「俺が勝ったら姉ちゃんと一晩過ごせるんだろ?」
「今日はもう終わりだ。飲みすぎないことにしてるんでね」
「樽を一つ空にして言うことかよ」
 男があきれて言う。
「彼女はもうすでにそれだけ飲んでいるなら、不公平な勝負になるのでは?」
 思わずセリオンが口をはさむ。
「それもそうだ」
 隣の村人が同意する。
「だけどなあ」
「イチから勝負したら勝てないからか? ズルいだろ」
 ほかの村人がツッコミ、男は、違う! と言いながらすごすごと立ち去った。



 夜は深まり、集会所からは一人二人と人が去っていった。
 そろそろ、と場を辞したセリオンは、神殿の敷地の片隅で月を見上げるレナシェルを見つけた。
 壊れた壁の上に片膝を立てて座る姿は、軍神ガレスに仕えるという戦乙女のようだった。
 セリオンに気がつくと、レナシェルはニッと笑った。
「さっきのは一応、礼を言うべきかな?」
 レナシェルが口の端に笑みを浮かべている。
「お礼をもらうためにやったことではないですが……やはり言っていただけると嬉しいですね」
「ならばいっておく。ありがとう。私はあまり飲まないことにしてるんだ。剣の手元が狂うと困る」
「命がけの仕事ですもんね」
 あれだけ飲んでおいて、と思いながらセリオンが頷くと、レナシェルは苦笑した。
「困るのは私じゃなくて敵だ。手加減できなくて殺しちまう」
「恐ろしいことをおっしゃる」
「猫かぶり神官に言われたくねーな」
 がはは、と豪快に笑ってレナシェルは壁から飛び降りる。セリオンの肩に腕をのせた。。
「……案外、背が高いな、お前。ふだんからいいもん食ってんだろ」
「生まれつきです」
 セリオンは肩から腕をどかして言った。
「お前、野盗が捕まってもあまり喜んでないな」
 レナシェルが言い、セリオンは首を傾けた。
「わかります?」
「わかるさ」
 言われてセリオンはため息をつく。