄り添う。
「そうだな。僕にはお前がいる。でも、あいつらの幸せが僕は嫌いなんだ」
「そう、じゃあ、こうしましょ。私も手伝ってあげるわ」
「何を?」
「ふふっ、私とあなたの幸せのための正しい場所へよ!」
僕の他に、それも可愛くて綺麗な人間が二人いたなんて嬉しいね。
でも、何か・・・。
「普通すぎてつまらないね!」
見た目が良くても、中身がソリー以上に愛せるならって。
「はあ、ダメだね。こんなこと考えたらソリーに怒られてしまうよ!」
一人悩んで失礼なことをサラッと大声で呟いたルロ。
これを見ていたアムとナイは。
「あなた、大人なんですよね? どうしてそんなことが言えるんですか?」
「そうよ。私たちの姿を見て勝手に残念に思うのは大人として恥ずかしくないのかしら?」
二人共腹が立って拳を握りしめて睨んでどんどんルロに近づいて服の襟をお互い力強く掴む。
でも、ルロは特に気にすることなく笑っている。
「はっ、一応謝っておくよ、ごめんね。ははっ、だけど、僕は君たちと違ってすごく幸せ者なんだよ。君たちがどうしてここにいるのかは少しは知りたいと思ったのに、僕を『大人』っていう決められた役をバカにされたら僕だってそれは許せない」
そう言って、ルロはスッと風のように二人から掴まれていた襟をパンパンと手を叩きながら避けてこう言った。
「無駄な願いは捨ててもっと大きな願いを持った方が君たちのためになる。絶対に!」
ルロは自分が「大人」であることを分かっていても分かりたくもなさそうだ。
生まれも育ちも貴族。
それなりに気品高く仕上げられて苦しい生き方をしていつのまにか歳を取って「大人」になってしまった。
「ははっ」
別にこれでいい、これでいいんだよ。
だって、そうだよね?
僕と同じ人間がまさか二人、それも女の子がいてくれたなんて・・・本当はすごく嬉しい。
僕以外にも吸血鬼と契約を結んで幸せを感じてくれているって考えるとすごくドキドキして興奮がたまらなくてつい変な笑い方になってしまう。
だから。
「僕の幸せを分かってくれたら、またあの二人に会いに行ってもいいかもしれない」
めちゃくちゃ上から物を言うルロ。
しかし、その余裕はいつまで持つのだろうか・・・。
「あっ、ソリー! お待たせ!」
大きく右手を上げて振りながらソリーとサムールの元に帰ってきたルロ、だが。
「ちょっとあんた! 一体何をしに行っていたのよ!」
何かいい物を持ってくると言っていたのに、ルロは何も持たずに満面の笑みを見せていることに心の底から腹を立てて怒るソリー。
その怒りは誰だってよーく分かるだろう。
そして。
「あははは、やっぱり使えない、人間は使えない! ソリー様、今からでも遅くありません、さっ、私をもう一度メイドとしてお使いください。あなたに一番似合うのはこの私、サムールだけですから!」
さっきまで王に報告されることを恐れて拒んで嫌がって叫びまくっていたのがパサっと枝が折れるかのように心変わりしたサムール。
けれど、ソリーはそんなどうでもいい、くだらないサムールの言葉を聞いてさらに怒りが限界を超えて真っ赤な瞳が薄暗く明かりを灯したように本物の吸血鬼の恐ろしさをその瞳で深く味わせていく。
「あんた、本当にバカな子ね! 誰があんたをもう一度やり直させると思っているのよ!」
私とルロの幸せを邪魔したのに、それを無しにしてもう一度私の元で働くなんてそんな都合いい話、あるはずがないでしょ!
他人から自分の幸せを邪魔されて怒らない者など、どこに存在する?
特にルロとソリーの絆は誰にも邪魔させない強力すぎる物。
サムールは本当に何も分かっていない。
いや、分かっているかもしれない。
今まで何十年もソリーの元でメイドとして働いて一番近くでずっと色々なことを見て学んでいたのに、ルロのせいで全てが壊れて全部台無しにされて。
勝手に契約を結んで結婚して幸せになって、その後もどこかで二人の空間が増えてしまうことをサムールは心の底から嫌がっていた。
主人がどんどん遠くに行っていつか手を伸ばしても一生届くことのない場所に辿り着いてしまう恐怖に包まれることもサムールは怖がっている。
だから!
