夏休みになるとあの子はかならず僕のもとに来る。夏には似合わない涼しい風とともに。

 僕が寝ている部屋の窓からこっそりと入ってくる。風鈴がチリンとあの子が来たことを告げる。

 そして僕は目を覚ます。目を開けるとそこには毎年のように麦わら帽子のあの子がいた。ひまわりを必ず帽子に差して。

 君が来ると、僕は夏が始まったと初めて知る。

 夜の夏の街を僕らは窓からこっそりと出て探検する。

 空には夏の大三角。道端にはコオロギやキリギリス、バッタの声。夏のジメジメした風。暗闇のひまわり。すべてが映画のセットのようだ。

 ここは映画の中なのかと思えるくらい綺麗で完璧な世界。そして夏にしか会えない君。

 僕らはいつもとは違う、夏のときだけの特別な世界を冒険する。

 夏は毎日あの子が来る。南風に乗って。

 あの子はなにものなんだろう。夏の夜にふらっと現れ、そしてサヨナラもなしにどこかえと帰っていく。あの子はしゃべらない。ただ、僕の隣りにいて手を引っ張っていくだけ。たまにニッコリと笑いかけてくれる。それだけ。

 何回か聞いてみようとするけど、本当のことを聞いてしまったらいなくなってしまいそうな気がした。

 そして冒険が終わって僕の家に帰ってくると、あの子はいつもどこかへと帰っていく。

 いつまで僕のところに来てくれるかな。

 大人になったら忘れてたりしないかな。

 この冒険は色褪せてしまうのかな。

 夏休みにしか会えないあの子。今日もまた待ち続けていようかな。あの子が入ってこれるように窓を開けたままにして、夏の暑さを肌で感じながら。映画のように思えるこの世界も全部現実なんだと暑さが教えてくれるように。

 風鈴がチリンと鳴って麦わら帽子のあの子がやってきた。