ジャーッと流れていく渦を眺めながら、深く溜め息を吐いた。重たい身体に鞭を打って、トイレの個室から出る。手を洗いながらふと目の前の鏡を見れば、鏡の中の自分と目が合った。
 伸びきった前髪の下から覗く小さな瞳は、やけに野暮ったく見えて一層自分が嫌になる。それから逸らすように視線を下へと向ければ、トイレに二人組の女子が入って来た。既に体操着に着替えた同学年の女子たちは、トイレに入る様子も無く、手を洗う私の隣の流しを占領する。
「見てコレ!朝から、髪ちょー頑張ったんだけど。」
「やば!気合い入り過ぎっしょ!」
 女子たちは鏡の前で自分の丁寧に編み込まれた髪を見せ合ったり、ケラケラと談笑しながらメイク道具を広げて入念にメイクをし始めた。
 今日は体育祭だからか、いつも以上に髪やメイクにこだわりがあるのだろう。女子特有のイベントへの積極性は、私には全く湧き上がらないものなのであまり理解出来ない。けれど、明るく楽しそうに自分を飾る女子たちと暗くて垢抜けない私との決定的な差を感じて、酷く気分が落ち込んだ。
 洗っていた手を拭き、素早くトイレから出て教室へ入ると、先程トイレに居た女子と同様に髪型にこだわる女子たちが、鏡を片手に最終調整を行っている。どうやら、仲の良い友人とお揃いでお団子頭にするのが流行りらしい。
 それを横目に、私は体操着を片手に更衣室に向かった。更衣室でも女子たちが、鉢巻をリボンのようにアレンジしたりネクタイのように首から垂らしたりと入念に身なりをチェックしている。皆、朝から楽しそうだ。
 体育祭ではクラスごとに色別対抗で競い合うため、自分のクラスの決められた色の鉢巻を身に付ける事になっている。赤、青、黄色、緑、白と五色のチームがあり、皆それぞれの色の鉢巻を付けていた。
 私のクラスは黄色の鉢巻を身に付ける事になっているので、更衣室の壁に貼られている鏡の前でそれを適当に頭に巻き付ける。鏡の中の私は、頭には黄色の鉢巻を巻き、首には赤い縄が括りつけられてる異様な姿で、思わず顔を引き攣らせた。色と色の主張が激しく、赤い縄の存在は自分にしか見えないとはいえ、あまりの格好のダサさに我ながら笑ってしまいそうになる。
 体操着に着替え廊下を歩いていると、既に何人かの生徒が自分の椅子をグラウンドに運び出し始めていた。体育祭の時は、クラスの応援席に自分の椅子を置いて観戦するのがこの学校の習わしだ。
 再び教室に戻り、私も自分の椅子をグラウンドに運び出そうとすると、今日も相変わらず騒がしいスクールカースト上位集団の中から、人一倍大きな田所の声が上った。
「てか、アイツ今日なんか遅くね?」
 田所は、今だ空席のままの結川の席を見ながら不満そうに言う。
「まさか、サボりか〜?」
「マジかよ、体育祭なのに!?ありえねぇ!」 
 そんな田所に同意するように、スクールカースト上位集団の中の何人かが、今だに学校に来ていない結川に対して冗談交じりの文句を言い始めた。いつもならあの集団の中で、ヘラヘラと笑ってイジられながらも皆を盛り上げている結川の姿が今日は無い。
 どうしたのだろうと考えたところで、私は昨日の下校中にあった出来事を思い出した。下校中、駅で結川と知り合いだと思われる他校生たちに絡まれたのだ。その時の結川は、酷く動揺していたように見えた。それに、きっと結川にとっては話す事も呼吸をする事も上手く出来なくなるくらいに、あの他校生たちとの遭遇はショックな事だったのだろう。
 赤い縄に首を絞められていた結川を脳裏に浮かべながら、もしかしたら今日結川は来ないかもしれないと密かに思った。
 正直、私一人では体育委員の仕事をやり遂げられるか不安でしかない。けれど、あの不安定な状態の結川が休んだとしても仕方がないだろう。そもそも結川は本来体育委員ではないのだから、体育祭の日に調子が悪くて休もうが何も気にする事はないのだ。
