家から河川敷までの距離は約十五分。
 といっても途中に坂はほとんどないので、そこまで体力を使わずに行けるいい場所だ。

 大人もちょうど今は勤務時間だからか、いつもは人通りが多い道路にもおばさんがちらほら見えるくらい。
 もともと田舎寄りの町だからか、下校時刻よりずっとのどかなあたたかい空気が漂っている。気温のせいとかじゃなくて、町を包む雰囲気がだ。

 見飽きるほど毎日通っている道なのに、時間帯が違うだけで映るものすべてが新鮮に感じる。

 ゆったりと自転車を漕いでいたのに、いつもの河川沿いの道に出るのはあっという間だった。
 水がサラサラと流れる音が、普段よりもよく聞こえる。
 お気に入りスポットの高架橋地点へ到着して、自転車から降りる。


「ここにひとりなのは、それこそ久しぶりかもな」


 呟きながら石畳の影部分へ移動すると、騒がしい彼女がいないことに違和感を覚えてしまった。
 俺が風邪を引く前日は、彼女が来るまでは喧嘩のことで頭がいっぱいだったため、違和感に気づけなかった。

 もともとは今みたいな静かな時間が好きだったのに。
 たったの二日で、賑やかさに染められてしまった。


「陽キャ、恐るべし」


 同じ人間でも、俺とは性質が真逆に位置するような生き物なのだろう。佐伯は。
 周囲のひとたちを、明るくて眩しい彼女の色で塗りつぶしていく。

 天真爛漫で、自分自身を隠さない。

 そのことで起こす言動を〝空気が読めない〟と呼ぶのだろう。
 俺だってそのことで痛い目を見たし、ずっと苦手だと思っていた。今だって少ないながらも苦手という感情は抱いたままだ。

 それなのに、なんだろう。

 どんなひとにでも満開の笑顔で接し、自分自身を偽らずにいる。
 そんな彼女をシンプルにかっこいいと思っている俺を、今この瞬間にはっきりと自覚してしまった。

 俺には到底真似できないまっすぐさに、河川敷で出会うよりも前からずっと、どこかでは憧れていたのかもしれない。


「本人には絶対言えないな……」


 笑い混じりに呟いた言葉は生ぬるい空気に紛れて見えなくなる。

 そうだ。やっぱり俺はこんなくだらないすれ違いで疎遠になんてなりたくない。
 佐伯とも、涼成とも、純矢とも。
 ちゃんと話して、本音で話せるような仲になれるように努めたい。


「――――よし」


 地面に手をついて立ち上がる。
 その拍子に膝からうえが太陽光によって照らされて、突然の光に目を伏せる。
 瞼に赤橙色が映されて、目をつぶっているのになんだか眩しい。

 腕を目の前にかざして影を作ってから、ゆっくりと目をひらくと、何度も見てきた河川が映った。
 透明だな、と今更ながらに思う。
 水面で反射した光の粒は、太陽にも引けを取らないほどに白く輝いている。

 帰るか、と左足の向きを変えた。
 河川敷に到着してから五分も経っていないけれど、これはこれでいい。

 家に帰ったら、まず佐伯から借りたミステリ小説を読もう。ずっと楽しみにしていたのだ。読むならいましかない。

 自転車へと踏み出した足取りは、ここへ来たときよりも、ずっと軽い。