「私はまだまだメイドとしてソリー様のお役に立てます! 私は、私は、最後までソリー様のおそばにいたいんです! 最初にソリー様を見た時、胸がドキドキしました。こんなに美しい吸血鬼は私は見たことがありませんでした。ソリー様の元で何十年も働いて私は嫌に感じたことは一度もありません! だって、こんなに美しい吸血鬼を毎日見られる喜びは他にありませんから!」
大丈夫。
ここまで私の本気を伝えられたんだから、ソリー様も心変わりしてもう一度私を選んでくれるはずよ。
私はいつでもソリー様を大切に想っている。
それがソリー様に伝わっていたらきっと。
心から期待して出会った時のような幼く可愛らしい瞳を見せるサムールに、ソリーは深いため息を吐いた後、目を合わせてこう言った。
「はあ、そうね。そこまで言われたら断れないわね」
何かを諦めたような雑な言い方にも聞こえてしまうが、サムールにとってはとても嬉しい言葉で涙を流し笑った。
「はい! 私、これからもソリー様の元で一生懸命働きます!」
ソリーの優しさはルロと同じようで少し違う。
誰かの力になりたい、役に立てたらそれでいい。
そんな都合良く自分の優しさに浸ってしまう者こそ、弱くなるだろう。
それでも。
「私はあんたと最後までいられる保証はないの。もちろん、私が先に消えてしまうかもしれないし、あんたが先に消えてしまうかもしれない。私たち吸血鬼はいつどこで消されるか分からない危険な生き物なの。私だって、何十年と過ごしたあんたを捨てたくない」
ほんの少しずつサムールの元に歩き出して手を差し伸べるソリーに、サムールは満面の笑みで頷いた。
「分かっています。ソリー様が消される前に、私がソリー様をお守りします。私はそのために生まれたんですから」
その言葉を聞いたソリーは美しく微笑んで頷き、サムールの両手を握った。
「そうね。あんたたちは私たち王族に仕え守るために作られた人形。良かった、ちゃんとそこは分かっていて」
「はい、私たちは王族の皆様のために存在しているんですから。基本はしっかり身につけているので、安心してください」
幼い頃からずっと仲が良かったソリーとサムール。
特にサムールの場合は主人のソリーと何十年もそばに居続けた大切な存在。
ルロとは違う大切で。
ソリーとサムールの仲直りを微笑ましく明るい笑顔で見ていたルロが二人を大きく両手を広げて抱きしめようとしたが、サムールがまだまだ力強く睨みながらスッと風のように避けられてしまった。
「何をするんですか? 気持ち悪いです」
さっきまでの満面の笑みとは全く違う吸血鬼の赤い瞳を黒く輝かせるサムールを、ルロは苦笑いを浮かべてどこかショックを受けている。
「あ、はははっ、ごめんね。僕も君と仲良くなりたいから、ちょっと触れてみようかと」
「気持ち悪いです。私はメイドです、ソリー様の夫だからって調子に乗らないでください。本当に気持ち悪い」
何度も「気持ち悪い」と真っ赤な瞳で見られてしまったルロは少しずつ一歩一歩後ろに下がって近くの木に隠れて自分が思っていた以上にショックで心が折れていく。
「えー、どうして・・・」
僕、何か間違ったこと言ったかな?
すごく仲直りのいい雰囲気に混ざりたかっただけなのに、それがダメだったのかな?
