「はぁ、梅雨って嫌ね。鬱陶しいし、蒸し暑いし。あんたのその変な力で、雨を止めさせなさいよ」

 のっけから、とんでもない事を口走っているのは、何を隠そう裕子ちゃんです。私は普通の人間ですよ、変な力なんて持ってる訳ないでしょうに。
 アンニュイな雰囲気を醸し出しつつ、私のベッドを占領しています。本当に困った子です。

 美夏ちゃんは、朝からお出かけしてます。台風が来ると、お外でずぶ濡れになるのが好きという、変わった趣味を持っているようです。何と言うか、野生児を超越してますね。変な子大賞を差し上げたいです。
 
 因みについこの間に来た台風の時は、美夏ちゃんがお外ではしゃいでました。
 夜中に外で、ずぶ濡れになってはしゃぐ大人ってどう思います? 美夏ちゃんが濡れネズミみたいな状態で帰って来ると、お掃除の妖精さんが凄く嫌そうな顔をしてました。
 そりゃあそうでしょうよ。お掃除したばっかりの所を汚すなって、私でも思いますし。
 
 でも美夏ちゃんって、風邪をひいた事がないらしいです。体が合金で出来てるんでしょうか。弱っちい私と違って逞しさ満点ですね。

 雨と言えば、恵の雨なんて言葉もありますけど、私にとって雨は再会の時間だったりもします。雨雲と共に、世界を股に掛けて旅をする雨の妖精さんが、たまに会いに来てくれるんです。

 忙しい雨の妖精さんは、滅多に顔を見せに来てくれないです。なぜか小雨の時には遊びに来ないで、豪雨の時に限って遊びに来るんです。特に傘をさして見守るなんて、出来ないほどの台風みたいな日にね。超大型の台風なんかが来た時には、嬉しそうな笑顔で窓を叩いています。

 水の妖精さんと大の仲良しで、よくハグしています。ツンのないただのデレになった水の妖精さんを見る事が出来る、数少ない機会ですね。キャッキャとはしゃぐ水と雨の妖精さんは、と~っても可愛いですよ。
 小雨くらいなら、傘をさして見守るんですけど、豪雨じゃ流石にね。風邪をひきたくないですし。雨の妖精さんが遊びに来た時は、だいたい部屋の中から眺める感じですね。

 そんな時に限って、お邪魔虫が来訪するってもんですよ。それでもって無粋な事を言うんです。

「あ~、もう! いきなり降って来るなんて聞いてないわよ! うっとおしい雨ね!」

 ほらね。

「シャワー借りるわよ。その間にご飯作って起きなさいよね!」

 やっぱね。
 実はこれが、一時間前の我が家です。せっかく私が気分よく遊んでいる水と雨の妖精さんを眺めていたのに、それこそ水を差された気分です。ご飯を食べた後で裕子ちゃんは、私のベッドに横たわって漫画を読み始めました。

「自分の部屋に帰れば良いのに」
「なんでよ! 居ちゃ悪いの?」
「いや、別に良いんだけどさ」
「そういうあんたは、何してんのよ。窓の外を眺めてニヤニヤして、気持ち悪いわね」
「気持ち悪いって……」

 裕子ちゃんにだけは言われたくないです。大食いのわがまま星人め!
 ガサツだから彼氏に振られるんだよ。妖精さんも、子猫達にも懐かれないしさ。

「裕子ちゃんには、優しさが必要だと思うよ」
「はぁ? 優しいじゃない、あんたには特にさ」
「きゃー、ちょっと裕子ちゃん。待って、やだ。いひゃい、やめれ。やめれよ、ひゅーひょひゃん」

 両方のほっぺを、思いっきりつねられました。さっきまでベッドで横になってたくせに、何その俊敏な動き。馬乗りでほっぺをぎゅーですよ。裕子ちゃんに押し倒されても、嬉しくないです、グスン。

