「千鶴に、頼みがあるんだけど」

「な、なに。昨日のお昼休みに言ってたやつ?」

「違う」

「でもやだ」

「まだ何も言ってないって…」

「だって、どうせろくなこと_____「定期落とした」……は?」

 今、なんて言った?とんでもない言葉が聞こえた気がしたんだけど。

「定期、落とした。というか、失くしたって言ったほうがいいかも。気づいたら財布にもポケットにも入ってなかった」

「は!?ちょっとそれ、本気で言ってんの!?」

「冗談で言うと思うか?」

「はぁ!?嘘でしょ、信じらんない!あっ、まさか、また今日のお昼休みも、購買に行く時に教室の上に財布置きっぱにしたんじゃないでしょうね!?」

「ん〜…?覚えてない…けど、したかもしれない…?」

「こんのバカっ!!だから置きっぱなしにするのはやめてって言ったでしょ!とにかくほら、教室に落ちてるかもしれないから探しに行くよ!」

 さっきまでの空気とは打って変わって、今度は私が凪の腕を掴んで、凪のクラスへと向かった。
 定期を落とすということは、何ヶ月分かの通学費を失くすということで、お金を払った親に申し訳ないと思うべき行為だ。それに、定期がなかったら、現金を持っていない凪は帰る手段がない。歩いて帰るとなれば、片道何時間かかるか考えただけで恐ろしい。

「朝はあったの?」

「あった。ちゃんとそれで登校した」

「じゃあやっぱり、失くすとしたら昼休みじゃん。バーカ」

「……」

 返す言葉もないのか、ただでさえ口数の多くない何が押し黙った。少しは反省しろ、という思いで、凪を責めるように腕を掴む手に力を加える。『ちょっ、痛いんだけど』という声なんて聞こえてない。
 4組の教室に着き、凪の手を離して、とりあえず凪の机まで近づいてみる。パッと見た感じだと、凪の机の下には定期らしきものは落ちていないし、もっと言うと、教室の床には何も落ちていない。じゃあ机の中か?と思い、机の中を覗くために屈もうとしたとき、ぐいっと後ろから肩を引かれた。そして、耳元にあいつの気配が近づくのがわかった。

「う・そ」

「!?」

 耳元で囁かれたその2文字に、私はやられたと思いつつもばっと振り返って、すばやく凪との距離をとった。
 
「定期なんて落とすわけないでしょ。これないと電車乗れないんだし」

 そう言って凪がポケットから取り出したのは、私が使っている定期と同じデザイン、同じ名前、同じ経路の定期。それは間違いなく本物で、凪は失くしてなどいなかったのだ。私はまた、凪に余計なおせっかいを焼いてしまって、からかわれた。