「夏芽、このプリント配っておいて」
 「夏芽、次花に水やってきて」
 「夏芽、掃除頼むわ」
 私はクラスの特に女の子たちから厄介事を頼まれることが多かった。要するに私はいじめられている。
 髪の色素が薄くて青っぽい色をした私はどうしたって目立ってしまうし、その日本人離れした容姿から男の子に告白されることもあった。まだ小学4年生なのに。
 きっとそんな私が女の子たちにとっては気に食わなかったんだと思う。
 本ばかり読んでいる陰キャラが容姿が少し良いくらいで男の子から優しくされるのだから。
 シンデレラもこんな気持ちだったのかな。お母さんを失って、継母たちにこき使われるシンデレラを想像した。でも私がもしシンデレラと重なるなら、いつか王子様が現れるんだよね。そう思えたら、私は今の境遇にだって耐えられる気がした。
 掃除を終える頃に、オレンジ色に染まった空が窓越しに私を見つめていた。

 「ただいま」
 おかえり、と声が聞こえた。男の人の声。その声の主の足跡が私のいる玄関へと近づいてくる。
 そして現れたのはいつもそばにいてくれる人。
 「今日も学校頑張ったんだね。待ってて、今おやつ用意するから」
 私のパパはそう言うと、キッチンへ向かった。   
 「あっ、ママに挨拶してきてもいい?」
 「うん、いいよ」
 パパは一度私に振り返ってそう言った。
 私はそのままこの家に一部屋しかない和室へと向かった。襖を開けるとまるで異世界が広がっているようにその部屋だけ空気が違っていた。畳を踏みながら奥へと進むと、屈託のない笑顔をしたまだ若い女の人が写真の向こう側にいた。
 「ママ」
 いつもそばにいてくれた人。手をぎゅっと握って温もりをくれた人。眠れない夜はいつも夢の中へ連れて行ってくれた人。一緒にいた年月は短かったけどママからはたくさんのものを受け取った。
 ママは私が5歳の時にこの世界からいなくなってしまった。それはあまりにも突然のことで、その時の私はただただ涙を流すことしかできなかった。
 ママがいなくなったその日から、私は幼稚園に行けなくなり、家で引きこもるようになった。それまで自分でも思うほどに明るかった性格は過去のものになった。
 家に引きこもっていた時はひたすらに本を読んでいた。ママがいなくなった現実から目を背けるように。私の一番の友だちは同じ年の女の子じゃなくて、物語の中でしか生きられない女の子だった。
 でもそれでよかった。だって、本を読みさえすれば友だちはいつでも私と遊んでくれるのだから。