なんでいるかなぁー?
 私はがっくり肩を落としながらも、それでも二人を無視して喫茶店に向かうことはできなかった。

 そっと気配を消して二人に近づく。
 弟の自転車の近くで立ち止まり、二人から見えない場所で様子をうかがうことにした。

 君たちさ、デートで河川敷って、今どき中学生じゃないんだから。
 自転車がここにあるってことは、デートの場所ってお互いの自宅の付近かい!
 もっとオシャレな都会に行かんかい!
 これは、帰宅してから弟を説教しないといけないな。

 私は、乙女心をあまり理解していないように見える弟に対して、心の中で総ツッコミをしてしまった。
 それはそれで置いておくとして、二人の会話に耳を澄ませる。

「じゃあ、今の部分を、もう1回冒頭からやるね」
「うん、もう1回ね。はい、3、2、1、スタート」

 弟が原稿を手に持って、朗読を始める。
 ん?
 これは・・・もしかしてコンテストの練習では?

 二人の様子をよくよく見ると、弟は原稿を見つつ朗読をしているし、明日香はスマホのストップウォッチ機能で時間を計っているではないか。
 信じらんない。
 デートってコンテストの練習かよ。
 君たち、全然色気・・・づいてないな?
 
 私は、二人の様子に半ば呆れつつも、安心した気持ちになって、コンテストの練習を見守った。
 
「はい、終わり!うん、今回は制限時間内だったよ。いい感じじゃない?」
 明日香が弟に話しかける。
「そうかも。速度を調整したらこの部分でも全然いけるな。
 よかった、こっちの方が表現好きなんだよね。明日香さん、ありがと」
 嬉しそうな声で弟が彼女にお礼を言う。
「ううん、悠人くんならできるって思ってたよ」

 明日香はそう言って、弟の右頬にチュッと軽いキスをした。
「えっ、あ、もう・・・明日香さんってば」
「うふふ、悠人くん、可愛い」
 二人は頬を赤くしながら、一緒に照れていた。

 弟が、持ってきていた「天然水」と書かれたペットボトルの中身を口に運ぶ。
 じっとその様子を見ている明日香に気づいた弟が「飲む?」と聞く。
「うん、飲みたいな」

 彼女がそう答えると、弟は再びペットボトルの中身を口に含み、飲み込まずにそのまま彼女の唇に自分の唇を重ねて、口内の液体を彼女の口内に流し込んだ。

 明日香は明日香で、弟から流れてきた液体を自然と受け入れ、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。

 お互いが唇の柔らかさを堪能するかのように、何度もゆっくり唇を吸いながら離した後、明日香が上目遣いで弟に甘やかな笑顔を向けた。