「ね、さっきの話の続きなんだけどさ」

「…突然」

「あの小説を読んで私は、この世には“絶対”なんてないんだって思った。絶対両想いだとは限らない。両想いでも絶対付き合うとは限らない。付き合ったとしても、絶対ずっと一緒だとは限らない…ってね」

「……」

「…凪は?凪はあのシーン、どう思った?」

「…あのシーンって…どこのこと言ってんの」

 どうせわかりきっているくせに、ここまできて恍けようとする凪がまたこの話題を終わらせてしまわないよう、私は待っていていたバッグから秘密兵器を取り出した。

「は、なんでそれ、今持って…」

「一昨日から読み返してたところだったから。えーっと……はい、このシーンね」

「……」

 例のシーンのページを凪の目の前で開いてみせると、あからさまに視線を逸らされた。ほら、やっぱり見せなくてもわかってるじゃん。私は無理やり、凪の手に開いたままの小説を持たせた。凪が嫌がることをするのが、今の私の楽しみになってきていた。

「はい、読んで読んで」

「…別に、読まなくても覚えてるって…。やっぱり、このシーンかよ…」

「ほら、覚えてるんじゃん。で、ご感想は?」

「…なんでそんなに、俺の感想知りたいわけ」

「質問を質問で返さないでくださーい」

「……」

 イラッとしたような顔をこちらに向けた後、凪がその手にある小説に視線を落とした。けれど、読んでいるというより、そのシーン全体を思い出しているといった様子だった。

「…俺だったら______」

「ん?」

「……俺だったら、たとえどれだけ抱えてるものがあったとしても……好きな奴のこと、簡単に諦めたりしないのに…って、思った」

「…え」

 まさか凪がそんな発想をしていたとは思わなくて、ほとんど反射的に驚きの声が漏れた。

「正直、幼馴染だからどうとかっていうのは、俺にはよくわかんない。…でも、本当にそいつのことが好きなら、簡単に諦めてたらダメだろ。そうしたら、他に何で本気になるんだよ」

「……凪」

 



 ____凪は今、本気で好きな人がいるんだね。





 そう感じて、胸の奥深いところに、何か重いものがのしかかったような気がした。凪に感想を言わせたのは私だけれど、ここまで真剣に話してくれるとは思わなくて、凪がどれだけその人に心を寄せているのかを思い知らされた。きっと、それを私に話すことを躊躇っていたのは、好きな人がいることを知られるのが恥ずかしかったからなのだろう。

「…そっか。凪も結構男らしいところあるじゃん」

「……」

「…聞きたかったのはそれだけ。じゃあ、そろそろ行ける?」

 まだどこかズキズキする気持ちを抱えながら、なるべつ平常心を装って立ち上がり、自転車の元へ行こうとしたとき。

「千鶴」

 座ったままの凪に手首を掴まれ、引き止められた。