「あ、ありがとう真綾…。すっごく助かった…」

「ど、どういたしまして…。でも、本当にこれで合ってるのかな…。いいのかな…?」

「うん、大丈夫。本当にありがとね」

「う、うん…。千鶴ちゃんがそう言うなら…」

 音楽室の前で2人して息切れをしているこの様子は、傍から見たら何事かと思われてしまう。私はひとまず深呼吸を何度か繰り返して早急に息を整えた後、乱れてしまっているかもしれない自分の髪を軽く整えた。すると、真綾の髪型の少し乱れているところが目についた。

「真綾、髪乱れてる」

「えっ、うそ、どこっ?」

「ごめん、私が走らせるような状況作っちゃったから…。部活行く前に急いで整えるから、鏡のとこ行こう」

「ありがとう千鶴ちゃん…!」

 
 真綾を連れて近くの手洗い場まで向かう。真綾の髪を直してあげている間に、見知った顔の先輩たちが何人も通って行ったし、部長さんや副部長さんの姿もあったから、早めに行かないとミーティングが始まってしまう。私は慎重かつすばやく真綾の髪を直すために、全神経を指に集中させた。さすが、女子力の塊みたいな女の子のヘアアレンジは、一度崩れたら1から直さなければいけない繊細なものなのだと痛感しながら。

「よし、こんな感じでどう?」

「わぁっ、ありがとう!朝自分でやったときよりキレイにできてる!」

「そこまでうまくできたかはわからないけど…気に入ってもらえたなら良かった。じゃあ早く部活行こうか」

「うん!」

 髪型がキレイになるとやっぱり女の子には磨きがかかるのか、真綾の満天の笑顔がいつも以上に可愛らしく思えた。




*****




 そこから部活が始まって、パートを決めた後もそれぞれの練習に入ったので、結局いつもどおりの18時くらいに部活が終わった。これから自主練したい人は残ってもいいけど、そうじゃない私や一部の子たちはそそくさと帰る準備を始めていた。だって、早く帰らないと、お母さんのご飯できたてで食べれないし。それに、今日は確か千里もお父さんも帰りが早かったと思うから、せっかく家族全員でのんびり食事ができるチャンスなのだ。

「それじゃあ、お先に失礼します」

「「「お疲れ様でした〜」」」

「またね、千鶴ちゃん」

「うん」

 部員の先輩たちや、同じパートの子たちに挨拶して、練習に使っていた空き教室から出る。真綾は違う教室でパート練習をしているけど、多分もう少し残って自主練をしていくと思うから、一緒には帰らない。
 昇降口に着いて靴を履き替えると、外に立っている後ろ姿が見えた。それを見た途端、どきりと心臓が嫌な音を立てる。顔を見なくてもわかる。凪だ。