蝉のオーケストラに、ゆらめく陽炎。ここは真夏の河川敷。
気象庁から注意報が発令されるほどの炎天下。それを杏子さんはものともせず。まるでオモチャの兵隊のように元気に行進している。
僕はと言うと……両手で顔を覆って俯きながら、彼女の3歩後ろ。スペースを保ちながら進む。
「おっ、エモい枝みっけ」
杏子さんが長さ30cmほどの枝を拾った。
その枝先を太陽に向けかと思うと、今度は目を瞑りブツブツと呪文を唱えはじめた。
「アブラ・カラメ・マシマシ……」
そして迫真の表情を以てして目を見開くと、僕に向かって渾身の魔法を放った。
「イケメンになぁーれ!」
…………どうやら不発のようだ。
「ふぅ〜。アイジンさんさー、さっきからずっと顔隠してるよね。なんで?」
恥ずかしいからだ。
盛大に勘違いした自分が……ただただ恥ずかしいッ!
『付き合ってよ』
この部分だけを耳が拾ってしまった結果、僕は愛の告白を受けたと勘違いした。
物思いに耽っていたせいだろう。その上、杏子さんには恋人がいるんだろうな……などと邪な思考が混ざりあった末の悲劇である。
結局のところ、杏子さんが言ったのは──
『ちょっと行きたいとこあるから、付き合ってよ』
──それだけのことだった。
恥ずかしい。それは間違いない。
同時に、どこかガッカリしている自分がいることに、僕は驚いていて混乱しているのかもしれない。
「もう見えてきたよ。ほら、アイジンさん」
杏子さんが僕の制服を引っ張って催促する。
顔を上げろ。ということだろう。僕はようやく両手の覆いを解き、杏子さんが指差している方角を見た。
「橋……ですか?」
「惜しい。その下ね。橋の下。サゲてけ、サゲてけー♪」