「夏芽、今暇? 一緒におやつ食べようよ!」
 「ごめん、新しい教材取りに来るよう先生に言われてるの」
 「そっかぁ、夏芽クラス委員だもんね。手伝おうか?」
 「ううん、厚さそんなにない教材だから大丈夫だよ。終わったら私も混ぜてね」
 「オッケー!」
 友達の四葉に見送られて廊下に出ると、お昼休みだからか、大勢の生徒で賑わっていた。桜はもうとっくに散っていて、緑の葉だけが桜の木を独占していた。
 高校でも、私は友だちがたくさんできた。相変わらず告白されることもあったけど、私はすべて断ってきた。告白されるなら彼がいいから。まぁ、告白してきた男子の中に本物の彼がいたらショックだけど。
 高校は中学と違って校則が緩かったため、私は薄化粧をするようになった。昔はできなかったみたいだけど。あの日見つけた台本と一緒に入れられてたお化粧道具。私は、お母さんが生前使っていたお化粧道具をもらったのだ。
 私は色んなものをお母さんから引き継いだのだった。

 「はぁ~、重かった。先生の嘘つき。全然薄くないよ」
 「大丈夫? 配るの手伝うよ」
 「ありがとう」
 四葉は優しいなぁ。我ながらいい友だちを見つけたものだ。私も全然薄くなかった教材を配り始めた。お昼休みだから、席に座っている人が少ない。そういう人ぼ机には列の人数分の教材を置いた。
 そして珍しく、席に座っている人がいた。その生徒は本を熱心に読んでいた。
 「これ、後ろに配ってくれない?」
 すると彼は本を閉じて後ろの席へと配り始めた。私はその本の表紙に驚いた。
 それは、私の作品だった。今まで自分の作品を実際に読んでいる人を私は見たことがなかった。正直嬉しくなった。
 「あの、どうしましたか?」
 「あっ」
 後ろに配り終えた彼は、呆然と立ち尽くしている私を不思議そうに見つめていた。どうやら自分が思っていたよりも長く考え込んでいたようだった。
 「ごめんなさい」
 私は足早にその場を後にした。川端二葉(かわばたふたば)。それが私の本を読んでいた人の名前だった。

 それから、無意識に彼の動向を目で追うようになった。私の本は、買わなくてもサイトでいつでも閲覧することができる。だからわざわざ紙の本を買わなくても、私の本は読める。書籍化すると多少の加筆はあるけれど。
 だけど、彼は紙の本を買ってまで私の物語を読んでいた。そんな彼を少し観察してみたくなったのだ。見た感じぼっちではなさそうだった。ちゃんと友だちとそれなりに話してて、授業も真面目に受けている普通の男子高生。
 でも……。通りすがりに彼が本を読んでいる様子を私は盗み見した。1ページ1ページを丁寧にめくっていて、優しそうな目で文字を眺めていた。まるで生まれたばかりの可愛い赤ちゃんを眺めているかのようだった。
 この人が康成くんだったらなと、そう思わずにはいられなかった。