異世界ハーブ店、始めました。〜ハーブの効き目が規格外なのは、気のせいでしょうか〜

「それはありがとう、今からミオとここで夕食にするつもりだが一緒に食べるか?」
「ああ、いい匂いがするな。良いことはするものだ」
 リズはドイルを招き入れると、ミオに「ハーブティーを一つ追加で」と頼んだ。ミオと目が合ったドイルは軽く会釈をした後、視線を壁の棚にずらりと並ぶ酒瓶に向ける。実に恨めしそうだ。おそらく飲みたいのはそっちだろう。それに気づいたリズがパンと皿を運びながら、やれやれと肩を竦める。
「酒なら金さえ払えばいつでも飲ませてあげるわ。それより『神の気まぐれ』が淹れたハーブティーよ」
「なるほど、そう考えると酒より飲む価値あるか。しかし、その話し方どうにかならないのか?」
「今はミオがいるからね」
 心底嫌そうな顔をするドイルだが、リズはさほど気にしていないようで「料理を運ぶから切り分けといて」とパンとナイフを手渡す。ドイルは当たり前のように受け取ると、パンをナイフで切っていく。やや分厚すぎる気がしないでもない。
(私なら一枚で充分ね)
 遠目でみながらそう思った。

 ほくほくと湯気の立ち昇るキッシュがテーブルに並んだところで、三人は夕食にすることに。
 リズは、まずは、とハーブティーを手にする。
「このハーブティーの効果は何なの?」
「安産の効果があるわ。マーガレット様が妊娠されていたのでおすすめしたの」
 その答えにリズとドイルが実に微妙な顔をする。ティーカップを持つ手を宙で止め、ドイルが恐る恐る聞いてきた。
「これ、俺が飲んでも大丈夫なのか?」
「ふふ、大丈夫ですよ。お二人にとって有効となる効果はありませんが、害もありません。あっ、あえていうなら美白効果があります」
 その効果もこの男には関係ないだろう、とは思う。
 害はないと聞いて、ドイルはやっとハーブティーを口にした。
「少し渋みがあるが、あっさりしていて飲みやすい。これがハーブティーか」
「はい。ジークが飲んだものとはまた違いますけど、葉や花、茎や根から作ります」
 なるほど、と頷きながらドイルはもう一口飲むと次は料理に取り掛かった。キッシュは熱々、チーズがとろりとよく伸びる。山羊のチーズを使ったので味が濃くバジルのほのかな苦味と相性が良い。ふわふわ生地にパリッとしたソーセージの食感もいいアクセントになっている。少し癖のあるソーセージだけれどじわっと染みる肉汁が美味しい。何の肉だろう。
 ミオがゆっくり食事を堪能するのに対し、二人の食欲は旺盛だ。思えばリズと一緒に食事をしたのはこれが初めて。実に美味しそうに豪快に食べる。
(ドイル隊長といる時のリズは素って感じよね)
 この二人には気心が知れ合う以上の繋がりを感じる。
 あっという間に料理はなくなり、唯一残ったバゲットにミオが即席で作ったスクランブルエッグや、ベーコンを乗せ、つまみとして酒を飲むことに。
「ところでミオはどうして町へ?」
 ドイルの質問にミオは困ったように眉を下げると、今日あったことを話した。それを聞いたドイルはうーんと腕を組む。
「仕方ないです、突然現れたハーブカフェを怪しむ人が今までいなかったのが不思議なぐらいですから」
「いや、それはミオが作るハーブティがうまく、効能もあるからだろう。それにそもそも領主がハーブティを嫌っている理由はミオにあるんじゃない」
「ドイル、何か知っているの?」
 リズの問いにドイルは持っていたエールの入ったグラスをテーブルに置き、うーんと腕組みする。
「実はミオのハーブカフェが騎士団で話題になったころ、俺のもとに来た奴がいるんだ。そいつはこの町の出身で親は代々領主の護衛をしていたらしい。そいつから聞いた話なのでどれほど信憑性があるかは分からないが……」
 そう前置きしたあとドイルは話し始めた。

