我が東京支部の畑。
畑にはトマトやキュウリやトウモロコシが沢山実っていた。
「収穫だ〜!」
「頑張るよ!」
畑の近くには三メートルの黒い柵が立っている。柵は施設(さっき私達がいた建物)を中心にして半径二キロ、直径四キロの円になって囲んでいる。
支部には畑や何故か魚が泳いでいる池があったり、、、。
そんなことはさて置き、一時間近く夏野菜を収穫していた。
収穫した夏野菜を 今週の炊事係兼オペレーターのミカに渡す。
「沢山取れたね」
「うん」
ワイワイ話していたら台所の奥から同じ戦闘員のカルトが来た。
カルトは夏野菜を見て、ひと言。
「多っ」
今年は大豊作だからね。
「まぁ、疲れただろ?今ミカと杏子の砂糖漬けを作ってるんだ。一緒に作るか?」
嬉しい誘いに私達は
「作る!」
元気に返事。
台所に入って杏子の砂糖漬けを作り始める。
杏子は日持ちしないから余ったやつは杏子飴にするみたい。
杏子飴、考えただけでもお腹が空いてきそう。
しばらくして作り終わり、私とサチとミカは図書室に向かった。
図書室には小説、詩集、漫画、専門本などが沢山置いてある。どれも旧時代の物だった。
どの本を読んでも、人が沢山いて、人口増加のことが書かれている物もあったので、本当に旧時代は栄えていたんだな〜と実感する。
私は漫画を、サチは医学書を読んでいる。そして何かをノートに書き込んでいる。
少し見せてもらうとそこには、薬の作り方、手当ての仕方などが細かく、かつ詳しく書かれていた。
(流石、治療員、、、)
専門用語を呟きながらノートに一生懸命書き込んでいるサチに感心していると、白髪の少年に話しかけられた。特戦員のハヤトだ。
「十四時に会議室に来てくれる?」
「会議?」
ハヤトはにこり微笑み、言った。「そ。遠征任務の打ち合わせ、というか隊員決めだね」
遠征任務とは三ヶ月に一度、他の地方に行き、生存者の保護やそこにいるリピットの討伐などを他支部と協力して行う。
戦闘員八名、特戦員一名、オペレーター二名の計十一名で向かう。
残りの戦闘員十二名は次回にご期待。
前回は青森県。
「今回は何処に行くんだろう?」
前回、私は行っていないので今回当たる可能性は十分ある。
「まぁ僕は言ったから、遅刻したらオリオンに怒られるから早く来なよ?」
、、、、、、、、。
、、、、、、、、、、、、、、、、それだけはご勘弁。
ハヤトは手を振り、図書室から出て行った。
「遠征任務の会議?」サチは医学書を読んでいた手を止め、私に聞いた。
「うん。今回は何処に行くんだろーね」
「でも、早く行きなよ〜」
「はーい」
時計を見るとまだ十三時過ぎ。まだ大丈夫。
その後、サチと話していたり、本を読んでいたら放送が鳴った。
『ルナ!今すぐ会議室に来い!!』
オペレーターの声ではなく、オリオンの怒声がスピーカーから聞こえる。
時計を見ると十四時二十四分。
サチを見ると静かにポンっと肩を叩いてきた。
仕方ないので重い足取りで会議室に向かう。
会議室に向かう途中、すれ違った殆どの隊員に「頑張れよ、、、」と、慰めの言葉をかけられた。
意を決して恐る恐る会議室に入ると、目の前に仁王立ちしたオリオンの姿。
その顔は地獄の鬼でさえも震い上がらせれるのではと思うぐらいの、黒い笑みだった。
後ろは扉、前はオリオン。頭の中で人生終了の鐘が鳴り響く。
「俺、ハヤトに頼んで『十四時に会議室に来い』って伝えてもらったよな?」
「はい、、、」
ヤバいヤバい、冷や汗が止まらない。必死に言い訳を考えているが、どれも上手くいく予感がしない。
その時、二人の神が降臨した。
「オリオン、そんな怒んなって。ルナだってちゃんと来たんだし」
「そーそー、オリオンはきっちりし過ぎなんだよー」
その神とは、双子でオペレーターのアサヒとユウヒだった。
「神様〜!!」
二人に抱きつくとオリオンは許してくれたのか、呆れたのか、ホワイトボードの前に歩いて行った。
私は空いてる席に座った。隣に座っている子にドンマイと言われたのには閉口した。
今から約二百年前、一つの厄災が世界を襲った。
とある科学者が作り出した化学物質が世界を暴落させたのだ。
その効果は、、、死んだ者を蘇らせれる。
それは確かに、リピットとして死んだ者も蘇らせれた。
リピットは自我をなくした死者。本能のままに人を襲い、襲われた人もまた、リピットになる。
命は無限に増え、人生は無限に奪われた。
そして、この元凶を作り出した科学者は『リピット対策本部』の地下に冷凍保存されている、、、と、風の噂で聞いたことがある。
会議の内容はハヤトの言っていた通り、遠征任務についてのことだった。
今回は三重県。
日程は二週間後。
オリオンが紙を見ながらメンバーを発表していく。
「リンドウ、マドカ、、、」
どんどん発表していく。
「ルナ、以上の八名に決定した」
ん?名前、、、呼ばれた?
