「騙したの…!?」

「悪いとは思ってるけど、こうでもしないと言うタイミングくれないだろうから」

「はぁ…?」

 本当に悪いと思っている風には見えない、相変わらずの無表情。だけど、長年一緒にいると、表情の違いはわからなくても、なんとなくの感情は読み取れるようになってくる。凪は凪で、全部が全部、からかうつもりでやったわけではないらしい。でも、だからこそ、そんなことを真剣にしてまで凪が何をしたいのかがわからなかった。

「千鶴に頼みがある。お願い、聞いて」

「え〜…。わかったよ、そんなに真剣なら聞いてあげるけど…なに?」

 ため息をつきながら立ち上がって、正面から凪の視線を受け止める。凪からの頼みが真っ当なものであるなら、世話焼きな私はきっとそれを断れないと思う。凪は私から視線を逸らすことなく、ただ一言口にした。

「明日、付き合ってよ」

「……はい?」

「迎えに行くから、準備しといて。暑いだろうから、ちゃんと対策していけよ」

「ちょっ、ちょっと待って。付き合うの意味はわかったけど、どこに?なんで私と?明日って急すぎない?」

 混乱のままに思いついた疑問を次々と口に出す。私のそんな様子を見ても、凪は表情ひとつ変えなかった。

「本当は昨日誘おうとしてた。そっちが避けるから遅くなったんだろ」

「いや、だってそれは、凪がからかうからじゃん。一目につくようなことしたくないんだってば」

「その割には、いつも千鶴のほうから俺に関わってくるじゃん。千鶴、俺のこと大好きだもんな」

「はぁ!?自惚れないでよね!あんたが抜けてるのが悪いんだから!」

「はいはい。…で、行くの。行かないの」

 私はうっと言葉を詰まらせた。正直、行きたくはない。どこに行くのかは知らないけど、もし同じ学校の生徒に2人でいるのを見られでもしたら、変な噂になるに決まっている。

「ちなみに、千鶴が心配してるようなことにはならない。2人しかいないと思うから」

「え?」

「他の奴に見られるのが嫌なんだろ?大丈夫、そこは考慮してる」

 凪はいつも人目を気にせず、私がなんと思うかも気にせず、からかってきていると思っていた。だから、ちゃんとその点を考えてくれると言われて驚いた。それができるのなら、普段からしてほしかったけれど。

「…人に見られないところって、どこに行くつもり?」

「ん〜、内緒。千鶴はただ来てくれるだけでいいから」

「…わかった」

 相変わらずミステリアスな奴だ、と思いながらも、知らない場所に連れて行ってくれるということに少しワクワクしている自分もいた。行き先のわからないミステリーツアーみたいなものは、小さい頃から割と好きな方だと思う。世話の焼ける弟や幼馴染がいる影響で、周りから頼れる姉御肌タイプという認識をしてもらっているけど、自分にも子供っぽいところがあるなと、心の中で苦笑した。