広い森林地帯を抜け、その先をさらに北上すれば氷原と続く境目――ステップ地帯にそれは鎮座していた。

 本当に人工物なのかと目を見張る巨大さだった。
 渇いた風を受け、背の低い草が絶え間なく揺れるその土地で、それは異様な存在感を(かも)していた。
 暗褐色の尖塔の頂上、鐘楼(しょうろう)のようなものが取り付けられているのを辛うじて視認できる。


 その塔の内部へと侵入を果たすだけでも、かなりの困難を要した。


 外周に、鬼火のような光の塊が漂っている。
 そいつらはやたら攻撃的で見境なく、近づくものに突進しては――なんと爆発する。意思を持ったエネルギー体らしい。
 月明かりが雲に隠れるのを待って、ウィスプと呼ばれるそいつらをやり過ごす。

 内部は内部でこれまた厄介の連続だ。

 岩石を粘土で繋げたような巨人が徘徊している。
 こいつらは攻撃的でこそなく、見ようによってはデカさの割にずんぐりした背格好などの愛嬌もある。
 だが通路の前などにその図体で座り込むので非常に邪魔だ。
 相手が気まぐれで移動してくれるのを待つしかなかった。

 蛇とも魚ともつかない奇体な生物が壁の内部を潜航している。
 目や鼻は存在せず、深海生物のような見た目だ。その習性も酷似しているらしく、音と光に寄って来るようだ。近づき過ぎると奴らは石壁から牙を向いて飛び掛かってきた。
 そいつらの移動先にも配慮する必要があった。

 天井から垂れ下がっている深緑の(つた)のようなものも実は生物で、その触覚のみの軟体生物は不用意に触れたものを見境なく捕らえようとする。
 その悪食っぷりを利用し、石ころ(など)を投げつけて道を切り拓くのだった。

 細心の注意で少しずつ塔の階層を昇っていく。
 おそらく、ゲアルトが居るとしたら最上階だという話だ。

「せめて空を飛べたなら、一息で最上階まで行けるのにね」

 安全を確認した奥詰まった小部屋で、何故か非難がましく俺を見遣るロゼ。

「え、なに? 俺が悪いって話?」
「だってアンタ、古竜種のくせしてブレスも吐けない。天候も操れない。挙句、飛ぶ事すらまともにできない。ただ頑丈で大飯食らいなだけじゃない」
「そもそも契約とかを交わしてない俺が、善意で君に同行してるって事をお忘れでない?」
「それは、だから……その事は本当に助かってるわよっ」

 まったくもう、油断するとすぐポンコツる。

 そもそも俺が飛べないのは胴体に対して翼が貧弱過ぎるが故だ。
 その構造が究極に軽量化されている鳥とかと違って、航空力学的に不可能なんだもん。
 まだ幼体に属するからだろうかとも思うが、ママンもママンでその翼と胴の体積比はそんなに(はだ)かっていなかった記憶。
 あくまで俺の世界での物理法則と照らし合わせればだが、空を飛ぶためには翼竜であるプテラノドン並に大きなのが必要だろうに。


 塔内にはいくつか侵入者の形跡があった。
 ゲアルトがやって来た時のものか、あるいはロゼの師匠レオノーラさんがここまで辿(たど)り着いた証か。

「ロゼの師匠さんって、相当な使い手だったの?」
「当たり前よ。稀代の天才って呼ばれてたらしいんだから。他人には考えも及ばないアプローチで〈呪文(スペル)〉の神髄(しんずい)を理解したって言ってたわ。格式ばっているギルドの連中には、その所為(せい)で印象が悪かったんだって」
「そんな達人でも歯が立たないのか……」

 俺のその一言に、ロゼは膝頭(ひざがしら)に額をつけてしまった。
 不安な心を(だま)し込んでここまで来たが、それとて危うい均衡なのだ。
 無理にでも尊大に振る舞って紛らわそうとするぐらい。


 その時だった――

 ふと皮膚に違和感を覚える。
 ピリピリとした、静電気にやられたような感覚。
 塔内の空気そのものがざわりと震えているようだ。
 明らかな異常――その確信めいた予感にか、俺の体が勝手に身震いをする。

「ロゼ……!」

 四つ足で立ち上がり尖った声を飛ばす俺に、彼女もはっと顔を上げた。

 強張った面持ちを維持したまま、俺達は様子を探るべくして部屋を後にするのだった。