明くる日、俺達は朝の市場へと足を運んだ。

 二日目という事もあり、未だ俺はこの街のエキセントリックな様子に口をあんぐりで鼻先をきょろきょろな状態。
 ロゼに言わせればここは何の変哲もない田舎街らしいのだが、やっぱり俺にとってはわくわくが止まらない光景の連続でしかない。

 最強の魔物使い(ビーストテイマー)に俺はなる! まあ、俺がそのテイムされる側の魔物(ビースト)なんだけど。
 
 市場と言っても客層はどう見ても主婦じゃなかった。――いや、この世界の主婦が巨大な単眼の鬼や翼の生えた獅子を常に従えてるってのなら話は違ってくるが。
 まあ、言ってしまえば(まさ)術者(テイマー)たちだ。
 売ってる物も人間用の食糧などではないらしかった。

 そんな朝っぱらからの百鬼夜行を終え、人気(ひとけ)がないのを確認してから、俺は昨日から感じていた疑問を前を歩くロゼに小声でぶつける。
 ちなみに人前では言葉は喋らないようにしている。
 ドラゴンというだけでもかなり珍しいのに、さらに人語を理解する魔物――即ち古竜種(エンシェント・ドラゴン)――であると知れたら、〈呪文(スペル)〉の学術的権威である連盟(ギルド)が動く事態にもなるらしい。
 そうなると厄介だという話で、ロゼからきつく制限をされた(よし)

「あのさ、ロゼ――昨日も思ったんだけど俺を連れ回して歩くのって、単に自慢?」 
「そ、そんなわけないでしょ! これも作戦の一環だから!」

 期待した通りのポンコツな返答に面食らう。

 どうやらドラゴンと契約者になるという事は、本当に術者冥利(みょうり)に尽きるスティタスらしい。
 実際、俺の同族らしき姿はこの街ではとんと見ない。
 鶏冠(とさか)の生えた大きい蛇っぽいのはいたが、俺が近づくと向こうは委縮してしまった。友達作りにとても難儀しそうな予感だけを貰った次第。
 そして道行く人々はロゼを羨望や驚嘆の眼差し見つめている。
 街中の視線を一心に浴びている訳だ。

 作戦の一環とか言っていたが、結局は今日一日を街中散策だけで終える。

 ロゼは終始、一般人や術者らしき相手に俺を見せびらかし「フフン!」とドヤ顔マキシマムだった。――本当は契約を果たしてないんだから一人前の術者でもないくせに。

「仇討ちと人質奪還で切羽詰まってるって事態なのに、こんな事してていいのかな」

 小屋へと戻る街路、そんな本音が思わず漏れでる。
 
「あたしだって一刻も早くあいつの息の根を止めたい。でも、しょうがないじゃない……あいつの居場所どころか、お姉ちゃんの手掛かり一つだって無いんだから……」

 振り返っては意気を荒くするロゼ。
 それが今直面している一番の問題であり、彼女を今そういう風にしている理由だ。

「お姉さん――ティゼットさんだっけ? 彼女は逃げ出そうとか連絡をよこそうだとかできない状態なのかな?」 
「分からない……。あの冷酷な男の元で、お姉ちゃんがどんな目に遭ってるか……それすら分からないんだもの」

 ロゼは俯き、足を止めてしまった。
 またどう言葉を掛けていいのか――俺はともかくその背中を鼻先で(つつ)く。

「ごめん、ロゼが精一杯やってるのは俺ちゃんと知ってるから」

 











 その後も、無為に日は過ぎていく。

 ロゼは昼間は街を練り歩き、まるで(しらみ)潰しのように町の術具店――術者関係の人間が集まる店――や酒場などを巡って情報収集をしていた。
 夜は夜で、これまで程の無理な夜更かしこそしなくなったものの、それでも時間の許す限りといった風に〈呪文〉の勉強に励んでいた。
 やはり傍目からすれば無理を強いているのは一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)だ。

 けれど、そうでもしてないと()え切れないのだろう。


 そんな日々の折、ついに光明が差す。


 ロゼは師匠さんが残してくれた術具類を有るだけ金に換え、それで街の情報屋を大勢雇って回っていた訳だが、その一人がようやくの事で〈魔闘士ゲアルト〉の所在を掴んで生きて戻ったという。

 彼女は、ずっとこの報せを待っていたのだ。

「――〈アウレンの鐘塔(しょうとう)〉よ!」

 声高にロゼがそう叫んだ。

「それは?」
「大賢者ジェノスの弟子の一人アウレンが建造した巨大施設。内部には様々な精霊を呼び寄せる装置があるらしいの。お陰で、術者の修練の場として広く知られているわ」
「そこに件のゲアルトが? 随分、有名所に潜んでたんだな」
「知名度はあるけれど、今は寄りつく者はあまりいないわね。アウレンの死後、統制が取れなくなった凶悪な精霊達でごった返してる話だから」

 難関ダンジョンってやつか。
 そんな中に隠れ住めるとは、やはり一筋縄ではいかない相手だろう。

「準備は、もう万端?」

 神妙に頷いたロゼ。
 ――けど本当は、万全の態勢で臨むべくもない。

 結局、最後まで契約の儀式は成功しなかった。
 俺としてはもう彼女にこれ以上にないくらい同調している気なんだが、魂の格とやらがそぐわないらしい。
 人間とドラゴンではそこまで掛け離れた存在なのか。
 あるいは、この世界で正真正銘の「異端者」である俺の存在に(ちな)む所が大きいのか……。

 だが例えそうであっても、俺はこの子の力になりたいと本気で願っている。

「ねえ、ロゼ、聞いてほしい事があるんだ」
「どうしたのよ、そんな改まって……」

 俺はこれまで見てきた世界とこの俺自身との相違――それを利用できないかと考え(あぐ)ねいた。
 そして、試すべき価値のある一つの事柄に気がついた。

「一つ、俺から提案がある」

 その少女の切なる決意に、ちっぽけなこの自分はどれだけの援《たす》けになるだろうか。
 ただ、湧き上がるもの――堪え切れないものが、俺の中にあったんだ。