きっとまた、嫌々頷くのだろうと予想しながら聞いてみた。でも、いつまで経っても凪は反応を示さず、それどころか私の顔をちゃんと見てすらいなかった。ただ無機質な目を細めて、すぐそこの川を見つめているだけ。

「……そっちのほうが、何もわかってない」

「は?」

 ぽつりと凪が溢した一言に、耳を疑った。今の会話の中でや私が一体何をわかっていなかったというのだろう。

「ちゃんと着いていくってなんだよ。……そんなこといちいち宣言しなくても、当たり前みたいにそばにいろよ…。隣にいろよ…」

「っ……凪…?」

「いつもそう…。千鶴は、俺のほうから千鶴の視界に入らないと、話しかけてこないだろ…。昔は、嫌ってくらいに俺に話しかけに来たくせに…。…今日だって、学校じゃ全然話せないから誘ったのに、ずっと俺の後ろにいるし…」

 凪が手で顔を覆って俯く。弱っているその姿は、暑さだけが原因ではない気がした。

 もしかしたら私は、凪の言う通り、“わかっていなかった”のかもしれない。だって、凪の言っていることを読み解いていけば、それはきっと、私が知る由もなかった凪の想いだ。自惚れかもしれないけれど。弱っている凪にすることではないかもしれないけれど。でも。




『じゃあ、たまには千鶴ちゃんが有村くんをからかっちゃえばいいんじゃない?』




 真綾がしてくれた提案が頭を過る。

 あの時は、そんなことをしても意味がないと思っていた。

 でも、気が変わった。

 意味とかそんなのは関係なく、純粋に聞きたくなった。

 _______さぁ、凪、仕返しされる覚悟はいい?


 私はしゃがんだまま膝に肘をついて、凪の表情を下から覗き込んだ。








「…ねぇ、凪ってさ、実は結構私のこと好きなんじゃない?」




「……は…」


 その瞬間、ばっと勢いよく顔を上げた凪と目が合った。そして、だんだんとその顔が熱を帯びていく。凪のそんな顔を最後に見たのは、もう何年も昔のことだ。高校生になった今の凪は、照れた時こんな顔をするのか、と優越感に浸りながら思った。

「だってさ、今の話だとまるで、今まで私の気を引くためにわざとドジやってたってことになるよ?どんだけ私と話したいの」

「っ…」

「あ、目逸らした。図星か〜?」

「っ…うっざ…」

 いつも自分がされて恥ずかしかったことを、いつも自分にしてきていた奴にやり返せることが、こんなにも清々しいものだとは思っていなかった。もちろん、本気で嫌がっているようなら流石に気が引けるけれど、顔を逸らされても耳が赤いのがバレバレで、照れているだけのようだからやめてやらない。