黒板消しクリーナーの音が誰もいない教室中に響いた。またクラスの女の子に仕事を頼まれたのだ。
私のクラスの担任の先生は筆圧が濃いから消すのに時間がかかってしまう。一度消しただけでは何が書いてあるかわかるくらいに文字の跡が残ってしまうのだ。
消して粉もきれいに処理すると、1日の疲れがどっときた。まるで幽霊に取り憑かれているかのように。ふと窓を見上げると、日が短い季節だからか、放課後になって間もないこの時間帯でも太陽は沈み始め、空全体をオレンジ色に染めていた。
その空はオレンジジュースみたいだった。私は教室の床に落ちていたストローを拾って、空のオレンジジュースを飲むようにそれを上にかざした。
今日は私の誕生日だった。もうすぐそこまで冬が迫っている肌寒い季節。
私はこの季節が好き。読書の秋と呼ばれるこの季節は学校の図書館でいつもより多くの本を借りられるし、食べ物は美味しいし、涼しい。そして何より私の誕生日があるから。だけど私には友だちがいないから、誰も私の誕生日を祝ってくれない。それどころか、こうしてまた黒板消しという仕事を任されてしまった。
だからせめて、空には祝ってほしかった。ストローからオレンジジュースが出てきてほしかった。だけどここは物語の世界じゃない。現実はそんなに甘くない。
拾ったストローをゴミ箱に捨てると、私は閉ざされた教室の戸を開け、帰路へついた。
「夏芽、お誕生日おめでとう!」
いた。私の誕生日を祝ってくれる人が。空に祝ってもらわなくてもいい。私にはお父さんがいる。
「これ、プレゼントだよ」
渡されたのは青い箱とリボンの小さい物体だった。見たところ本ではなさそうだった。お父さんは誕生日によく本を買ったくれた。それも1冊や2冊じゃなくて、何十冊単位で本をくれた。
だから、箱に包まれて誕生日プレゼントを受け取るのは随分久しぶりのことだった。
「ありがとう、お父さん」
「開けてみてごらん」
「うん」
リボンを丁寧に解いて箱を開けると、そこには白藍色の小さくて四角い形をした物体があった。だけどどこかでみたような……。
「黒いところ押してみて」
お父さんの言われた通りに押してみると、急に黒い部分が光に変わった。そこには日付と時刻が表示されていた。
「これってもしかして、スマホ?」
「うん、そうだよ」
色んなことを調べられて、世界中の人といつでもどこでも繋がることができる、そんな魔法のアイテムを私は手に入れた。それにスマホには電子書籍がある。紙の本以上にその数はきっと膨大だ。
「素敵な物語に巡り合えるといいね」
「うん、もっと色んな小説を読むよ」
「そういうことじゃないんだけど……」
「うん?」
「ううん、何でもないよ。それより美味しい料理作ったから、楽しみにしててね」
「スイーツも充実してる?」
「もちろん」
「やった~」
お父さんが何を言おうとしていたのかが少し気になったけど、そんなことは美味しい料理の味が魔法のようにすべて消してしまった。だけど、私はいつか知ることになる。お父さんが言おうとしていたことを。そしてそれは、今日もらったプレゼントがきっかけになることを。この時の私は知る由もなかった。
私のクラスの担任の先生は筆圧が濃いから消すのに時間がかかってしまう。一度消しただけでは何が書いてあるかわかるくらいに文字の跡が残ってしまうのだ。
消して粉もきれいに処理すると、1日の疲れがどっときた。まるで幽霊に取り憑かれているかのように。ふと窓を見上げると、日が短い季節だからか、放課後になって間もないこの時間帯でも太陽は沈み始め、空全体をオレンジ色に染めていた。
その空はオレンジジュースみたいだった。私は教室の床に落ちていたストローを拾って、空のオレンジジュースを飲むようにそれを上にかざした。
今日は私の誕生日だった。もうすぐそこまで冬が迫っている肌寒い季節。
私はこの季節が好き。読書の秋と呼ばれるこの季節は学校の図書館でいつもより多くの本を借りられるし、食べ物は美味しいし、涼しい。そして何より私の誕生日があるから。だけど私には友だちがいないから、誰も私の誕生日を祝ってくれない。それどころか、こうしてまた黒板消しという仕事を任されてしまった。
だからせめて、空には祝ってほしかった。ストローからオレンジジュースが出てきてほしかった。だけどここは物語の世界じゃない。現実はそんなに甘くない。
拾ったストローをゴミ箱に捨てると、私は閉ざされた教室の戸を開け、帰路へついた。
「夏芽、お誕生日おめでとう!」
いた。私の誕生日を祝ってくれる人が。空に祝ってもらわなくてもいい。私にはお父さんがいる。
「これ、プレゼントだよ」
渡されたのは青い箱とリボンの小さい物体だった。見たところ本ではなさそうだった。お父さんは誕生日によく本を買ったくれた。それも1冊や2冊じゃなくて、何十冊単位で本をくれた。
だから、箱に包まれて誕生日プレゼントを受け取るのは随分久しぶりのことだった。
「ありがとう、お父さん」
「開けてみてごらん」
「うん」
リボンを丁寧に解いて箱を開けると、そこには白藍色の小さくて四角い形をした物体があった。だけどどこかでみたような……。
「黒いところ押してみて」
お父さんの言われた通りに押してみると、急に黒い部分が光に変わった。そこには日付と時刻が表示されていた。
「これってもしかして、スマホ?」
「うん、そうだよ」
色んなことを調べられて、世界中の人といつでもどこでも繋がることができる、そんな魔法のアイテムを私は手に入れた。それにスマホには電子書籍がある。紙の本以上にその数はきっと膨大だ。
「素敵な物語に巡り合えるといいね」
「うん、もっと色んな小説を読むよ」
「そういうことじゃないんだけど……」
「うん?」
「ううん、何でもないよ。それより美味しい料理作ったから、楽しみにしててね」
「スイーツも充実してる?」
「もちろん」
「やった~」
お父さんが何を言おうとしていたのかが少し気になったけど、そんなことは美味しい料理の味が魔法のようにすべて消してしまった。だけど、私はいつか知ることになる。お父さんが言おうとしていたことを。そしてそれは、今日もらったプレゼントがきっかけになることを。この時の私は知る由もなかった。