放心状態のルナを鉛筆でつつくユウヒ。
「おーい、大丈夫ー?」
「あれだろ、ハヤトがいないから固まってんだろ?」
「、、、ハヤトいないの!?」
「あっ、起きた」
そんな、、、ハヤトがいないなんて、、、。
「生きて帰れる自信がない、、、」
呻きながら頭を抱えていたら「おい!」と笑いと突っ込みが巻き起こった。
「大丈夫大丈夫!!ボク達がいるから死なないって〜、心配性だな〜ルナは」
隣に座るリンドウが背中を叩いてくる。痛い痛い!!
そんな様子を見ながらオリオンは愉快そうに笑っている。何なら一番笑ってるかもしれない、、、。
笑いが収まると、オリオンは八名のメンバーに任務書を渡す。勿論、私も渡された。
「当日までに任務書に目を通しといてくれ、では解散!」
それを合図にみんなも席を立ち、会議室から出て行く。
後で任務書、読まないとな〜、、、。
何か予定があると月日が経つのは早いもので、気が付けば遠征任務当日。
護送車に乗り込み、三重県へ向かった。
初めは格子窓から外を眺めていたが、暇になってきた。
マットが敷かれた床の上で寝っ転がりながら推理小説を読むオリオンに文句を呟く。
「任務書を読み返したら?それか貸そうか?」オリオンは読み終わった一冊を私に見せてくる。
「えー、、、やだ〜」
移動中も任務書を読むなんて頭可笑しいとしか思えないよ、、、推理小説はよく分からないし。
周りの隊員は寝ていたり揺れる車内で将棋を指していたりしている。
「ルナ、暇なら俺とユウヒとトランプするか?」
アサヒの手にはトランプカード。
「えっ、やるやる!!」
丁度暇だったしトランプは好きなので大賛成。
トランプではババ抜きやハイ&ローをする。勝敗はアサヒが強かった、、、。
その後、アサヒとユウヒとトランプをしたり寝ていたら三重県に着いていた。
護送車の扉が開けられ、私達は外に出る。
建物は全壊か半壊が殆どであり、道路は舗装もされず土がむき出し、東京とほぼ変わらない風景だった。
自分の武器を受け取り、一斉に散らばる。
私の武器はライフルなので出来るだけ高い建物に移動し、組み立てていく。
組み立て終わった時、誰かに話しかけられた。「君、狙撃手なんだ」後ろを見ると花菖蒲の腕章を付けている女の子が武器を片手に立っていた。歳はあんまり変わらないと思う。
「三重支部の人だよね?」
「そーだよ〜!そう言う君は桜の腕章、、、東京支部だね?何してたの?」
私はその質問に答えた。「リピットは日没後にしか現れないから、、、日没待ちかな〜」空を見ると日没の時間、もうすぐだ。
女の子は「お互い頑張ろ!」と言い、何処かへ行ってしまった。
空が暗くなる。少し肌寒くなる。
リピットを見付け、素早く引き金を引いた。
三百ヤード先、二時の方向。考える隙も与えず絶命させる。
それから場所を転々と変え、討伐を続けていると悲鳴が聞こえた。民家の方からだった。
一目散に向かうと瓦礫の側で生存者が襲われそうになっていた。
ライフルバックを投げ出し、リピットに向かって駆け出した。顎と膝が打ちそうな程の勢いで。
歩道橋の階段を二段飛ばしで駆け上がり、片手をついて飛び越え、空中に身を投げ出す。
灰色の自動拳銃を抜き取り、リピットの頭上に銃弾を撃ち込んだ。
土煙が晴れるとリピットは消えていた。無事に倒せたみたいだ。
「あの、、、ありがとうございました」
生存者は三人の親子だった。父親は腕、母親は頬に擦り傷、子供は奇跡的に無傷だった。