 そう何度か思っても、やはり一人で体育委員の仕事をしなきゃいけないのは、私にとってとても気が重かった。結川の存在を都合の良いように思いたくはないのに、心の何処かで結川が居てくれたらなと思ってしまう自分が嫌だ。
 体育祭の間、体育委員の仕事は各競技の準備やクラスメイトの誘導、開会式の体操などがある。その中でも、この我の強いクラスメイトたちを上手く誘導出来るかが一番の難点だと言っていいだろう。
 そんな事を思っていれば、不意に教室のスクールカースト上位集団が騒がしくなった。
「あっ!結川来た!」
 その声に思わず顔を上げて教室の入り口を見ると、首から赤い縄を垂らした結川が居た。
「おい結川!お前、遅ぇぞ!」
「もう、サボったかと思ったわ〜!」
 待ちに待った結川の登場に、スクールカースト上位集団は必要以上に騒ぎ立てる。それに対して結川は、「いや〜、寝坊しちゃってさ!」と相変わらずヘラヘラして笑っていた。
「てか、皆そろそろ、外に椅子持った方が良いんじゃないの?」
「え〜、もうそんな時間?」
 いつもより少し遅れて来たというのに、結川はこのクラスの誰よりも時間を把握している。HRや開会式は外で行う事になっているので、クラスメイトたちには早いところ椅子を運び出してもらいたいところだ。
 スクールカースト上位集団と話しながらも、いつの間にか体操着に着替え終えていた結川は椅子を持ち上げなから、「だって隣のクラス、皆もう外行ってたよ?」と腰の重たいクラスメイトたちに促していた。
「体育祭マジ面倒くせぇ〜」
 田所はそう言いながらも、結川と共に自分の椅子を外へと運び始める。それに続くように、スクールカースト上位集団ものろのろと椅子を持って外へと向かった。
 あっという間に教室は誰も居なくなり、結川の凄さを改めて実感する。そして、やっぱり結川が来てくれて良かったと心底思った。
 一人で体育委員の仕事が不安な事もあるが、やはり昨日の事も気になっていたので、いつものようにスクールカースト上位集団の中でヘラヘラ笑っている結川にホッとしたのだ。それと同時に、その様子があまりにもいつも通りで、私は少しだけ心配になった。
 もう、とっくに見えなくなってしまった結川の背中を追いかけるように、私も急いで自分の椅子を外まで運んだ。





「よーい、パンッ!」
 合図と共に、体操着姿の学生たちがグラウンドを一斉に走り始める。あちこちから聞えてくる「頑張れ〜!」なんて声援を耳にしながら、私はグラウンドの端にある競技に必要な道具がごちゃごちゃと置いてあるスペースで待機していた。
 体育祭が始まってから、少しの時間が経った。現在は障害物競走の真っ最中で、体育祭員の私はこの競技の準備や片付けをする役目を背負っているのだ。
 キラキラと容赦無く照り付ける太陽が、肌をじんわりと焼いていく。額に滲む汗は、いつものような腹痛の焦りから来る冷や汗でなく、ごく自然な暑さから来るものだ。雲一つない真っ青な晴天は、まさに体育祭日和というやつだろう。
 グラウンドを走り抜ける学生たちに、耳に付き纏うたくさんの甲高い歓声。お手本のような学生らしい光景を、何処か遠い目で見ている自分が居る。
「三上さん、お疲れ様。」
「結川くんこそ、お疲れ。障害物競走、速かったよ。」
 背後から声を掛けられて振り向けば、そこには今しがた障害物競走に出ていた筈の結川がそこに居た。結川は自分の出番が終わって直ぐにも関わらず、体育委員の仕事である競技の片付けの為に私の元へと来たのだろう。
 競技種目の参加数の多さも相まって、流石にハードスケジュール過ぎて心配になる。私も出来る限りは手伝っているけれど、昨日の事もあるので結川の体調も含めて気を付けてほしいところだ。
