夏休み前、最後の補習を終え、校内は浮ついた雰囲気に包まれている。
 あちらこちらで、遊びの予定やら夏期講習への恨み節など様々に盛り上がっていた。

 僕はと言うと、例の一件で迷惑をかけた女性教師の面談を受けている。
 生徒指導も担当する彼女は、転校生の僕が新しい環境に適応できているかなど、何かと親切に話を聞いてくれているのだ。

「3ヶ月になるかしら。我が校のカラーにも馴染んできましたね」

 分厚いメガネが鈍く光る。さながら日本刀のようだ。
 こうして相対すると、毎度冷や汗が背中を伝う。
 
「ええ、まぁ。転校は慣れてますから」
「あなたに関しては、心無い“噂”がありましたが。もう誹謗中傷は無くなりましたか?」
 

 *
 
 
 ──辻堂愛人は人を殺したことがある──

 そう噂がたったのは、転校してから僅か3日後の事だった。
 当初こそ校内の話題をさらったものの、張本人が薄いリアクションに終始していたため、この噂は月を跨ぐ頃にはすっかり立ち消えていた。

 ただ……

 これはある意味では事実だ。
 僕はかつて、人を死なせてしまったことがある。
 
 11歳の頃、世界規模で流行した感染症によって、大好きだった幼馴染の女の子が亡くなった。
 ──僕のせいで。

 
 *
 

「ありがとうございました」

 面談を終え、退出しようとした僕を先生が呼び止める。

「あぁ、辻堂くん。あなた、あのじゃじゃ馬……尾萩さんの彼氏なんでしょ?ちゃんと手綱は握っておいてね」
「え!?いやいや……誰がそんな……」
「あらあら。また噂がたってしまったのかしら。夏休みが楽しみね」
「し、失礼します……!」

 逃げるように退出し、ため息をつく。
 尾萩杏子。僕があの人の彼氏だなんて……。
 一瞬だけ脳裏に浮かんだイメージを、僕は必死にかき消した。それが形になってしまう前に。
 青春も、恋愛も。僕には許されないことだから。
 ”あの子“はもう青春など味わえないのに……僕だけがなんて、絶対にダメだ。

 知った上で。甘んじて受け入れている。そのはずなのに。
 あの人に……杏子さんに出会ってからというもの。
 ──僕はどこかが。なにかがおかしい。