雨が3日続いている。
スタンプラリーは残すところ2つ。いよいよこちらもゴールが見えてきた。
いま僕らは、カフェでチーズケーキを2つ注文し、テラス席でのんびりとティータイムだ。
今回のミッションは『同じ品を注文すること』という良心的なものだった。
「ねぇ、愛人くん。何かあった?」
杏子さんはチーズケーキをつつきながら、僕に問いかけた。
「なんで?」
「ここ何日か、よそよそしい気がする」
「そんなこと……ないよ」
「あるよ。私わかるもん。サゲてけ、サゲてけー」
「……終わった後のことを考えてるからじゃないかな」
「どういうこと?」
「恋人ごっこが終わった後。杏子さんとの向き合い方を無意識に探してるんだよ。きっと」
「私にとっての愛人くんは、私の知ってる愛人くん。だから変わらなくていーよ」
「……ダメだよ。それじゃ僕が辛い」
何かに気づいたように、杏子さんが切なそうな表情を浮かべた。
──何やってんだ僕は。
そんな顔をさせたかったんじゃないのに。
「ねぇ、愛人くん」
「ん……」
「じゃあさ、いっそのこと──」
──こういう時に限って、邪魔が入るものだ。
「あれぇ〜?杏子じゃね?」
軽薄そうな男の声がした。
声の方を見ると、背の高い金髪の少年がニヤけながら杏子さんを見ている。
おそらく高校生だろう。
その少年はなんの躊躇もなく、僕らの座るテーブルに割り込み、杏子さんの隣を陣取った。
「やっぱ、杏子じゃん。めっちゃ久しぶりじゃね?」
「あぁ……そうだね。久しぶり」
「学校戻ったんだろ?なんで連絡くれねーの。遊び誘ってんのにさー」
「芦沢くん、あのさ……」
「アッシーでいいって。つーか、これからカラオケいかね?2人だけで楽しもうよ」
僕は杏子さんの知り合いならばと黙っていたが、迷惑そうにしている杏子さんを見捨ててはおけなかった。
「やめてもらえませんか?話なら僕が聞きますから」
「は?んだ、テメー」
芦沢が後ろに目配りした。
すると、数人のガラの悪い少年たちがカラダを左右にブラブラさせながらやってきた。
前世はペンギンだろうか。
彼らは僕の後ろに立ち、それぞれが渾身のイキり顔で睨みつけている。
「陰キャが調子のんなよコラ。ブチ殺すぞ?」
「いいですよ。だから杏子さんから離れてください」
「はぁ〜?てめえは杏子の何なんだよ、陰キャ野郎がよ!」
僕は杏子さんの……。
杏子さんと目が合った。
僕は──
「相変わらず、エモい髪色してんな〜。たまんねぇ」
芦沢が杏子さんの頭を撫でている。
──僕の中で何かが切れた音がした。
*
「あれは中学の同級生でさ。しつこいんだ。辰樹がいなくなってから特にね」
「杏子さん、もう大丈夫。ありがとう」
「血が出てるし。トメてけ、トメてけー」
公園の東屋で雨宿りしながら、杏子さんは僕の額に濡れたハンカチを当ててくれている。
「でも嬉しいな。私のために戦ってくれて」
芦沢が杏子さんに触れたのを見て、僕はもう耐え切れなかった。
殴ってはいない。格闘技を習っている僕が力を振るったら、それは凶器と同じだから。
ちょっと転ばしてやっただけだ。合気道のように。
多勢に無勢だったから、数発殴られたけれど特にダメージはない。
「愛人くんは、ナイトくんに改名だね」
「……厳しいって」
ふたり同じタイミングで吹き出す。
杏子さんのギャグがあまりにつまらなかったからだ。
*
雨が強まってきた。
当分はこの東屋から出られそうもない。
「まだ傷を舐め合ってない」
「なんだよ、急に……」
「愛人くんは卑怯ってこと。私の秘密はいっぱい知ってるくせに」
「え……僕はそんなに」
「お泊まりの夜。起きてたでしょ?」
ギクっとした。
動揺を隠せない。
「愛人くんの傷の味。私に教えてね。すぐじゃなくていいから」
「……わかったよ。ちゃんと話す」
それは今ではない。
でもいつか、杏子さんにならいつか──
雨は止むことを知らないのか。
まるで僕らだけこの場所に閉じ込められているかのようだ。