「うーん、女の子って、難しい」
僕は一人っ子だったから・・・それに舞踏会とかでも一度も誰とも会話をしたことなんてなかった。
でも。
「ソリーがいるから僕は頑張れる。何にだってなって見せるよ。君が願うことなら僕は何も ったりしない」
三日後、ルロは一人で庭へ散歩に出る。
「わあー、昼の空は青くて夜と同じくらい綺麗だね。まあ、今はまだソリーが寝ているからあまり意味はないけどね」
人間の起床時間と吸血鬼の起床時間は全く違う。
今までルロはソリーに合わせて起きて行動してまた一緒に眠る。
それが何ヶ月も続いてしまえば生活習慣も当然人間としてはとても乱れる。
人間は朝に起き昼に働き夜は眠る。
それが人間の普通の習慣。
逆に吸血鬼は夜に起き夜に行動し朝に眠る。
ほとんど夜に行動するため、吸血鬼は昼の空を見たことはない。
見てしまったら一瞬で燃え尽きて消える。
そういう生き物。
だが、なぜ今日ルロが一人で昼に散歩に出たのか、それは。
「やあ、来てくれて嬉しいよ」
満面の笑みで軽く手を振るルロの前に現れたのは。
「何の用ですか? また失礼なことを言うなら帰ります」
「そうよ。あなた、見た限りボロボロで一人で寂しそうで笑ってしまうわ」
三日前に失礼なことを言われたお返しにサラッとひどいことを言ったアムとナイ。
でも、ルロは三日前と同じように全く気にせず鼻歌を歌い少しずつ二人の前に歩き出す。
「ねえ、君たちも吸血鬼と契約を結んでいるんだよね?」
その言葉を聞いたアムとナイは一瞬体がビクッと震えたが、平常心で首を横に振って否定した。
「いいえ、していません。あなたには関係ないことです」
「ええ、私たちが吸血鬼と契約を結んでいることをどうして他人のあなたに教えなければならないのかしら?」
やはり二人はまだ怒っている。
勝手に自分たちの見た目を否定して残念そうに帰って行ったことを怒らない生き物はどこにもいないだろう。
いてもほんの少しの数だけ。
アムとナイが誰と契約を結ぼうがルロには関係ないのも事実になってしまう。
だけど。
「僕は教えてあげるよ。僕はソリーっていうすごく可愛くて優しい女の子の吸血鬼と契約を結んで結婚して今とても幸せな人間。ははっ、これで分かったかな?」
悔しいほどに自慢するその満面の笑みがさらにアムとナイの怒りを爆発させる。
「そうですか。それは良かったですね!」
「ふっ、自分で自分を幸せと言うのは贅沢じゃないかしら。もっと違う言い方があったでしょ!」
さすがに大声で怒られてしまったルロはようやく自分の言い方が悪かったことに反省して少し頭を下げて正しく謝る。
「ごめんなさい。そうだよね、僕、君たちのこと、何も考えていなかった」
って、別にそんなに怒らなくてもいいのに・・・。
まあ、これが普通なら仕方ない。
何が普通なのかをよく理解してないルロ。
だが、そんなことは今は当然関係なく。
「僕が知りたいのは君たちはどうしてここにいるのかな? 僕みたいに吸血鬼が好きとかそういうの?」
その「吸血鬼が好き」という言葉を聞いた二人は一瞬動揺し瞳を激しく震え立たせてルロから目を逸らし、後ろに下がってしまう。
「・・・どうして、そ、そそんな、こと、聞くんですか?」
吸血鬼のことをあまり知られたくないアム。
「わ、わわ私は、ただ吸血鬼に憧れていただけよ。そ、それの何が悪いのよ・・・」
ナイが言った「憧れ」という言葉を聞いてしまったルロは怪しげな微笑みでシュッとめちゃくちゃ早く走ってつい嬉しくてナイの両手を握った。
「ははははっ、嬉しい、嬉しいよ! 良かった、僕の他に吸血鬼に興味があったなんて!」
こんなの奇跡みたいだよ。
ああ、僕、このお城に来て良かった・・・。
自分の選択は自分次第。
それが正しくても間違っても自分が選んだことは最後まで責任を持って行動する。
誰にも頼らず、自分の力だけでやり直せるならそれでも構わないだろう。
他人の力を借りて願いを叶えるよりも、自分の力で叶えるのも悪くはない。
それがどんな方法であっても、自分がそれを正しいと言えるのなら、その後のことは何も考えずに前を向き続ける。
後ろを振り向く隙は与えない。
そんなことをさせるなら捨てるのが一番。
夢も願いも、希望もきっと、そのために・・・。
「ははっ、こんなに笑うなんて思わなかったよ。こんなに嬉しいこともあるなんて、本当に、君たちは、人間は面白いね」
自分も人間なのに、別の生き物のように上から物を言うルロ。
本当に、他人の腹を立たせるのが上手な人間。
吸血鬼と結婚したことを一度も後悔せず、むしろ誰よりも幸せを感じるおかしな人間。
こんなことで笑えるのも本当にバカだと言えるだろう。
