明日香さんからこっそりウィンクを飛ばされ、姉ちゃんとの言い合いに対する気が抜けた俺は、しばらく頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。
 姉ちゃんと明日香さんは、相変わらず抱き合ったまま、ぐふぐふとなぜか鼻を鳴らしながら、お互い幸せそうな顔をしている。

 その後、彼女のお父さんが運んできた飲み物のうち、俺の頼んだアイスコーヒーだけが乱暴にテーブルの上に置かれて中身が多少こぼれたのは、多分見間違いではなかった。
 だいぶ嫌われてんなあと思わなくもないが、それも仕方がないと思い直す。
 それだけのことをした自覚はある。
 父子家庭だと聞いた明日香さんのお父さんにとって、彼女は大切な一人娘だから。
 俺はその一人娘を妊娠させた最低最悪な男なのだろう。
 
 姉ちゃんが頼んだメロンフロートに乗っているバニラアイスを、明日香さんと姉ちゃんがはしゃぎながら、スプーンを二人で交互に持って食べさせあっている。
 俺はその様子を見ながら、ストローでアイスコーヒーを吸い込んだ。
 苦い。
 思わず顔をしかめる。
 というか、とにかくコーヒーが濃い。濃すぎる。
 喫茶店のマスターは、俺においしいコーヒーを絶対に飲ませないという至上命題でも持っているかのようだ。
 まあ、それでもいい。
 たとえ彼女のお父さんに嫌われようとも、彼女に嫌われなければ問題ない。

 俺のしかめ面が視界に入ったらしく、心配そうに明日香さんがこちらに目線を寄こしていた。
 大丈夫だよ。
 心配には及ばないから。
 かぶりを振り、彼女に笑ってみせた。
 もう少し氷が溶けて薄まるのを待ってから残りを飲み干そう。
 グラスの外側に付いていた水滴が一斉に手に移って手のひらがびっしょりと濡れたので、ポケットに入れているハンカチを取り出そうとしたら、河川敷に行く直前に慌てて突っ込んだホテルのレシート用紙と使用後に余った正方形の個包装が指先に触れた。

 姉ちゃんを見る。
 何も知らないまま、嬉しそうにメロンソーダをストローで吸い込み、勢いがつきすぎて炭酸でむせていた。
 俺は姉ちゃんのことを可愛いとは思わないけど、むしろわがまま自己中心的バケモノと思っているけれど、いつまでもこのまま俺たち三人の中心軸にいてほしいと思っている。

 明日香さんの好きな人である姉ちゃんを大事にするのは、俺にとって自然なことだ。彼女が姉ちゃんを好きである部分も含めて、俺は彼女のことが好きだから。
 変な考え方かもしれないが、明日香さんの視線の先に俺と同じ遺伝子を持つ姉ちゃんがいるという事実は、全く知らない他の誰かがいるよりもずっとマシだと思ったし、むしろ安心感すらあった。それは、俺と一緒にいてくれる明日香さんが、彼女が意識していない水面下のところで、俺と姉ちゃんに共通する遺伝子の何かに彼女が惹かれているのではないかと考えることができたから。
 それは、俺が明日香さんを好きでいることを彼女自身に肯定してもらえている気がするのと同時に、彼女が俺と一緒にいてくれる理由でもあるかもしれないと感じ、どこか救われる心地がするのだ。

 世界は姉ちゃんを中心に回っている。
 昔からそうだった。それが当たり前だった。
 だからこれからも同じようにずっと。
 誰にも何にも遠慮をしないで。
 そのまま真っさらでいてほしい。
 今知らないことは知らなくていいから。
 
 後は俺が何とかするから。