「田淵くん、いるでしょう。あの子が私のクラスに来たの」

先輩は硬直してしまった僕にもたれかかる。
先輩のつむじから好きな匂いがする。まって、何この状況。自分でパニックになる。何が起きているかわからなくなってきて、

「え、田淵に会っちゃったんですか?」
とあの時みたいに話を聞いてるアピールをした。

マジでどういうことなの。付き合えちゃったの?
自問自答を繰り返す。先輩はお構い無しに続けた。

「田淵くん。部活の先輩に用事があったみたい。私にはついでに話しかけてくれたの」

先輩は、さっきから半年間の距離感を埋めるためにものすごいスピードで僕の体に触れてくる。

柔らかくて、繊細で僕から触れれば溶けてしまう。本当に先輩は綿飴なんじゃないかと思う。僕は石になるしかなかった。

「田淵くん、目聡いから、私が選択美術音楽じゃない事に気づいたの。『選択美術、書道っすよね。音楽室にノート、忘れる理由ないじゃないっすか。何が目的ですか?』って」

「え…。先輩、選択美術、音楽じゃないんですか?」

「うん。書道。4月頃、朔くんが、『選択美術、何がいいですか?先輩は何選びました?』って聞いてきたでしょ?
ベースとか弾く朔くん、かっこいいかなって思って『音楽』って言った。そしたら朔くん音楽にしてくれたから。後は、授業の様子チラ見しにいって、席覚えて、ノートを机に入れたら、準備は完了よ」

その発言から、ノートは最初から仕掛けられた罠だったと合点がいき、天を仰ぐ。コンクリートの橋の下はヒビがちょっと入っていた。

というか田淵が名探偵すぎる。いい奴すぎる。

「朔くんは、運命ってドミノみたいなものって言ったでしょ。

でも、そのドミノだって誰かがちゃんと並べてないと倒れないでしょ。

私は、全く告白してこない朔くんのためにドミノ並べただけ。下準備しただけ」

先輩がゆるり、僕の腕に手を回す。

今日、先輩にあって、まだ1時間も経っていないはずなのに。すごいスピードで僕の妄想が叶っていく。夢でないとわかるのは汗がずっと額を濡らしていたから。時間経過とともに流れる汗を時々拭う。


僕の予想していた、片思いしていた先輩。
今、僕が手に入れてしまった先輩はずっと大人で耽美で僕を誘惑し続ける。
可愛くて、時々ドジで天然な先輩は僕の頭の中で作られたもので、
本当の先輩は、僕を捕まえるために虎視眈々と計画を練り続ける強かな人だった。


「どっちの私が好き?可愛い、優しい私と、自分の為なら手段を選ばないずるい私」


「そんなの――、選べないですよ」