さすがにノートは返そう。中身も見なかったことにしよう。

三日三晩寝ずに思い悩んで決めた。

田淵が「え、お前どしたん?寝てないだろ」と心配してきて、その決断に至るまでの過程を話す。


きっと僕がノートを拾わなかったら始まらなかった話だ。これこそドミノ倒しみたいに事実を知ってしまった。

ここで、ノートを発見した振りをして、先輩に返そう。

そうすれば僕の罪悪感も消える。

先輩にノートを渡して、気持ち悪がらなければ、「好き」と言ってもいいのかもしれない。でもそれで断られたら?文芸部は?今までの関係は?

そう分岐していくドミノを予想するたびに、元々の関係に戻るのが1番傷が浅いと考えた。


「えー、両思いなのにもったいないな。てかめんどくせぇな。お前がさっさと先輩に告白したら?」
能天気にいうイケメン田淵を殴りたくなった。

存在が薄い僕にとって両思いはかなりチャンスだと思う。でも、ノートを拾って、中身を見たという、罪は消えない。その時点で僕は先輩には釣り合わない気がした。傲慢だった。
静かに先輩を推す方がずっと安全だ。先輩も僕に思いがバレてしまった事を知らずに済めば、傷つかない。

「まあ、朔の好きなようにしたら?俺関係ないし。でも、多分どのみち後悔はするぞ。俺は言ったからな」
と田淵はちょっと不器用ながらに僕の背中を押してくれた。

「先輩、土曜日空いてますか?」
という質問に先輩はすぐに返事をしてくれた。
演劇部の脚本はもう半分以上書き上げていた。


「この土曜日?模試が終わってからなら空いてるよ。15時頃ね」
と会う事を快諾してくれた。
場所はあの時出会った堤防にした。

どうやら先輩はこの堤防の近くに住んでいるようで、
「家の近くだから助かる」と集合場所にも特に疑問をもつ素振りも見せず、了解してくれた。


時刻は14時45分。僕は自転車を押して慎重に土手を下る。あの時みたいに転がり落ちないようにゆっくりゆっくり。

橋の下は、日陰になっていて、7月の日差しから僕を守ってくれた。
それでも外気は信じられないくらい暑い。

二酸化炭素が地球を温めているという事実を肌で感じた。

川のせせらぎが聞こえる。

僕は川べりのコンクリート部分に腰を掛けた。
生暖かいそれはお世辞にも座りやすいとは言えなかったけど仕方ない。

僕は斜めがけのカバンから先輩のノートを取り出す。

あの時、田淵が忠告したように、ノートなんか持って帰らなきゃ良かった。
僕が行き過ぎた先輩への思いで、反射的に行動したから、先輩が内緒にしていた「好きな人」の存在を第三者にに言わなきゃならなくなった。

あの時の
この時の

タラレバを繰り返すたび自己嫌悪に陥る。
頭お花畑だった自分が嫌になる。僕が田淵だったら良かったのに。

先輩は僕が好き。

僕も先輩が好き。

でも僕は先輩が思うほどいい奴じゃない。

気持ち悪いくらい先輩を崇拝していて、勝手にノートを回収して中身を見るくらいストーカー気質だ。

こんな奴、先輩にはそぐわない。

「私のノート、見てくれた?」

冷たい何かが首に触れる。それと同じタイミングで
背後から、あの、綿飴みたいな、僕を駄目にしてしまう声がした。