青井拓斗は、太宰をよく読むという。こまちは少しでも彼に近づきたくて、太宰の著作をかたはしから読んでいた。目標は青井と太宰トークをすることだ。今日のセレクトは明るめの作品。『正義と微笑』。
 こまちは青井の本当の笑顔を見たことがない。
 彼の浮かべる笑顔はいつも仮面じみていて、いつも完璧だった。完璧すぎるから、逆に不自然に思われた。内側に隠しておきたい本心があるとして、それをかたくなに表に出さないひと、というのがこまちの抱いた心証だった。
 むしろ、オリエンテーションのときの青井だけが本物の彼なのではないだろうか。あのとき以来、こまちは青井の本当の姿を見ていない気さえした。彼は演じている。ずっと演じ続けている。
 こまちは、青井の本当の顔を見たいのだ。

 文庫の中ほどまでを読んだところで、メッセの配信しているニュース、「Mニュース」からの通知が来た。
 いつもの癖でチェックすると、「N市、十七歳女子高校生ピアニスト、行方不明から二年」という見出しが躍っていた。二年前の八月二十九日。当時十七歳の女子高校生が行方不明となった。彼女は界隈で有名な天才ピアニストだった――こまちも覚えている。同じ歳の女の子がいなくなったことで、両親も佑もやや緊張ぎみだった。佑などは自分の管轄内でそんな事件が起こったことにいきり立って、「絶対見つける」などと連呼していた。しかし、
「……捜索の甲斐なく、行方は依然として不明のまま。警察は当時の少女の足取りを追っている……」
 こまちはニュースを閉じて、閉じた文庫本をみやり、そろそろ家に帰ろうかな、などと考え――ようやく、目の前に立っている少女に気づいた。
「あれっ」
「こんにちは」と彼女はいった。「ここ、座ってもいいですか」
いつからいたのだろう。彼女は明るい茶色の長い髪を背中まで伸ばし、白いワンピースを着ていた。
「え、ええ、かまいませんよ、私そろそろ帰って――」
「よいしょ」
 何も聞かないで少女は腰を下ろした。そして、こまちの顔をじっと見た。
「……なにか?」
「お姉さん、大学生ですか?」
 まじまじと顔を見つめ返したときに、妙な既視感があった。どこかで会ったことがあるような気がしたのだ。でも、どこだったかまでは思い出せない。
「大学生ですけど……」
「そっか」
 彼女は少し寂しそうな顔をして、それから、こまちに尋ねた。
「お姉さん、ちゃんと、私のことが視えているんですね?」
 上目遣いな彼女の顔に見とれていたこまちは、はっと我に返った。つまりそういうことだ。彼女はこまちにしか視えていない。
「よかった。やっと会話できる人に出会えて嬉しいです」
「あなた、どこかで見た」こまちは言った。「見たことがある」
 少女はそれを聞いてまた寂しそうに笑った。本当に寂しそうだった。
「うん、……今日でちょうど二年だって」
 ばちばち、と頭のなかでパズルが嵌まっていく。こまちは膝の上で拳を握った。
「わかった、あなた――」




「私の名前は小早川美春。もう死んでいます(・・・・・・)