花火が打ち上がっている。
 レース開始の合図だ。

 僕にはもう……関係ないけれど。

 ……どうして僕は生きているんだろう。
 そうだ。贖罪のためだ。
 孤独に生きて、孤独に死ぬ。
 喜びなんていらない。青春も恋も知らなくていい。
 それが、ちっぽけな僕にできる。トラミちゃんへの唯一の贖罪だ。

 ──そう、思っていたのに。
 知った上で。受け入れていたはずなのに。
 どうして……どうしてこんなにも心が痛いんだ。涙が止まらないんだ。

 「杏子さん……」

 〜*〜*〜*〜*〜*〜

 ──気配を感じた。
 僕は顔を上げると、視線の先に人影が見えた。
 川の中から膝上を出して立っている、小さな女の子だ。
 両手に持った大きな向日葵の花で顔を隠している。

「トラミちゃん……」

 あれはトラミちゃんだ。間違いない。

「僕を笑いにきた。そうだよね?」

 トラミちゃんは何も答えない。

「何か言ってよ。トラミちゃん……僕は……」

 トラミちゃんが、右腕を横に広げた。
 ひとさし指を立て、水面を指さしている。

 その先で、キラリと何かが光った。
 あれは……

 僕は再びトラミちゃんに視線を戻した。
 ──しかし、そこにはもう、何の人影も無くなっていた。

 風が通り抜ける。
 少し湿った、生ぬるい風だった。

「トラミちゃん……」

 僕はトラミちゃんが指し示した場所へと、川に入り進む。
 身をかがめ、ソレを手に取った。

「これは……」

 あのパーツだ。
 金箔に覆われた、杏子さんが放り投げたスペアのパーツ。

 心臓が……音を立てている。
 少しずつ。少しずつリズムが早まる。

 ──── 走れ ────

 トラミちゃんの声がする。
 思い出した。イタズラをして逃げ出す時に、いつも彼女が発していた言葉だ。
 *
 *
 *
「走れ、走れー!」
「僕ひとりで?一緒に来てよ」
「私はこっち。愛人くんはあっち」
「それ僕を囮に……」
「いいから走れー!」
 *
 *
 *
 ──── 走れ ────

 打ち上げ花火の音が響く。 

 ──── 走れ ────

 涙が。大粒の涙が手のひらに乗ったパーツに降り注いでいく。

 ──── 走れ!────

 僕は顔を上げた。パーツを握りしめ
 ──走った。

 行き先はひとつだ。

 杏子さんのもとへ──