「ありがとう!三上さんは、後綱引きで午前は終わり?」
「うん。殆ど午前の競技だから、午後は大縄だけ。」
「そっか、お互い頑張ろうね!」
 結川は、そう言って私にヘラリとした笑みを向けた。ひたすらに口角を上げているような、不自然なそれは正直違和感しか感じない。
 今日の結川は、いつも以上にヘラヘラと笑い続けている気がする。その表情が顔に張り付いて取れないのではないかと、私は結川の顔をまじまじと眺めていれば、当の本人は「ん?どうかしたの?」なんて言って首を傾げるのだ。
 やはり、昨日の事が影響しているのだろうか。
 視線を、結川の首に括りつけられている赤い縄に移す。いつもは優雅にゆらゆらと揺られている縄先が、今日は微動だにせず真っ直ぐに垂れ下がっていた。まるで、生き物が死んだかのように動かないその様子が、一層不気味に感じる。
「あっ、障害物競走終わったみたいだよ。」
 グラウンドを退場していく学生たちを眺めながら、結川は呑気に声を上げた。そして直ぐさま「じゃあ、俺こっち側片付けくるね!」と、無造作にグラウンドに置かれていた道具たちに向かって走り始めた。
 私もそれに続くように慌てて道具を片付け、次の種目へ向けての準備をする。結川の状態がいつかポッキリと折れてしまいそうで心配になりながらも、今の私は自分の役割をこなす事だけで精一杯だった。



 その後、無事に午前の最後の種目である綱引きを終えて、昼休憩の時間になった。その放送が流れると共に生徒たちは、一度椅子と共に教室へ戻って各自好き勝手に昼食を取り始める。
 私はいつものように弁当箱を持って、人気の無い校舎裏に足を運んだ。古いベンチに腰掛けて、上半身の力を抜きながら現実を遮断するように目を瞑る。あと、残り半日だ。この半日やり遂げれば、忙しい日々から少しはマシになる。
 暗い瞼の裏を見ながらそんな事を思っていると、グ〜ッと空腹を訴えるように腹が鳴った。いつもよりも運動量が多かったせいか今日はやたらとお腹が減り、もう既に競技の最中から何度か鳴っている。そんな腹を、私は呆れたように擦った。
 普段ならば、午後から授業が怖くて弁当を食べずにいるのだが、一日グラウンドに出て比較的に行動の自由が利く体育祭の今日くらい、弁当を食べても大丈夫なのではないかと安易な考えが頭に浮かぶ。
 腹痛になっても毎回教室から出れない普段の授業と違って、体育祭は基本的に自分の応援席に必ず居なければいけないわけではない。体育委員や係の仕事がある者は頻繁に席を立つし、他の生徒たちも友人同士で隣クラスに顔を出したり、自販機まで飲み物を買いに行ったりと皆好き勝手に行動している。
 もしお腹が痛くなった時はトイレに駆け込んで、最悪応援席に戻らなくても良いのだから、今日くらいは弁当を食べたところでそんなに支障は無いんじゃないか。そんな事を思いながら、結局空腹に負けた私は弁当を食べてしまった。
 弁当を食べ切ったところで、昼休憩の終了時間が迫っている事に気付く。慌ててベンチから立ち上り、念の為に一度トイレに寄ってから再びグラウンドへと戻った。
 グラウンドでは既に何人かの生徒が応援席に着いていて、午後の最初の種目に向けて準備している。
「結川〜、次の種目何だっけ?」
「え〜と、確か大縄だったと思うよ?」
「マジで?クソだるいやつじゃん!」
 その言葉を聞いて、私は内心焦った。そういえば、午後の最初の種目は私も参加する予定の大縄だった。
 大縄といえば、何十人が列になって一斉に縄を跳び、縄を跳んだ回数を競い合う種目だ。そんな競技の最中にいつもの腹痛が襲ってきたら、もう縄を跳ぶどころではないだろう。
 けれど、授業よりも長い時間大縄を跳ぶわけではないので、何とかなるんじゃないかと必死に自分を落ち着けさせた。徐々に、グラウンドには生徒たちが集まって騒がしさが戻って来る。