「、、、この町は終わりだ。墓場に埋葬されていた死者達が急に蘇り、リピット化して町の人々を襲いだした。大勢が死んだ。その上、死んだら奴らの仲間入りだ。とても倒せるとは、、、」
護送車に向かう途中に言われた言葉だった。
「大丈夫ですよ、夜が明ければリピットは元の死体に戻りますから」リピットは夜しか現れない。逆を言えば昼は安全なのだ。
親子を護送車に連れて行き、それから一時間近く討伐を繰り返した。
それから私達は結果報告や生存者を保護してもらう為、三重支部に向かう。
執務室に入ると四十代ばかりの男性が椅子に腰掛けていた。
「この度は御足労、誠にありがとうございます」立ち上がり、深々と頭を下げた。
オリオンは淡々とした口調で話し出した。「生存者の保護をお願いします。怪我人は二十四名。応急処置などは此方でしましたが本格的な治療などは其方でしてもらえると幸いです」
「ええ。此方で保護させて頂きます。これからもお互いリピット全滅を目指して頑張りましょう」
支部長とオリオンは握手を交わした。
護送車に乗り込み、私達は三重県を後にした。
今日の夜ご飯は干し肉と桑の実。遠征任務に行く時はご飯などを持って行けないので、食事は大体干し肉か干し芋になる。
桑の実はおやつ的な感じ。桑の実以外にもナツグミもある。
「相変わらず硬いね〜」
「干し肉はこんなもんだよ」同じように干し肉を噛んでいるリンドウが言う。
早く美味しいご飯が食べたい。杏子の砂糖漬けが食べたい、桑の実は美味しいから好き。
東京支部に戻ったのは翌日の昼頃だった。
東京支部の地下にある訓練場をハヤトとルナが疾走していた。
暗く広い部屋を、ハヤトが駆け抜ける。金網を跳躍して越え、木箱を踏んで風のように移動していく。
その後方からゴム弾が襲いかかった。
空間を裂くゴム弾はハヤトの足元に着弾した。ハヤトは直前で跳躍しゴム弾を回避、何度もゴム弾が襲うが、その時にはもうハヤトは他の障害物に移動していた。
「待って、、、!」
後方から少女の叫び。
「待たないよ」
ハヤトが息ひとつ切らさない平坦な声で言った。
後方から、追跡者であるルナがゴム弾を何発か撃つが全ての攻撃をハヤトは首や体を傾け、あるいは木剣で軌道を変えて回避した。まるで見えない壁でもあるかのように、攻撃がハヤトまで届かない。
「これじゃ本番になった時、死んでしまうよ?」ハヤトは疾走しながら言った。
そもそも特戦員とは戦闘員の中でもずば抜けている人達のことだ。東京支部はハヤトを含め五人しかいない。
前方から投げた木剣がルナを目掛けて飛んでくる。
それを避けるように後ろに飛ぶ。だが、それは囮だった。
こうなることを予測していたハヤトはルナに容赦ない回し蹴りを食らわす。
訓練用の拳銃を取られ、ルナは床に座り込む。
そして息を切らしながらハヤトを見た。「流石、、、師匠、、、強いね、、、」
「何事も慣れだよ。僕自身はそんなに強くない」
絶対に嘘だ、とルナは思った。
訓練を終了し、二人は夜ご飯を食べに食堂に向かった。
カチカチカチと、時計の秒針が正確に時を刻む談話室でルナは報告書を制作、、、、否、睨みつけていた。
どれだけ睨んでも報告書は怯まない。それは遠征任務の報告書だった。睨み続けてかれこれ一時間半は過ぎている。
談話室にはルナ以外誰もいなかった。ただ一人、書きかけの報告書と戦っていた。
勝敗などは始めから目に見えていた。案の定、書類制作という強敵に良いように殴られてルナは白旗を何度も挙げている。
外は雨だった。久々に雷雨だった。
雨が窓を五月蝿く叩く。
「まだ起きてたんだ」
