スマホのライトが照らした先には……無惨な姿のブンブン丸が横たわっていた。
 
「そんな……ひどい……」
「……あぁ…………」

 僕らはいま、あの橋の下にいる。
 佐藤くんのお父さんの車に乗せてもらい、ここまで送ってもらった。

 あの時、杏子さんの携帯に送られてきたのは、芦沢からのメッセージ。
 写真が添えられていたことで、そこが橋の下だとわかったのだ。

「すまんな。一旦、報告のために戻るよ。君らだけで大丈夫か?」
「はい……ありがとうございます……」

 杏子さんが横たわるブンブン丸を撫でている。
 見ていられない……
 タイヤはグチャグチャにされ、フレームは歪められている。とても走れる状態ではない。

「直そう。愛人くん。私たちで直そう」
「杏子さん……」
「できるよ。私たちで直してきたんだから。ね、愛人くん!」
「……わかった。やろう」

 僕らは修理に取り掛かった。
 幸い、必要な工具も資材もまだ残っている。
 レースまであと1時間30分。
 大丈夫だ。必ず走れるようにしてやる……!


 *


「よし……!これなら大丈夫だろう」

 時刻は18時40分。レース開始まであと20分。
 今からブンブン丸に乗っていけば十分間に合う。
 僕らはやったんだ。こんな妨害に負けなかったんだ。

 僕は杏子さんと視線を交わして健闘を讃えあった。
 
 さぁ、行こう!
 ✴︎
 ──ブンブン丸が動かない。前に、進まない……まさか……

 あのパーツ。
 僕はあのパーツが嵌め込まれた部位を確認した。
 ──欠けている。機能を十分に果たせていないのだ。
 これでは……後ろ向きにしか進めない……。

「愛人くん……」
「杏子さん……ごめん……ダメみたいだ……」

 僕はその場にへたり込んだ。
 力が入らない。頭が真っ白だ。

「……ねぇ、愛人くん」
「僕のせいだ」
「え?」
「僕のせいだ。僕が芹沢を追い払ったから……こんな形で……」
「違うよ。そうじゃない」
「僕のせいだ。全部……ぜんぶ僕のせいだ……」

 そうだ。全部の僕のせいだ。
 トラミちゃんが死んだのも。
 杏子さんを悲しませたのも。

 涙が……悲しいのでもないのに涙が溢れてきた。

「愛人くん……いいよ。もういいから」

 打ちひしがれる僕を、杏子さんは慰めてくれた。
 そんな彼女を、僕は冷たくあしらった。

「杏子さんは間違ってたよ。僕は誰とも関わらない方がよかったんだ。独りでいればよかったんだ!」
「違うよ。違う……」
「もう、僕に関わらないでくれ!もう……大好きな人が傷つくのを見たくないんだ……」

 大好きな人。
 あぁ。僕は杏子さんが大好きだったんだな。
 今頃になって正直な言葉が出てきた。笑ってしまう。

「だから言ったろ、アイト」

 暗がりから人が姿を現す。玲さんだ。

「遊びのつもりなら近づくなってな」
「玲ちゃん……」
「杏子。ソイツはもうダメだ。来い。いつまでもこんなとこにいちゃいけない」
「でも……」
「さっさと来い!」

 玲さんの覇気に気圧され、杏子さんは僕の方を振り返りつつ言うことに従う。

「こいつは、あたしが処分する。こんなもんいつまでも残してるからだ」

 玲さんがブンブン丸を押そうとするが、やはり動かない。

「はっ、後ろ向きにしか進まねぇってか。お前みたいだな、アイト」

 玲さんはブンブン丸を担ぎ上げた。
 そして僕に背を向けて言った。

「二度と顔を出すな。ジムにも、杏子の前にもだ。もしノコノコ出てきやがったら容赦しねえぞ」

 杏子さんが、それでも僕を気にかける。

「愛人くん……」
「いくぞ、杏子」
「あ……」

 僕はただ、膝を抱き、その場で息を殺して泣いていた。