朝食を食べ終えて自室に戻り、高校の制服に袖を通した私は、鞄を持って玄関へと向かう。まだ作業時間までは1時間ちょっとあるけど、私の通う高校は自宅から少し遠くて、電車通学をしているから、このくらいの時間に出たら始業時間20分前くらいに着く。いつもの電車の時間に間に合うように、家から駅までにかかる時間を考慮して、このくらいの時間にいつも出るようにしているのだ。千智の通う中学校は全然徒歩で行ける距離なので、いつも私が先に家を出ている。

「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 お母さんと一言交わして、玄関を出る。するとそこには、よく見知った男子の姿があった。

「おはよ、(なぎ)

「ん、はよ」

 有村凪。私の幼馴染で同級生であり、同じマンションの同じ階に住んでいる男の子。小学1年生からの付き合いで、高校生になった今でもほとんど毎日顔を合わせている。流石に、登下校も一緒になるのが多いことには、当人である私も驚いている。

「あ、寝癖ついてる」

「え〜…直すのめんどい」

「も〜、仕方ないな…」

 凪は結構な変わり者で、のらりくらりとしているというか、何事にも興味がないって顔をいつもしている。普段はあんまり表情筋が動かないし、眠たそうにしている印象が強い。だけど、それはあくまで“大半は”っていうだけで、一日中そんな態度というわけではなくて。

「……はい、直ったよ____って、わっ!?」

 寝癖を直すために凪の髪を触った後、手を離した瞬間に、その手は凪の手によって捕まり、ぐっと引かれる。凪の整った顔が視界にドアップで映って、思わずぱっと目を逸らす。

「ねー、なんで逸らすの」

「近いからでしょ…っ!離れてっ!」

「そっちから触ってきたくせに?」

「凪が寝癖に気づかないから直してあげたんだし!」

「直してとは言ってないけど?」

「直して欲しそうにしてた!」

「まぁそれは否定しないけど」

 

 そう、なんとこの幼馴染は、ちょっと私が距離を詰めたり話しかけたりすると意地悪で返してくるっていう、それはもうかなり変な奴なのだ。まだ登校中だからいいけど、学校にいるときにこんな感じのことをされることも時々あって、いつ周りに変な噂を立てられるかビクビクしてるってのが私の心情。だから学校では不用意に近づかないようにしているけれど、クラスは違えど体育は合同で、結局いつも目につくところにいるし、しかも私のこのおせっかいを焼いてしまう性格上、凪のちょっと抜けたところを見るといつもついつい世話を焼いてしまう。ダメだとわかっているのに、結局私から話しかけにいってしまって、凪にからかわれるというワンパターンを、もう何年繰り返してきたかわからない。

「あ〜もう!早く行くよ!電車遅れるっ!」

「…チッ」

「舌打ちしない!」

 私は乱暴に手を振り回して無理やり凪の手を解くと、逃げるように凪と距離をとって歩き出す。後ろからちょっとだけ不機嫌になった凪が着いてくるのをときどき確認しつつも、距離を保って学校へと向かった。