でも、そんなルロの姿にアムはあることを言い始める。
「私はスラっていう吸血鬼が気になっています。いや、好きです。好きだから苦しいんです。あなたならこの気持ち、痛いほど分かりますよね? そんなに吸血鬼と幸せになっているなら、あなたも何かに痛いほど苦しい気持ちになったことが絶対にあるはずですよね?」
どんどん近づいてまだまだ動揺しているのか、アムは震える両手でルロの手を握って真剣な眼差しを向ける。
だけど。
「うん、そうだね。君の言うとおりだよ」
静かな声で頷いたルロ。
本気で真剣で真っ直ぐで嘘はない一番正しい姿。
ここまでルロが本気なのは珍しい。
同じ人間でも上から物を言えるバカがただ一人のために本気になれるのは「愛」という絆のせいだろう・・・。
「僕は妻といるとすごく胸が苦しくなる。こう言ったけど、これで合っているかな。そう言ったら傷つくかな。僕は日々こんなことを考えながら今も生きている。他人の君たちからしたらどうでもいいことかもしれないけど、僕本人にとっては命よりも大切で消せない物なんだよ。これでいいかな?」
言いたいことはまだまだたくさんあるけど、それを全部言ったら夜になってしまうから今はここまでにしておこう。
このお城で暮らす人間が僕を含めて三人。
それも僕だけが男。
何かがあった時、この二人を守る必要があるかもしれない。
同じ人間だから、自然と助け合う力はとっくに持っている。
持っていて当たり前。
それが人間なんだからね。
だから。
「僕たちは人間だから、人間なりの力を発揮するために、これから仲良くしてくれないかな?」
そう言って、アムに握られている手をそっと離して両手をアムとナイに差し伸べるルロ。
すると。
「いいですよ。正直、あなたの言うことは聞きたくないけど、仲良くするだけなら構わないです」
「わあ、嬉しい!」
「そうね。同じ人間なんだから、仲良くするのは悪いことじゃないわね。あなたの吸血鬼への愛は私もよく理解できることだから」
少しずつ納得しながらアムとナイはルロの手を握り、ルロは満面の笑みで何度も頷いた。
「ははははははっ、嬉しい、嬉しい! これから長くよろしくね!」
同じ人間ならではの絆、本気。
その気持ちが重ねればどんなことでも立ち向かえる。
だが、その絆がいつ破壊されても文句は言えないだろう。
だって、ここは人間の住処ではない。
吸血鬼の住処だということを忘れたら、永遠に心は吸血鬼の物に変えられてしまう。
この三人が出会えたのはただの偶然でも奇跡であってもどうでもいい。
出会ってしまってはいけない三人だった。
この三人の共通点をお互いが知ってしまったらきっと三人はお互いを殴り合い、全てを奪い合う。
それを知らない今はまだ、仲良くしても問題はない。
特にルロはソリーを一人にはしていけなかった。
もう、奪い合いは始まっている。
いや、気づくことすらもできないほどに浮かれてしまっている三人。
一体、これから仲良し状態はどこまで続くのだろうか?
夜になった。
ソリーが起きる前に部屋に戻ったルロ。
「ソリー、朝だよ。起きてー」
愛する妻を起こすのは夫の使命? と、ルロが勝手に妄想している。
これは正しいのか?
でも、ソリーは一回で起き上がってルロに寄りかかる。
「はあ、眠い。ねえ、ルロ」
「何?」
「あんた、私が寝ている間にどこに行っていたの?」
「・・・え?」
突然言ってもいないことを聞かれたルロ。
その瞳は激しく震えてとっさにアムとナイのことを隠すようにソリーから目を逸らしてしまった。
けれど、ソリーは遠慮なく続けて質問する。
「あんた、私以外の女と親しくなったりしていないよね?」
「・・・・・・」
「私、一応、あんたの妻なんだけど?」
「・・・えっと」
「妻の私を捨てて他の女と仲良くしたらどうなっているか分かっているわよね?」
「・・・・・・」
「ちょっと、いい加減何か言ったらどうなの? 別に怒ったりしないから、ほら!」
そう言って、ソリーが力強くルロをベッドに押し倒して無理やりにでも顎を右手で掴んで唇と唇が重なる手前まで顔を近づけて、ようやくルロが口を開く。
「・・・人間に会ったんだよ」
「は?」
「僕の他に二人の人間がいるんだよ、それも女の子」
その事実を知ったソリーは衝撃すぎて頭が追いつかずに黙ったままだが、ルロは続けて話し続ける。
「今日君が寝ている間、庭に二人を呼んで仲良くすることになった」
「・・・そんな、どうして!」
妻の私がいるのに、どうして他の女、それも人間と仲良くする必要があるの?
私だけじゃ満足できなかったって言うの?
私が人間だったら良かったの?
私が人間じゃないのがもう面倒になったの?
理由は何なの!