 *

 今から数百年前、未曾有の飢饉に領民が苦しんでいた頃。
 町の東側を流れる川の上流に、ある日突然一人の男と一軒の家が現れた。
 男はこの国の言葉を話せこそすれ、全くこの国の知識を持っていない。違う国から突然ここに来たという彼に対し、村の老人が『神のきまぐれ』だと騒ぎ出した。なんでも数百年前に隣の隣の村に現れたことがあるらしい。
 村人達がこれはどういうことかと騒ぐ中、男は村の現状を見てすぐさま家から幾つもの苗や種を持ってきて、川岸に植え始めた。そして数日後、男の家の周りには沢山の小麦や野菜が実った。
 これには村人はもちろん男自身も驚き、唖然としながら畑を眺めた。
 しかしすぐに気を取り直し、できた小麦や野菜を少し残し村中に配り歩いた。残した野菜からは種を取り出し、今度は前回以上の種を撒き、山ほどの作物が実った。それを繰り返すこと一か月後、飢えの危機は過ぎ去った。
 男は感謝する領民に、種を分け与えた。領民達は彼がしたように開墾した土地にそれらを撒いた。
 でも、男が植えた種がすぐ芽吹いたのに対し、芽を出すのに数週間、実をつけるのに数か月かかった。どうやら、あれほどの速さで植物が実るのは男が植えた時だけらしい。
 飢饉は去ったので一度に爆発的な収穫は不要。
 植えれば季節関係なく実がなるおかげで、それ以降飢饉に苦しむことはなかった。
 男はすっかり土地に馴染み、皆が『神の気まぐれ』だと認めた。
 食べ物が一通り行き渡ると、男は今度は様々な花や草を育て始めた。見たことのない花々は女達の間であっという間に話題になった。
 当時の領主が礼を言いたいと、小高い丘の上にある屋敷に男を招待した時、男は庭に咲いた花を幾つか手土産に持っていった。その中には紫色の小さな花を沢山付けた物も含まれていた。
 花を受け取り喜ぶ領主の妻に、男はこの紫の花はハーブで肉や魚の匂い消しに使えるし、乾燥させて飲むこともできると伝えた。
「ハーブとはこの植物の名前ですか?」
「いえ、腹痛を緩和したり胃腸の働きを整える効果がある草花を纏めてそう呼ぶらしいのですが。実は亡くなった母が好きで育てていたので、俺は詳しいことは何も知らないんです。ただ、この紫の花はよく料理に使ったり、乾燥させたもので茶を作っていたので、使い方は分ります」
「それならぜひ教えてください」
 男は、その頃には領民からの信頼も厚くなっていた。だから領主も妻も疑うことなく男に作り方を教わり、お手製のハーブティを口にした。薬のような少し癖のある味だったが、飲み終えたあとは口内がすっきりして、当時妊娠してつわりがひどかった妻はこの味を好み日に何杯も飲むようになったらしい。
 しかし、ある日突然腹が痛み、子供は流れてしまった。
 妻は泣いて暮らし、領主は医者に何が原因だと問い詰めた。
 医者は妻が頻繁に飲んでいたハーブティーに原因があるのではと診断した。それが真の原因かどうかは分からない。自分のせいにされたくないが故、「神の気まぐれ」に責任を擦り付けた可能性もある。 
 領主は男を再び屋敷に呼んだ。 
 男は突然のことに狼狽え、そして謝罪した。
 ハーブが原因だとはっきりしたわけではないが、違うとも言い切れない。
 僅かでもその可能性があるなら謝罪すべきだと思ったのだろう。そういう男だった。
 領主とて、医者の言葉を鵜呑みにはしなかった。男を罰することはせず、しかしハーブをどうするかが問題となった。
 根絶やしにすることも可能。
 だが、男にしてみれば、母が残してくれた大事な形見のようなもの。
 薬に近い効能があるからいつか役立つかも知れないと領主を説得した。
 領主は飢えから領民を守った男の頼みを無下にすることはできず、妻もまたそれを願わなかった。
 かといって、領民が勝手に栽培し口にするのは危険だと考え、ハーブは全て領主が管理し、その土地は立ち入り禁止とすることになった。
 
