東京に上京してから、私は家事をまともにしていません。何故なら、妖精さん達がやってくれるからです。
 
 これは最初に説明しておかなきゃなりません。妖精さん達は、楽しい事が大好きなんです。そして、これが一番大切な事なんですが、妖精さんは年中遊んで暮らしている訳では無く、とても勤勉なのです。
 妖精さん達にはそれぞれ持っている役割の様な物が有り、日々頑張ってこなしています。そして、それぞれ持って居る役割を果たしている時が、妖精さん達にとって一番の至福の時間の様です。
 
 中でも特に勤勉なのは、お掃除の妖精さんです。私の暮らしているワンルームのアパートには、お掃除の妖精さんが三人暮らしています。ただ、何故なのかと聞きたいのが、この子達はメイド服を来ているんです。

 いや、可愛いですよ。ちっちゃいメイド服を着ている子達が、うろちょろしている様子を想像してみてください。鼻血が出そうになるでしょ? えっ、ならない? そりゃあ勿体ない。

話はそれましたが、お掃除の妖精さんって昼夜を問わずお部屋をピカピカにしてくれるのです。

 正直助かります。だって、私が寝ている間に部屋はピカピカにしてくれて、ゴミを出し忘れても妖精さんが捨ててくれるんです。おまけに、シャワーを浴びて浴室を出た瞬間に掃除が始まり、湯垢が綺麗に無くなっています。

 正直な所、私は一人暮らしを始めて、棚に埃が積もったのを見た事が有りません。もちろん掃除機は、両親が買ってくれました。ですが使ってません。
 楽です。助かります。一家に一台、いや一家に一人お掃除の妖精さんが居れば、どんなずぼらな家庭でも、お家がピカピカになると思います。

 でも私は、このまま妖精さんに任せて、家事の出来ない女になって良いのでしょうか? いや、良くない!
 そしてある休日の朝、私は決心してお掃除の妖精さんに言いました。

「私が掃除するよ。妖精さん達はたまには休んでて」

 そういった瞬間、お掃除の妖精さん達はつぶらな瞳に涙をいっぱいに浮かべて、私を見上げました。
 うわっ。泣きそうになってる。何故だろう、この凄い罪悪感は。取らないよ。あなた達の役割を取ったりしないからね。でもね、私の家事スキルもね。わかるでしょ?
  
「あのね、私が将来掃除が出来ない女になったら困るでしょ? だから私も掃除するよ」

 お掃除の妖精さん達は、首を傾げます。そして、三人が円陣を組み、何やら話を始めました。やがて、話し合いが終わった様で代表の一人が前に出ると、とても良い笑顔でサムズアップし、黙々と掃除を始めました。

 あれ? なんか伝わってない気がする! 私は妖精さん達をじっと見つめて、問い返します。

「たまには私も掃除するけど、良いよね?」

 妖精さん達は、可愛い手を胸の前で交差しバツを作ります。
 
「いや、何でよ。あなた達の役割を取ったりしないよ」

 妖精さんは首を傾げてから、ジェスチャーを交え口をパクパク動かしました。

 はい。伝わりました。何故だかはっきり理解しました。この子達は、私がお嫁に行っても着いて行くから、掃除は自分達に任せろと言ってたのです。
 あぁなんて安心感。これで一生掃除から解放されるのかしら。もういっその事、妖精さん達にお任せして、いやいや、それでは家事出来ない女まっしぐらです。

 彼氏が出来た時には、部屋を掃除してあげたりなんて、ウフフ。そう、挫けてはいけない。私は、心の中で呟きました。目指せ出来る女! 下心? 良いじゃない! どうせ恋って漢字には下に心が入っているんだから。

「あなた達の言い分はわかった。なら、掃除の仕方を教えて下さい」

 私は、掃除の妖精さん達に土下座を敢行しました。そして妖精さん達は、私の頭をポンポンと叩きます。

「わかってくれたの?」

 私が頭を上げ妖精さん達を見ると、妖精さん達は三人で仲良くサムズアップをしました。私は思わずガッツポーズをしました。きっと、いや、今度こそ伝わりました。
 三人の妖精さん達は一斉に腕を組んで、鼻息を荒くしています。これは『見守ってやるぜ!』って事よね。頑張るよ、期待に応えるよ! これで出来る女に一歩近づく!

 しかしこれが後で後悔になるとは、この時は思いませんでした。妖精さん達のお掃除は、決して謎パワーで行っているのでは有りません。出るは出るは良くわからない豆知識。流石は妖精さんだけあって、掃除方法はエコ満載でした。

 そりゃあ私だって、埃は棚の上から落として、最後に床を掃除する位は知ってますよ。でも妖精さん達は、もっとも~っと徹底してました。
 窓や桟の吹き方、埃の落とし方、床の吹き方、浴槽の洗い方、便器の掃除、何から何まで手を抜く事は有りません。

 食器棚やら何やらを色々動かして、端から私は汗だくになりました。そしてはたきを使い、粗方埃を落とした後は吹き上げです。
 でも、こんなのはまだまだ序盤に過ぎないんです。以前お掃除の妖精さん達にせがまれて買わされた、『重曹』を使って洗浄液を作ります。そして届かない天井を台を使って磨きます。妖精さん達は飛べるけど、私は飛べないからね。
 いつも棚で隠れている壁、棚の上から棚の中、窓や桟、勿論エアコンも、部屋中隅々まで丁寧に磨きあげて行きます。

 換気扇は小麦粉を振りかけてから暫く放置し、お湯で流します。お風呂場の湯垢は、これまたせがまれて買わされた『クエン酸』で洗浄液を作り、ひたすら磨き上げます。とにかく、石鹸カス等が一切残らない様に、徹底的に磨き上げるのです。
 勿論トイレも便器もピカピカに磨き上げました。「大掃除か!」と言いたくなる程の徹底ぶりに、私はへとへとになりながら思わず呟きました。

「これだけの事を小さい体で良く毎日やってたわね」

 掃除はこれだけでは終わりません。床のワックス掛けが待っています。

「こんなのいつ作ってるの?」
  
 私が妖精さん達に聞いたのは、妖精さん特製ワックスでした。何でも、柑橘類を煮詰めた液だそうで、これを使い徹底的に床を磨き上げます。床のワックス掛けが終わり、棚やらを元に戻しもう一度床の埃を取ってようやく終了です。

 確かにね。私はまだ二十歳だし、体力は有るつもりです。でもね……。
 
「したっけ、朝から始めてもう真っ暗じゃないしょや~!」
 
 お掃除妖精さん達に取って、掃除は楽しい事なのです。生きがいみたいなもんです。私が手を抜こうとすれば、涙目で訴えてきます。疲れて休もうとすれば、もっと遊ぼうと言わんばかりに私の周りを飛び回ります。
 今日は私と一緒に掃除が出来た事が凄く嬉しかった様で、何時もより元気に私の周りをクルクルと飛び回っていました。

 ごめんね、お掃除の妖精さん達。あなた達と一緒に掃除をするのは、年末に一度で充分だわ。私は心の中でそう呟き、日々の掃除を妖精さん達に任せる事に決めるのでした。