「くっ」
考えれば考えるほど腹が立っていくソリー。
朝から腹を立たせるルロもすごいが。
「ソリー、聞いて。僕は二人と仲良くしても、絶対に好きにはならない。これだけは分かって、お願いだ」
「嘘は言わないで!」
「え?」
「私はルロに他の女と仲良くしてほしくない! 私だけを見ててほしい、愛してほしい、最後まで!」
そんなお願い聞けるはずがないでしょ!
「どうして私が分からないといけないのよ! 普通は逆でしょ!」
「・・・ソリー、僕は」
「私はルロが好き! 私にはルロしかいないの、ルロがいるから今も生きていけるの! 私を一人にしないで、捨てないで!」
大粒の涙を流しながら本音を全て伝えたソリー。
その本音は絶対に嘘ではなく愛の本気でもある。
「うっ、ふ、あああああああっ!」
朝から泣かせるルロは本当にすごい。
起き上がったばかりの妻に衝撃の言葉をかけて言い方が悪くて腹を立たせ泣かせる。
全く貴族育ちとは思えない最低すぎる生き物だ・・・。
でも。
「ソリー、僕は君を捨てたりしない、永遠に離さない。あの二人よりも、この世界で一番可愛いのはソリーだけだよ。僕が君と結婚したのは君が誰よりも愛らしくて心から永遠に愛したいと思って結婚したんだよ。僕は絶対に君以外の子を選ばない、選ぶはずがない。だって、僕はもう君の物なんだから」
大人の美しい微笑みを見せるルロは心の底から妻のソリーを愛する最高の人間の姿。
吸血鬼でも関係ない。
好きになった相手がどんな生き物でも、自分を求め愛してくれる限り、永遠にそばに居続ける。
それがルロの愛の本気。
本気でソリーを愛する人間。
自分の血を吸い喜ぶソリーのためなら、ルロはどんなことだってやってしまうだろう。
誰にも止められない形であっても、愛するソリーのためなら何も迷わない。
「愛」とは色々な意味で恐ろしい。
特にソリーとルロはお互いを愛しすぎて恐ろしいことを頭に浮かばせるほど手を伸ばしても、もう時は遅く絶望が待ち構えている。
二人はその世界に入り込んでしまっている。
人間と吸血鬼がここまでお互いを本気で愛し合い、全てを消せる力をも手に入れてしまいそうなくらいに危険な場所に立っている。
それでも、二人が幸せなら誰も止めはしないだろう。
なぜなら、このお城で暮らす人間が四兄妹の一人と結婚し幸せになったのは今までルロだけだった。
現在はどうなのか。
「ソリー、ごめんね」
「どうして、あんたが謝るのよ? 私も色々とひどいこと言ったんだからお互い様でしょ」
「そんなことないよ。ソリーが言ったことは僕、結構嬉しいよ。ソリーが僕のことをそんなふうに愛してくれていたことが嬉しくてよだれが垂れてしまうところだったよ」
変な意味で興奮して本当によだれを垂らしてシーツが染みていく姿を、ソリーが自然と体を震わせて一旦距離を取る。
「ひっ、それは汚いからやめて。分かったから、私もルロが言うことは全部嬉しい。全部私のためでルロのためになる。ふふふっ、私たち、本当に仲が良いわね」
「そうだね。そうじゃないとおかしいよ。僕たちは夫婦なんだから、仲が良くて当たり前。もっと自信を持って二人でこれからも幸せに生きていこう!」
「ふふっ、そうね。あんたの言うとおりだわ」
二人だけの世界で一番の幸せな空間。
誰にも邪魔できない「夫婦」だからこその強い愛の絆を持っている。
この絆は誰にも止められない。
ルロとソリーだけの黒い幸せが今、動き出す。
一ヶ月後。
「ソリー、こっちだよ! 早くおいで」
「ちょっと待って! あんた男なんだから、女の私の体力くらい理解しなさいよ。はあっ、はっ、気持ち悪い」
ルロとソリーがお互いを愛していることを改めて確認して一ヶ月が経った今、二人は真夜中のお城の中を走って遊んでいる。
この歳で走り回るなんてどうかしているけど、ルロの誘いなんて私は絶対に断れない。
それに、日頃あまり動いていないから、たまにはこうやって足を動かすことも大事。
「私はルロが笑ってくれるなら何も怖がったりしない」
今までの私だったらあのお兄様たちを毎日毎日無駄な涙を流して怖がっていたけど、今は違う。
今は、これからはルロがいてくれる。
そう考えたら何も怖がったりしない。
私と一緒に生きてくれるルロがいてくれるだけで、私は。
手を伸ばしたらいつもソリーはルロの手を握れる。
それが普通だと思っていた、が。
「はあ、面倒だな」
その一言で、ソリーは一瞬で体中が震え上がって瞳も激しく震えていて足に力が抜けてしゃがみ込んでしまった。
「は、ああっ、はあっ」
この声、何年ぶり?
