「明日からちゃんと橋の下に来てよね〜。来ないと殺〜す。玲ちゃんが」
寝ぼけ眼で不穏な発言を残し、杏子さんは玲さんと電車を降りてゆく。
まだ寝足りないようで、立ったまま寝落ちした杏子さんを、玲さんが肩に背負って運んで行った。
その去り際、玲さんが挨拶がわりに片手を挙げた。僕は会釈で応える。
ここで降りてもよかった。
けれど僕は、もう少し電車に揺られていたい気分だったのだ。
きっと家に帰っても思い出してしまうだろうから。
杏子さんの秘密(かなしみ)を──
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「死んじゃったの。同じバスに乗ってたのに、私だけ無事だった」
意識を取り戻してから、彼の死を告げられたそうだ。
1年前の春のこと。
恋人と旅先の宿に向かっていた最中。バス事故で恋人は亡くなった。
その恋人は杏子さんの幼馴染で、玲さんの弟。
『鶴見辰樹』
素敵な人だったという。
嫉妬もたくさんしたらしい。
けれど、杏子さんにも辰樹さんにも、お互いに確信があったという。
ふたりは”そうなる“べくして生まれてきたのだと──
「Re-pairはね、辰樹と18歳までに参加しようって約束してたの。だから──」
ラストチャンス。杏子さんは留年したので、今年で18歳になるからだ。
そして、自転車のブンブン丸は、辰樹さんが祖父から譲られたもので、今の所有者は玲さんだという。
「私にとっては、ちゃんと受け入れるための儀式なんだと思う。辰樹はもういないんだって」
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僕の傷は杏子さんとは違う。
それでも僕は、杏子さんのために役に立ちたい。
電車の冷房が不快だ。
僕は固い車窓を押し上げて、ぬるい夜風に当たることを選んだ。