「ってか!私もそうだけど、凪だって帽子被ってないじゃん!目的地まで遠いってわかってた凪がなんで被ってこないのよ!死ぬ気!?」

「自転車漕ぐのに邪魔だと思ったから」

「ばっっかじゃないの!?熱中症舐めんな!亡くなってる人だっているんだから!」

「あーはいはい、怒ると体温上がって余計に熱くなるんじゃない?死ぬよ?」

「〜っ!」

 こっちが真面目に心配して言っていることを、まるで他人事のように聞き流す凪に、今日何度目かもわからないけれど腹が立った。凪といると、本当にムカつくことばかりだ。なんでこんな奴が私の幼馴染なんだろうか。もっと誠実な人が良かった。

「……まぁ、幼馴染なんていつでも壊れる関係だし、いいか…」

 凪の後ろで、凪には聞こえないくらいの声量でぽつりと呟いたつもりだった。けれど、凪の耳にも届いたらしく、凪が一瞬だけチラリと私を振り返って、すぐにまた前に向き直った。

「…千鶴、あの小説に影響されすぎ」

「え?」

「あれ千鶴が初めて本屋で小説買った時の」

「なんで知ってるの!?」

「一緒に行ったし」

 驚いた。凪の言う通り、その小説は、私が自分のお小遣いで初めて買った小説だったのだ。まさか、凪がそんなことを覚えていたなんて。そして何より、凪もあの小説を読んだことがあるなんて、全く思いもしなかった。あらすじを読んだだけでは、バッドエンドかどうかなんてわからない。間違いなく、凪はあの小説を最後まで読んでいるのだと確信した。

「……意外。凪もああいう恋愛小説読んだりするんだ」

「勘違いしてるみたいだから言っておくけど、今までの人生であれ一冊しか読んだことないし、別のやつ読むつもりは一切ないから」

「……凪は、あの小説を読んでどう思ったの?」

「……」

 私はあの小説を読んで、幼馴染という関係の脆さと、この世に絶対なんてものは存在しないということを知った。じゃあ、凪は?凪は、あのシーンを読んで何を感じたのだろうか。それが気になって問いかけたけれど、凪は黙りこんでしまった。

「…ちょっと、聞いてる?」

「……」

「凪?」

「……」

 後ろから名前を呼んでも、返答どころか反応すらしない。無視しているのかと思い、少し走って凪の前へまわり込んでからもう一度名前を呼ぼうとした。

その時。

 凪の体がぐらりと揺れて、自転車に倒れ込もうとした。

「!?凪っ!」

 倒れ込む寸前に凪がなんとか自力で踏ん張ったため、大事には至らなかったけれど、凪の様子が明らかにおかしかった。てっきり、話の内容がつまらなくて私を無視したのかと思っていたけれど、どうやら全然違ったようだ。