久しぶりすぎて胸のドキドキが抑えられなくてどんどん怖くなっていく。
どうして?
「ソリー!」
突然しゃがみ込んだソリーを心配するルロがすぐに走ってそばに寄り添うが、ソリーの体の震えは止まることはなく、さらに悪化していくだけだった。
「は、ああっ、はっ」
息が、まともにできない。
ちゃんと深呼吸をしているのに、体が言うことを聞いてくれない。
どうしよう、このままあの吸血鬼が来るまでここで待っていたら、私はまたあの苦しい一年を過ごすことになる。
「はっ、あああっ」
「ソリー」
何度呼びかけても返事をしてくれない、いや、ルロの声が聞こえていないソリー。
それはあの吸血鬼から受けた苦しみをもう一度味わうことを心の底から恐れているからであった。
すると。
「ソリー、お前は本当に面倒な吸血鬼だな。僕よりも先に幸せになるなんて、そんなこと、僕は一度も許した覚えはないけど?」
そう言って、怪しげな微笑みをしながら堂々と腕を組みながら現れたのは四兄妹の三男、セスだ。
「セス、お兄様、私はもうあなたの道具じゃない。私に構わないで!」
まだまだ怖がっているのか、ソリーはセスと目を合わせるのが無理なようだ。
けれど。
「あなた、誰ですか? 僕の愛する妻を傷つけたこと、絶対に許しません」
この吸血鬼、見たことがない。
ソリーが「お兄様」って言ったから、きっと四兄妹の多分、三男のセス様だ。
きっと、そうに違いない。
でも、今更僕たちに、ソリーに会いに来るなんて、一体何を考えているのかな?
少しずつ何か悪いことを考え出すルロ。
その考えは決して間違いではない。
なぜなら。
「セス、そこで何をしているの?」
そう、セスと契約を結びセスを好きになりたいという希望を胸に抱くナイが現れたことでルロの考えは全て変えられる。
「ナイ、ダメだよ。ここにいたら、君は消されて」
「は? こいつは僕と契約を結んでいる大事な人間、お前みたいなゴミがその名を簡単に口にするな」
そう強くナイの存在を一番大事にするセスがナイをそっと抱きしめている姿を見たルロとソリーは。
「・・・あっ」
嘘、セスお兄様も人間と契約を結んでいたなんて・・・だったら、尚更私のことなんてどうでもいいはずなのに、どうして。
「そんな」
ナイがセス様と契約を結んでいた人間。
じゃあ、ナイは僕の姉になるんだ・・・。
初めて知った事実、衝撃。
それは突然起こること。
誰がどんな予想や想像をしても辿り着けない。
事実なんていうものは誰も考えられない形で巻き起こるような最強な魔法。
現実では難しいけれど、「魔法」という言葉は誰にだって使えてしまうような簡単そうな物。
そして、セスの怒りは止まることはなく。
「はっ、お前たちには消えてもらう、ううん、消えてもらうのは今じゃない。ソリーなら分かる?」
ゆっくりとソリーに近づいてルロをバタッと足で蹴って退かしたセスは不気味な笑みを浮かべながらソリーの肩を両手でバッと限界まで力を込めて掴んだら。
「う、あああっ! やめてください、やめてください、セスお兄様!」
必死に首を横に振って大粒の涙を流しながら拒むソリー。
だけど。
「やめない。お前が消えるまで僕はお前を苦しめる。お前だけ幸せになって、僕がどれだけお前を憎んでいるか、お前は知らなかっただろうな!」
セスの怒りは本気で嘘ではない。
その様子をずっと理解できずにぼーっと見ていたナイが少しずつセスに近づいてこう言った。
「セス、やめなさい。あなたには私がいるでしょ」
その言葉を聞いたセスは冷静になってソリーから距離を置いてナイに寄り添う。
「そうだな。僕にはお前がいる。でも、あいつらの幸せが僕は嫌いなんだ」
「そう、じゃあ、こうしましょ。私も手伝ってあげるわ」
「何を?」
「ふふっ、私とあなたの幸せのための正しい場所へよ!」

