「杏子さん」
「うん。行こう!」
僕はブンブン丸の心臓から伸びるスターターロープを思い切り引っ張った。
けたたましいモーター音。
後ろに乗る杏子さんが、僕にしがみついた。
*
リミットが迫る。
打ち上げ花火のプログラムが全て終わるまでにゴールしないと。
ブンブン丸のペダルが異常に重い。
けれど一漕ぎで凄まじい前進力だ。まるで火の玉のようなブンブン丸が、大通りを突っ切ってゆく。
「杏子さん、大丈夫?」
「アゲてけ、アゲてけー♪」
元気そのものだ。左折し、国道に出る。急カーブだ。
急停車した電車の如き金切り音が響く。なにかのアニメで見たような、華麗な横滑りをキメて、僕らは最後の直線と向かい合った。
『くもり橋』だ。
「あ……嘘だろ……」
開きはじめていたのだ。
可動橋であることを僕は今まで忘れていた。
つまり、パカっと2つに分かれるタイプの橋である。
「おあつらえ向き。そうでしょ?」
「杏子さん?」
「忘れちゃったの?ブンブン丸は……」
──空飛ぶ自転車なんだよ
「ね、だから大丈夫。飛ぼう!」
「……わかった。翼を展開するタイミングは任せたよ。杏子さん」
*
打ち上げ花火最後のプログラムが始まった。
僕らを追いかけるように打ち上がる花火。
スピードが上がる。傾斜などものともしない。
「比翼の鳥だね。愛人くん!」
そうだった。
杏子さんは、あの時もそう言っていた。
飛んでけ──
「「飛んでけぇぇぇぇッ────!」」
夜空に飛び出した。
刹那、ブンブン丸が翼を広げた────
*
杏子さんはこれがわかってやっていたのかな。
隠れて何かしていると思ったら。
ブンブン丸の翼に羽毛を貼りつけていたなんて。
まるで、本当に鳥になったみたいだ──