 私はほっぺをさすりながら、妖精さんを見て癒されるんです。そんな私にミィがスリスリしてきました。君も良い子だね。
 
 雨と水の妖精さんは、特別な事をしている訳ではありません。おしゃべりしたり、追いかけっこしたり、踊っていたりです。
 飽きないかって? 飽きないんでしょうね。大の仲良しですし。私も見ていて飽きませんんよ。
 だって楽しそうですし、嬉しそうですし。たまにこっちを見てニコッて笑うんです。それがもう、たまりませんね。

 まぁ確かに外を眺めてニヤニヤしてたら、ちょっと変な子かもしれませんね。でも、いいじゃないですか。だって自分の部屋なんだし。人目がある場所では、こんな事はしませんよ。当たり前ですよ、私だって理性ってのが有るんですよ。

 裕子ちゃんがお邪魔なんです。自分は気ダルそうにしながら、マンガ読んでるくせに。裕子ちゃんの様子をチラ見していたら、急に立ち上がって部屋を出ていきました。
 そしてビールの六本パックと新しい漫画の束を持って、裕子ちゃんが再び現れました。ビールをプシュって開けると、喉を鳴らしながら飲んでます。ベッドで寝ころびながら漫画を読んで、おまけにビールってどこの誰さんですか?

「ねぇ。ここ私の部屋だよね」
「そうね。だから何?」
「いや。何で私より裕子ちゃんが寛いでんの? 部屋の主は私だよ。裕子ちゃんのお部屋は隣だよ」
「そんなの知ってるわよ。別に良いじゃない。悪い?」
「まぁいいけどさ。そのまま寝ちゃうのは、止めてよ」
「馬鹿ね、寝ないわよ。明日は休みなんだし」
「私が眠くなったら、ベッドからどいてよ」
「あ~はいはい。どくわよ。任せなさい」
「ほんとだよ。私は床で寝たくないからね」
「もぅ、うっさいわね。ちょっと黙ってなさいよ! 今いい所なんだから!」

 聞きました? やりたい放題ですよ。だってこの間は、裕子ちゃんが飲んだくれて、私のベッドで寝ちゃったんですよ。私は仕方なく床で寝たんですよ。何て子なんでしょう、まったくもう。

 結局それから直ぐに裕子ちゃんは、寝ちゃいました。裕子ちゃんが寝ちゃった後で、美夏ちゃんが泥だらけになって帰ってきました。

「ただいま~! 川で遊んでたら流されかけたよ~!」
「は? 大丈夫だったの?」
「平気だよ。ぼくは泳ぐの得意だし。鮭にだって負けないよ」

 いや、何と勝負してるんでしょうね、この子は。とりあえず、美夏ちゃんをお風呂場に放り込みます。水の妖精さんが、雨の妖精さんと遊んでいるので、普通にシャワーを使ってもらいます。

 美夏ちゃんがシャワーを浴びている間に、お掃除の妖精さん達が大忙しで泥汚れを綺麗にしてました。察しの良いお料理の妖精さん達は、リクエストが来る前に支度を始めます。妖精さんってば、環境適応能力が高すぎやしませんか?

 美夏ちゃんと言えば、「ふ~ぅさっぱり~」って言いながら、出来たばかりのご飯を食べて、ごろ寝しちゃいました。
 うん、わかってた。予想通り過ぎて、何も言う事は有りません。美夏ちゃんが帰って来てドタバタしていたのに、裕子ちゃんは目を覚ましません。

 モグとペチが美夏ちゃんによじ登ろうとしてます。遊び相手を取られた火の妖精さんは、少し寂しそうです。お掃除の妖精さん達は、黙々と笑顔でお掃除してます。お料理の妖精さん達は、集まってお料理の研究会みたいなのを開いてます。 
 他の妖精さん達も各々、好きな事をしてるみたいです。私はと言えば、窓の外を眺めて楽しんでます。  
 
 何だかんだで日常は忙しないです。ですけど、雨の日にこうやってゆったり過ごすのも、良いもんです。なんだか、凄くゆっくり穏やかに、時間が過ぎる感じがします。
 可愛い雨の妖精さんも訪ねてきてくれますし。雨の日は大好きです。