SNS界隈で少しばかり話題になっている画像がある。
『空飛ぶ自転車』
 花火大会の日に複数の人が写真に収めたのだが。いずれも解像度が低く、捏造だのAIだのと議論の的になっているとか、いないとか。

 僕らはあの日、空を飛んだ。
 ──と。主観ではそう感じたが、実際は落ちていただけだ。カッコつけて。

 結局、僕らはゴールまで辿り着けなかった。
 着地の際にブンブン丸は大破。レースの継続は不可能だった。
 ただ、僕らは幸いにも無傷で済んだ。ブンブン丸が身を挺して守ってくれたのだろう。本当に大したヤツだ。

 *

 真夏のピークが過ぎ、学校が始まるまであと1週間たらず。
 僕はひとり、この橋の下に来ている。
 期待していたのだ。
 彼女が……杏子さんがここにいるのではないかと。

 あの日から、僕と杏子さんは一度も会っていない。
 恋人ごっこはもう終わったのだから。当然といえば当然なのかもしれないけれど。

 僕は腰を下ろし、バッグから一冊の本を出す。
 古典の教科書だ。

「比翼の鳥……これだ」

 任意のページを開き、僕は教科書を顔に被せて仰向けに寝そべった。
 手を祈るようにして胸の位置に置くとしっくりくる。

 ……静かだ。
 そういえば、彼女はやかましい子だったな。

「アゲてけ、アゲてけー♪」

 ──え?

 ややかすれたメゾソプラノ。
 僕は飛び起きた。
 …………誰もいない。

「夏は私が盗んじゃったね」

 僕は声の方に目を向けた。
 水晶玉のような瞳が……杏子さんが、僕を見つめている。

「返すつもりはありません」

 ──秋はまだまだ、先のようだ。