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 その後、家に着いて夕飯を食べて、お風呂に入って最低限の課題を終わらせて、10時ごろにベッドに横になった。私の手には、本棚の1番左端から抜き取った1冊の小説がある。これが、私の1番好きな小説だ。

「…読み返すの、何年振りだろ…」

 そっとページをめくり、目次に目を通す。そして、自分の大好きな場面が描かれているページまでペラペラと飛ばし読みをしていくと、目的のセリフが目に入った。ずっとただの幼馴染だと思っていた男の子への恋心を自覚してしまった女の子が、通学路の高架橋の下でその気持ちを相手にぶつけるシーン。

『私ね、多分ずっと、夕陽のことが好きだったんだと思う。今まで気づかなかったけど、私にとって夕陽は、かけがえのない存在なんだよ。誰も代わりになんてなれっこないんだよ』

 夕陽というのが、この小説のヒーローの名前。そして、夕陽はヒロインの愛莉にこう告げる。

『今更言われたって、どうもできねぇよ…。俺だって、お前のことは嫌いじゃないし、できるならその気持ちに応えてやりたい。だけど……もう遅いんだよ』

 2人は両想いなのに、それは絶対嬉しいことのはずなのに、夕陽は苦しそうな表情でそう言った。私はこのシーンを読んだとき、この世には絶対なんてないんだと悟った。



 想いを伝えても、絶対に両想いとは限らない。
両想いだとしても、絶対に付き合えるとは限らない。
幼馴染のままでも恋人になっても______
絶対にずっと一緒にいられるとは限らない。



 結局、夕陽と愛莉はお互いに抱えているものがあったから、両想いとわかっても付き合うことはなく、2人の関係は自然に消滅していった。
 お互い両想いなのに付き合えないっていうのは、一体どんな気持ちなんだろう。想像することしかできないけど、きっと辛いに決まっている。たった1人の幼馴染の対象が、唯一無二の好きな人に変わってしまったとき、それはどれほど過酷なことなんだろう。自分の立場だったらと置き換えてみると、それは必然的に凪になってしまうけど。私が凪を恋愛対象として見ることは今までもこれからもないと思っているけど、それも絶対とは言い切れない。

 もし万が一、億が一でも、私と凪を表す関係が幼馴染というものではなくなる時がきたら。私はそれを受け入れることができるのだろうか。

 たかが1冊の小説の展開を自分たちに当てはめてしまうなんてバカらしいとどこかで自嘲しながらも、重くなってきた瞼に従ってその日は眠りについた。