視界の霧が晴れてゆく。
 呼吸ができる。もう苦しくない。
 
 ……胸の辺りにじんわりとぬくもりを感じる。
 
 僕は視線を落とした。

「杏子……さん」

 杏子さんが、僕を抱きしめていた。
 胸に顔を埋めて。
 その身をもって、火を消そうとするかのように、包み込むかのように。

「よかった……死んじゃうかと思った」

 僕を見上げる、杏子さんの水晶玉のような瞳。やがて涙がこぼれ落ち、頬を伝ってゆく。

「……泣かないでよ。杏子さん」
愛人(あいと)くんだって……泣いてるじゃない」

 愛人(あいと)くん……か。
 やっぱり、杏子さんの声だったんだ。

 僕は杏子さんの小さな背中に手を添え、慈しむようにそのカラダをそっと抱きしめた。