壁に背を預けて、スマホを見るわけでも音楽を聞くわけでもなく、ただじぃっと空を見つめてるようだった。それだけなのに、無駄に絵になる顔をしていることにちょっとだけムカついたのは内緒にしておく。放課後になってからそこそこの時間が経っているから、流石にそこまで生徒が多いわけじゃないけど、凪を避けるように部活に行ってしまったということもあって、話しかける気にはなれなかった。そして、凪から遠いほうの玄関から出ようとその場を離れようとしたとき。突然、私のスマホが震えだした。

「わっ、びっくりした、何………あ」

「……千鶴」

 時既に遅しとはまさにこのことだなと、こんな状況でありながらも他人事のように、頭のどこかで納得した。チラリと手元のスマホに視線をやると、着信先はお母さんだった。

「…もしもし?なに、どうかした?」

『千鶴?良かった、出てくれて…。実は、お父さんが今日仕事先の飲み会に誘われちゃったみたいで、夕飯一緒に食べれなくなっちゃったみたいなの』

「え、そうなの?それはちょっと残念…」

 お母さんから言われた事実に多少なりともショックは受けたけど、私の神経のほとんどは今、目の前の凪からどう逃げ切るかを考えることに使われているから、そこまでで大きくはなかった。というか、今はそれどころじゃないと言うのが本音だ。このまま電話をしながら、凪の横をしれっと通ることができれば…と願いながら実行したけれど、その願いは凪が無言で私の腕を掴んだことで儚くも砕け散った。

『そのこと、千智にも連絡したいんだけど、あの子は中学校にスマホなんて持っていけないから、連絡手段がなくて…。だから絶対ショックを受けてごねると思うから、なんとかフォローよろしくね…』

「あ、あはは…そういうことなら任せてよ。千智の機嫌がどうやったら治るかなんて、もう知り尽くしてるんだから」

『本当にいつもありがとね。さすがお姉ちゃんだわ。それじゃ、気をつけて帰ってね』

「うん、わかった。じゃあまた」

 そう言ってスマホの電源を切った。お母さんの声が聞こえなくなった途端、現実に引き戻される。腕に加えられている圧力も、真横からの視線も、何一つ夢ではないのだと。

「な、なんなの?離して」

「離したら逃げるだろ」

「うっ…」

「今日の朝も勝手に行かれたし…」

「そ、それは部活の召集あったからで…っていうか、別に毎日一緒に行く約束してないし」

 正直、腕を掴まれているこの状況を誰かに見られるのはまずい。私は凪と視線を合わせないようにしながな、周りに生徒がいないか警戒した。