解くほどの荷物もなく、私室と決めた部屋に荷物を置くと、セリオンは神殿を見て回った。
 こんな田舎にしては大きいほうだ。拝殿には珍しくステンドグラスがあり、日が差し込んで幻想的だ。
 祭壇には人間の三倍ほどの大きさの女神アーリスの彫像がある。見事だが、ホコリを被っている。村人の手入れがここまでは行き届かないのだろう。
 セリオンは周りを見渡し、人がいないのを確認して、ひょいと腕を振った。
 風が吹き、女神像のホコリを払って過ぎ去った。
 彼は風の魔法が使える。が、それは秘密にしていた。
 幼い頃、彼の力を知った父は、すぐにセリオンに力を秘密にするように言った。知られるとその力を利用しようと有象無象が現れるからだ。
「やっぱこれだけじゃ払いきれないな」
 はしごを使って磨くか。幸い、時間はたっぷりある。
 セリオンはため息をついた。



 翌日は朝から村人が押し寄せ、セリオンはその対応に追われた。
 神官様、今年生まれたこの子に祝福を。
 神官様、ばあさまの冥福を祈ってやって下さい。
 神官様、とれたての野菜をどうぞ。
 神官様、神官様。
 ひっきりなしに訪れる村人にてんてこ舞いで、女神像を磨く暇などなかった。



 さらに驚かされたのは夕方だった。
「おい、来てくれ!」
 響き渡るレナシェルの大声に、セリオンは自室を出て行く。
「キッチンの外にいる」
 レナシェルの声にキッチンから外に出ると、そこにはレナシェルと見知らぬ少年少女がいた。少年は10歳くらいだろうか。少女はそれより幼く、少年の手をしっかりと握っている。
 地面には大きな男鹿が横たわっている。
「狩ってきた。これで当分の食料に困らないだろ。これも宿代ってことにしといてやる」
「そうですね」
 セリオンは唖然としながら答えた。一人でこんな大きな獲物を仕留めるなんて。
「お兄ちゃん、私、神官様、初めて見た」
 少女が少年に言う。
「俺も」
 セリオンの顔に笑みが浮かんだ。こそこそ話す様子がなんとも言えずかわいらしい。