 暫くして、本部席のテントから午後の部が始まるアナウンスがグラウンドに響き渡った。
「大縄種目に参加する生徒たちは、速やかに入場口に集まってください。」
 その放送に、応援席に居たクラスメイトたちはダラダラと立ち上がって「飯の後の大縄はしんどくね?」なんて軽い口調で、入場口に向かっていく。そんな彼等の後ろ姿を少しの間眺めてから、観念したように私も立ち上がった。
 入場口には、既に大縄に出場する生徒たちがずらりと並んだ列が出来ていた。その中にクラスメイトたちの列を見つけて、重たい気分になりながら列に加わった。
 周囲を人に囲まれている居心地の悪さに、私の中で少しずつじわじわとした焦りが広がっていく。頼むから、お腹が痛くなりせんように。そうひたすらに願っていも、必要のない緊張に身体を支配されて、私の下腹部は膨らみ始める。
 ぎゅるぎゅると動きが活発になる腹に「落ち着け」と念じながらも、やっぱり昼ご飯を食べなければ良かったと後悔が止まらなかった。昼ご飯を食べてしまったら、消化する為に腹が動いて、腹痛がいつも以上にキツくなるのは分かっていた筈なのに。
 そんな馬鹿な私を嘲笑うように、腸は動きを止めない。生まれてくるガスを無視しようがなくて、掌に爪を突き刺しながら必死に耐えた。
 なるべく人を見ないように視線を下げれば、赤い縄が今日もゆらゆらと人の気も知らずに揺れている。ふざけんな。何で、私ばかりがいつもこうなのだろう。
「おい、結川!気合い入れて回せよ〜」
「分かってるよ!」
 聞こえてきた名前に、下げていた視線をそっと上げる。クラスメイトたちがずらりと並んだ列の先には、クラスメイトに絡まれながらも、縄を持って待機している結川の姿があった。
 そういえば、大縄には結川も回し手として参加することになっていたんだった。結川程ではないが、どうやら私も慣れないハードなスケジュールで色々な事が頭の中でこんがらがっているらしい。
「次の競技種目は大縄です。参加生徒はグラウンドに入場してください。」
 そんなアナウンスと共に、待機していた列がぞろぞろと動き出す。各チームがグラウンドの指定位置に着いて、縄を広げ始めた。
 クラスメイトたちは二列に並んで、それを挟むように先頭と後方に結川ともう一人の回し手が立っている。結川はヘラヘラした笑みを絶やさず、「よっしゃ!頑張りますか!」なんて縄を伸ばしながら声を掛けていた。
「よーい、パンッ!」
 ピストルの合図が鳴って、各チームが一斉に縄を跳び始める。それに促されるように結川も「せーのっ!」と声を掛けて私たちのチームも大縄を跳び始めた。
 一、二、三、四、と皆で数を数えつつ、必死に飛びながら私は冷や汗が止まらなかった。縄を跳ぶ衝撃が、全身にくる。腹痛が始まったばかりのお腹が揺れて、一歩間違ったら取り返しのつかないことが起こりそうで怖い。最悪な状況だ。
 痛い苦しいキツい辛い早く、誰か、縄に引っ掛かってくれ。そうは願っても、こんな時にだけ皆は団結して学生らしく真剣に競技に向き合うのだから、本当に勘弁してほしい。縄を跳ぶ回数が増えるほどに、私のガスで膨らんだ下腹部が出口を求めて暴れ出す。
 風を切る縄の音に急かされるように、必死で地面を蹴って足を上げる。周囲を人に囲まれている緊張と、腹痛を耐えなければいけない不安で私の身体はもうコントロールが効かない。
 キツい痛い痛い辞めたい無理。早くこの競技が終わるように何度も願っても、大縄を跳ぶ回数はどんどん増えていく。だからと言って自分が縄に引っ掛かれば、絶対にクラスメイトたちから批難を受けるだろう。
 スクールカースト上位集団の「引っ掛かったの誰だよ!?」という犯人探しが始めるのは、もう目に見えている。それも嫌だ。絶対に嫌だ。