今日の夜間見回りのアサヒが懐中電灯を片手に言った。
「報告書が終わんない、、、、」声にならない声で訴える。
「今何時だと思ってるんだ?報告書は明日の昼までで良いから寝ろ」
ルナは視線を上げ、壁の時計を見た。古い飴色の振り子時計。
時計の針は午前零時十分を指していた。
「あー、、、、」
ペンを木で作られた筆記箱に入れ、書きかけの報告書をバインダーに閉じる。
「早く自室に行って寝ろよー。俺は給湯室で寝てるリンドウを叩き起してから寝るから」
「また寝てるんだ、、、、」
リンドウはよく給湯室に毛布を敷いて寝ている。自室で寝れば良いのにと思うが、リンドウにとっては快適らしい。
翌日、ルナが寝坊したのは言うまでもない。
今日はとある小学校での単独任務だった。
通常、最低でも二人以上で任務に行く。理由としては一人が窮地に追い込まれた時のサポートや、リピットとの戦いで亡くなった時の証言者になるからだ。だが今日は小学校という建物内であること、リピットの数が比較的に少ないということ、私が狙撃手ということもあり、支部長直々に単独任務を許可したという。
護送車で小学校へ行き、校庭や校内を探索する。四階建ての校舎は外壁の塗装が剥がれ、草木は伸び放題、窓は本来の役割を果たせない程割れていた。
四年一組と書かれた教室に入る。教室の壁には子供達が描いたであろう黄ばみ破れた絵が貼られていた。何枚かは埃を被り床に落ちていた。それを拾って埃を払い、教壇に重ねて置いた。
窓に近付き、黒に染まった空を見上げる。
今から此処は戦場になる。だたの学び舎が生死を分けた戦場となるなんて旧時代を生きた人々はそのことを何人が予想出来た?
校庭にはリピットが四体。月明かりで照らされているので撃ちやすい。
焦点を合わせ、脳幹を撃ち抜く。何度も何度も撃ち抜いていく。撃ち続けていくうちにリピットは消えた。
後は校内だけ、そう思った時、あることに気付いてしまった。
音が、気配が、しないのだ。
「動かないで」
澄んだ声がした。
近くにある窓の反射で状況を確認する。
背後にいる女性が短剣を私の首に当てている。銀色に鋭く尖った刃が喉を正確に狙っている。短剣を持った女性の手は震えていなかった。恐らく戦闘慣れしている、、、、そう確信した。
この女性には気配というものがなかった。民家に忍び込んだ鼠の方がまだ気配はある。
「、、、、何で私に短剣を向けているの?」
その問いに女性が静かに答える。「ルナさん、本部に来てくれませんか?本部長が少し話したいとのことです」その女性は完全な無であった。感情などを感じさせない、虚無な声だった。
短剣はすっと下ろされ、私の首は自由になった。後ろを振り向き、女性を改めてまじまじと見る。
黒いパンツスーツに身を包んだ女性だった。
長い黒髪をひとつに結わえた静かな女性。あまににも綺麗で、あまりにも感情が感じられなくて、生きた人形のようだ。
「私はアヤメ。本部長に使える情報員です」
情報員とは他支部との情報をやり取りする情報の運び屋。機密性で重要性の高い情報を管理する。言わば情報機関の管理者だ。殆どの重要情報は情報員を通して本部長に伝わる。
私の名前を知っていたのも予め調べたからだろう。
「良いけど、、、一応報告はしないといけないから」このままじゃ支部長が心配するので、護送車の運転手に「ちょっと本部に行ってきま〜す」と支部長に伝言を頼むように伝えると快く引き受けてくれた。
アヤメさんの護送車に連れられてやって来たのは栃木県にある『リピット対策本部』だった。