「博物館みたいだね」
「ほんとに……」

 富豪とはすごいものだな。
 メイドさんの運転で連れてきてもらったこの建物は、西園寺邸の所有する山の中腹に位置し、その規模は小さなスーパーマーケットほどもある。
 所蔵されているのは全て、虎次郎さんのコレクションだ。
 趣味で集めた嗜好品もあれば、金に困った町の住人たちが、ガラクタ同然のものを売りにきたこともあったという。その全てを、まるで博物館の如く整然と並べているのだ。

「お役に立てそうな物は差し上げますので、どうぞ遠慮なく」
「本当にいいんですか?」
「おじいちゃんも言ってたよ。アゲてけ、アゲてけー♪って」
「お、おじいちゃん……」
「ふふっ。では、私は一旦失礼させていただきます」

 メイドさんは、龍次郎さんをひとり置いておけないため屋敷へ戻るという。
 帰りはまた迎えにきてくれるというのだから、恐縮してしまう。

「恋人同士。ふたり仲良く宝探ししてね」

 いいな〜。っと呟きながら、イタズラっぽい笑顔をたたえたメイドさんが小走りで出口へと向かっていった。

「……えいっ」
「へっ!?」

 硬直した。驚いて。
 杏子さんが僕の腕に組みついてきたのだ。

「恋人だってさ。どーする?」

 杏子さんが僕を見上げる。
 その水晶玉のような瞳は卑怯だ。動けなくなる。

「……こうします」
「うわわっ!」

 僕は玲さん直伝のディフェンスで、杏子さんの腕を引き剥がす。
 彼女は腕を上にあげたまま、その場で社交ダンスのようにクルリと一回転した。
 しかし勢いをつけすぎたためか、杏子さんはバランスを崩して、後ろに倒れそうになる。

 ──無意識に。僕は杏子さんの肩に手をあてて抱き寄せていた。

「あ……」
「ぁ……」

 どれくらいの時間、見つめあっただろうか。
 どちらともなく、体を離すと、たどたどしく杏子さんが声を出した。
 いつもの、ややかすれたメゾソプラノで。

「スケベ」
「な……あ、杏子さんのせいでしょ!」
「怖いよ……襲われちゃうよ……助けて……」

 わざとらしく肩を抱き、ぶるぶる震えだす杏子さん。
 あぁ、ナメてるなこいつ。

「来ないで……?」
「はい。帰ります」
「えっ!?」

 僕は整然と出口に向かって歩きだした。
 背後で奴隷商人(杏子さん)がなにやら喚いているが関係ない。僕は自由を手にするのだ。