「998……999……1000……やったやったー!アゲてけ、アゲてけー!」
「ほとんど……僕が背負って登ったん……だけど……」
西園寺邸から宿へと帰還した僕らを待っていたのは、静かなる殺気を纏った玲さんだった。
話を通してあるかと思っていたが、杏子さんが適当こいていただけだったのだ。
無論、罰を受けた。
1000段の階段ダッシュである。僕だけでなく、杏子さんもだ。
とはいえ、杏子さんは300段ちょっとで音を上げたため、残りのほとんどは僕が彼女をおんぶして登り切った。
*
頂上でふたり。月を眺めながら、杏子さん自慢の“おはぎ”をつついている。
「杏子さん」
「なんですか、愛人さん」
「手伝うよ。自転車の修理。あと、その……」
「恋人ごっこ?」
「それ。それも……やる」
「ふぅん」
「なに?」
「ハグの効能かなーって」
「はっ!?」
「またしてあげよっか?ダイてけ、ダイてけー♪」
「それ……違う意味に聞こえるから、やめて!」
*
避暑地の夜は心地よい風が吹く。
月の光の下で佇んでいると、誰かに秘密を打ち明けたくなるものなのかもしれない。
「傷を舐め合いたい」
「また変なこと言ってる……」
杏子さんは月を見つめながらそう言った。
「そう思ったの。愛人くんを抱きしめた時。私は間違ってなかったなって」
「……どういうこと?」
「きっと愛人くんの傷は、私のと似たような味がするだろうって。ね、そう思わない?」
「意味がわからないよ」
「──大切な人を、亡くしたことがあるんでしょ?」
「えっ」
夜風に吹かれた森の木々がざわめく。
僕の秘密を暴いているかのようだ。
「比翼の鳥だよ、愛人くん」
「それって……古典の……」
「そう。私は比翼の鳥なの。けど、いまはカタワレ。空を飛べなくなっちゃった」