カフェからの帰り、丁重に断ったのに、「送っていく」とカフェの制服のままで枕崎さんが僕についてきた。
 僕は仕方なく自転車を押しながら、二人で並んで歩く。
 どこまで送る気なんだろう、というか、カフェには戻らなくていいのか?なんて、彼女のことを心配してしまう。
 何か話さなければと思うけど、枕崎さんも押し黙っているので、下手に話を振ることができない。

 と思った矢先、「少し話す時間をくれる?」と言われたので、たまたま通りがかった高架下の日陰に僕たちは腰を下ろした。

「あなたって、人生二週目だったりするの?」
「は?」
 唐突な枕崎さんの発言に、僕は意表を突かれる。
「だって、あんなことに気づけるなんて・・・」
「それって、誉め言葉として受け取っていいんですかね」
「うん、いいよ。見事な謎解きだった。本当に助かったよ、ありがとう」
 彼女が僕の目を見つめつつ、ふんわりと目じりを下げた笑みを至近距離で見せてくるものだから、僕は途端に自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。
 顔に血が上るのを自覚して、それを隠すようにトートバッグから本を取り出し、パラパラとページをめくって眺める。
「その本は何の本?」
 枕崎さんが本に興味を持ってしまい、慌てて「いや、単なる趣味の本ですよ」とだけ伝えてごまかし、急いでまたバッグに本をしまった。
 危なかった。
 人前で広げてしまったことに今更ながら後悔する。
 この本のことは、できれば誰にも知られたくない。それは、本のタイトルが「毒親に立ち向かうー支配から逃れるためにー」という、僕の事情を知らない人から見たらツッコミどころ満載の本だからだった。

「どの段階で真実にたどり着いたの?」
 目論見どおり、本から興味が逸れた枕崎さんに質問される。
「正直、僕も今日の段階でようやくたどり着けた感じです。やはり、顔立ちが似ていたことから全員の関係性が推測できたことが大きかったですね」
 自分が何と闘っていたのか分からないけれど、ぎりぎりの攻防だったと思う。

「私ね、いまだに一つ分からないことがあるんだけど、どうして全員が窓の外を見るタイミングが違っていたのかしら」
 彼女が首を傾げるので、あくまでも推測ですがと前置きして自分の意見を述べた。
「あの四人は、少女がスタジオに入るところと出るところ、ダンスしているところを見ていたのだと思います。どんな感情の違いがあるのかは正確には分かりませんが、全部を見ていたのが祖母、全部を見ようとしたけど恐る恐るだったのが父、ダンスをしているところのみが祖父、スタジオに入るところと出るところのみが叔母でした」
「うん、全部を見ていたいっていう祖母は分かる。恐る恐る見ていた父はなんでなの?」
「少女が今一番会いたくないのは父なので、気づかれないように一番気を付けていたのが父なのではないでしょうか」

「なるほどねぇ。じゃあ祖父は?」
「単に楽しそうにしているところだけを見たかったのかもしれません。美味しいところだけを食べたい心理というか。子育てと家事の大変な部分を妻に押し付けて、夫は楽しい育児である子どもと遊ぶことしかしてくれないっていう妻の愚痴は、育児漫画やSNSでもよく話題になったりしていますよね。それの孫育てバージョンなのかなと思いました」
「あなた、育児漫画まで網羅してるのね・・・」
 枕崎さんが目を丸くして僕に視線を投げてくる。
「いや、たまたまSNSやネットの広告で流れてきたのを見ただけですよ」
 そういった類の話は、ここ数年では特に珍しい話でもないように感じている。親の立場ですらない僕みたいな未成年が知っているくらいには。
 
「そうすると、叔母が一番分からないわ」
 彼女が渋い顔つきになる。
「これは、他の話よりも特に僕の推測の域を出ませんが、スタジオに入るときと出るときって、ダンスをしているときよりもこちら側に気づかれる可能性が高いですよね?そうだとすれば、叔母はむしろ父とは逆でバレたかった、つまり、少女に気づいて欲しかったのではないかと考えることができると思います」
「でも、そんなことしたら当然バレるじゃない。それによって困ることになるのは叔母でしょ?なのにどうして?」
「祖母の話から察するに、おそらく叔母と少女は姉妹のような関係性だったのだろうと思われますので、仲が良かったのでしょう。叔母からしたら、少女はお父さんには会いたくないかもしれないけど、私には会ってもいいと思ってくれているかもしれないという一種の期待を今でも持っているのかもしれません。だから兄とは違って私は困ることにはならないと思い込んでいるのだとしたら、辻褄が合うように思えてきませんか」