 けれどこの際、腹の中のものをぶちまけるか、縄に引っ掛かる犯人になるかの二択であれば、後者の恥を晒す方が絶対的にマシに決まっている。当たり前に、縄に引っ掛かった方が良い。
 そう思った瞬間に、少し気が緩んでしまったのか私の足は縄に引っ掛かってしまった。
「おーい!誰だよ!」
「マジで、今引っ掛かった奴誰〜!?」
 予想していた通りにスクールカースト上位集団が、やたらと声を上げて騒ぎ立てる。
「あーもう!あと二回で新記録だったのに!」
 腹痛に耐えることしか頭になかったので、詳しく跳んだ回数は覚えてないが、どうやら私達のチームが跳んだ新記録まであと少しだったらしい。
 引っ掛かった瞬間、慌てて足を縄から離したけれど、目敏いクラスメイトたちはひそひそと私に視線を突き刺した。
「引っ掛かったの、三上さんじゃね?」
「うわ、マジかよ〜」
 いつも私が居ようが居まいが気にも止めないくせに、こんな時ばかり私の存在を認識するなんて、本当に都合の良い奴らだ。
「皆、早くもう一回跳ぼう!」
 結川がそうクラスメイトに呼び掛けたところで、大縄種目の終了の合図が「パンッ!」と鳴り、アナウンスが流れる。
「うわー、これ負けたわ。」
 その私のせいで負けたような雰囲気は、一気にチーム内に充満した。クラスメイトたちの容赦無い視線が、ナイフのように私を突き刺していく。ズタズタに穴の空いた心は、もう既に使い物にならない。
 悪化していく腹痛とどうしようもない現実で、私はだんだん呼吸がしづらくなっていく。苦しくてお腹が痛くて逃げ出したくて、助けるようを求めるように視線を首から垂れ下がる赤い縄に走らせる。
 けれど、やはり赤い縄はゆらゆら揺れるばかりで、私の首は絞めてくれない。私を消してはくれないくせに、この赤い縄は一体なぜ存在しているんだろう。クラスメイトたちの私を責める視線を受けながら、そんな的外れな事を思った。
 大縄の結果はどのチームも僅差で、私達の黄色チームもあと数回の差で最下位という成績に終わった。放送席からアナウンスが流れて、グラウンドから退場する。
 競技を終えて好き勝手にバラけていく生徒たちの中、逃げるように私はトイレに向かって走り出した。
 腸がパンパンに張った腹はもう限界で、個室に入り便器に座った瞬間、自分のことが本当に惨めになった。なんで、私はこんなに情けない人間なんだろう。生きてるのが恥ずかしくて仕方なくて、そんな自分が本当に大嫌いだ。死ねばいいのに。
 自分を呪う言葉ばかりが、私の中から生まれる。どうしようも無いことばかりで、この世の全部が嫌になった。このまま、薄暗いトイレの個室の中で終わりたい。二度と外へ出たくないし誰にも会いたくない。何よりこれ以上、自分の恥を晒したくない。
 無意識に脳裏に浮かび上がるのは、先程のクラスメイトたちに言われた言葉と視線。私を責めるように、一連の流れが何度も何度も脳内で再生されて、その度に私の心をへし折っていく。
 消したくても消えない記憶がこびり付いていて、湧き上がる苛立ちに頭をぐしゃぐしゃに抱えた。
 ふわふわと目の前で揺れている赤い縄は、いつまで経っても私を楽にしてくれない。全く役に立たなくて嫌になる。八つ当たりをするように、揺れる縄先をギュッと掴む。けれど、やはり触れられないそれは手を擦り抜けて、握りしめた掌に爪が刺さっただけ。
 首に括りつけられている赤い縄を真似るように、両手で自分の首に触れてみた。触れた肌に、どうにもならない苛立ちをぶつけるように力を加える。赤い縄がやってくれないのなら、自分でやってやる。
 そう自分の首を両手で絞めたって、いつまで経っても酸素がなくなる事はない。いつもの生きている息苦しさだけが、私に重く付き纏うだけだった。