「やばぁ、お前。やってることストーカーじゃん」

授業中の僕の奇声を聞いたクラスメイトの田淵が、昼休みになると早速僕の前の席を陣取った。


そして、一連の話をすると、呆れながら僕にかけた第一声がストーカー扱いだった。

「違いますぅー。ストーカーじゃないですぅー。たまたまですぅー」

「たまたまでも普通はノートなんか持って帰らないんだよ」

田淵はサンドイッチを咥えながら単語帳を捲る。
よく焦げた肌は白いパンによく映えていた。

僕たちの学校はいわゆる文武両道に力を入れていて、教師がまるで挨拶かのように小テストを頻回に開催してくれる。
教師と挨拶する回数と小テストを受ける回数はギリ同じくらいだと信じたい。

野球部の田淵も、部活を理由に成績を下げないようにながら〇〇を良くしている。

食べながら勉強、授業聞きながら別の勉強。


そして、食べながら僕の先輩への思いを聞くこと。

友達が少ない僕にとって、田淵は本当に頼りになる存在だった。

「おめでたい頭だな、お前は」

「まあ、勉強はわりとできる方だからね」

「褒めてはないけどな。でも、そのノート、どうすんの。その、小瀬先輩が探してたら」


僕は考えてもなかった質問には弱い。
そうだ、このノートを小瀬先輩は探しているだろう。
僕から差し出すのは、なんか不自然だ。

かと言って、先輩に内緒でずっと持ち続けるのも悪い気がした。それこそ、本当にストーカーみたいになってしまう。

「やばいね、どうしようかな」

頭を回してやっと出た言葉に田淵は
「やっぱり、お前は小瀬先輩に対しては頭ハッピーになるんだな」

と笑ってヨーグルトを飲んだ。

「ていうか、その先輩のどこがいいわけ?めっちゃ美人とか?」

「御名答」

「さっきからちょいちょいうざいな」

「先輩は、2年6組の文系特進クラスで、僕と同じ文芸部。めちゃめちゃ可愛いし、僕にも優しい。あといい匂いがする。僕の身長が170cmに対して、先輩は160cmくらいかな?ちょっとだけ小さいんだけど、やっぱり年上だからしっかりしてるんだよね。可と思いきや時々うっかりしてたりしてほーんと可愛いんだよ。もしかしたら天使なのかも」


「長い。くどい。纏めろ」

「僕は先輩を好きすぎる」

「めちゃめちゃ纏めたな。なんか、そんな人間存在するか?こんな学校に」

僕は2つ目のおにぎりに手を伸ばした。
2つに分かれる包装を剥がす時、海苔が破れないように慎重になる。

ゆっくり指先を動かす。

「いるもん。でも田淵。2年6組に行かないでよ。田淵イケメンだから先輩が田淵の事好きになったら困る」

田淵は照れたように鼻の下を人さし指でかいた。

田淵は坊主ではあるものの、目鼻立ちがはっきりしている。密かにクラスメイトの女子が狙っているのも知っている。
僕と田淵が一緒にいても、何故か僕が見えないのか、みんな田淵にばかり話しかける。

僕はそれくらい薄い存在だった。

「へーへー。行かねぇよ。
でも、お前の思う先輩、そんな浮き世離れしてない気がするけどな」

「そうかなあ?」

「まあ、俺はお前の好きな先輩を知らないから、憶測でしかねぇけど」
ヨーグルトの紙パックを畳んで、入口にあるゴミ箱まで投げ入れた。放物線を描いてカコン、と音を鳴らした。

「よし、入ったわ。じゃあな、朔」

田淵は僕に手を振って自分の席にもどっていった。