 *

 ドイルは空になったグラスに酒を注ぐ。
「今の領主もこの話は知っている。その時の領主の妻と自分の妻が重なり過剰に反応したのだろう」
「そんな、ハーブが原因だって決まってないのに。それにミオは何も悪くないじゃない」
 代わりに怒りを口にするリズにミオは小さく首を振ると、沈んだ声でぽつりと言った。
「多分、流産の原因はハーブにあるわ」
 ミオの言葉にリズとドイルは視線を合わせる。ミオは席を立ち、リュックからハーブの入った瓶を一つ持ってきた。
「ミオ、それは?」
「セージのハーブよ。マーガレット様の好みが分からなかったから数種類持ってきたうちの一つなのだけれど」
 ミオは瓶をテーブルに置き、キッチンに行って再び湯を沸かし始めた。
 リズがそれを手に取る。ドイルの話では紫色の花と聞いたけれど、瓶の中身は白っぽく枯れた葉。蓋を開け匂いを嗅ぐと、花のような甘い芳香とはまったく違う、新緑の森のような草いきれの香りがした。
「リズ、それを貸して」
「ええ、作ってくれるのね」
 リズが瓶を手渡すと、ミオはリュックからさらに幾つかハーブが入った瓶を取り出し、セージとブレンドする。少し癖のあるハーブなのでカモミール等と混ぜて飲みやすくすることに。
 出来上がったものを、温めたカップに注ぎテーブルに置いた。
「これが元領主の妻が飲んだハーブティよ」
「確認するけれど、毒ではないのよね」
「もちろん。ただ、セージには『ツヨン』という成分が含まれていて、これには中絶作用があると言われているから妊娠初期の方には出さないわ」
 料理に使われることも多いハーブだから、知らず口にすることもある。しかし少量口にしたからといってすぐに流産するほどの即効性の毒はない。もともとハーブは体質を改善するように緩やかに作用するものなのだ。
「元領主の奥様は気に入って日に数杯飲んでいたとか。それならおそらく流産の原因はセージだと思うわ。当時の『神のきまぐれ』にはハーブの知識がなかったから知らず勧めてしまったのね」
 もし「神のきまぐれ」が息子でなく娘だったら、母はその危険性を将来のため教えていたかもしれない。でも、ハーブにそれほど興味がなさそうな息子には何も伝えなかったのだろう。それもまた仕方ないことだ。
「もちろん、妊婦さん以外の方に害はないから安心して飲んで。敢えて言うなら、記憶力を上げる効果があるとか」
「よかったわね、ドイル。あなたに丁度良いじゃない」
「お前もな」
 二人は匂いを嗅いで、少し顔を顰めながら口に含む。そのあと、うん、と軽く頷いた。
「さっきのラズベリーリーフに比べると飲みにくいけれど、飲んだ後は爽やかですっきりするわ」
「なるほど、ハーブと一口に言ってもここまで味が違ってくるものなんだな」
「ブレンドによってはもっと味が変わってきますよ」
 味の濃い料理を食べた後にセージのハーブはぴったりだ。不運が重なった不幸な出来事と言えてしまうのは他人だからだろう。領主も妻もそして男もどれだけ苦しみ悲しんだことか。それでもハーブを根絶やしにしなかったことは感謝すべきだと思う。
「妊娠中の奥様がハーブティを飲んでいたんだもの、怒鳴って当たり前だわ」
「せめて私が一緒に行ってあげてればよかったわ」
「そんな、リズを巻き込むなんてできないよ」
 眉を下げ心配そうな視線を向けてくるリズに、ミオは大丈夫だと笑って見せる。
 怒鳴られた瞬間は訳が分からずただひたすら驚き怖かったけれど、理由を知った今は納得もできる。そして誤解があるなら解きたいと思う。セージのように妊娠中に口にしてはいけないハーブは多い。でも、ラズベリーリーフのように「安産のためのハーブ」と言われるハーブだってあるのだ。
「ドイル、騎士隊長のあなたなら領主と話す機会はあるんじゃない?」
「面識がないわけではないが、気軽に連絡を取れる間柄でもない。それに、騎士団がミオに肩入れしていると取られ、町の衛兵との仲がこじれても厄介だ。それとなく話をするきっかけがあればよいのだけれど」
「作ればいいじゃん、そのきっかけを」
「簡単に言うな。今、国境付近で魔物の出没頻度が上がっているんだ。この前ドラゴンが現れたって言っただろう? どうやらあれが国境向こうの山をねぐらにしたらしい。それで雑魚がこっちに逃げてきてちょっと手が離せないんだよ」
 うんざりだとばかりに椅子の背に身体を預けるドイル。
 世間話のようにサラリと言っているが、内容はとんでもない。
「あの、それは大丈夫なのでしょうか」
 こんなところで呑気に飲んでいて大丈夫なのか、とう意味だ。
 片腕を失くしていなければドラゴンを一人で仕留められると言っていた。それほどの豪剣なら国境に張り付いていて欲しい。
「なに、若者に場数を踏ませるのに丁度よい相手、ジーク達に頑張って貰っている。そうだ、そのせいかヤロウ軟膏の減りが予想より早いので新たに作ってくれないだろうか」
「分かりました。では明日にでも空になった缶を取りに伺います」
「それならジークに持たせる。あの付近まで魔物が出没しているとは思えないが、念のため見回りもさせておく」
 ドイルは安心させるつもりで言ったのだろうが、それは魔物が近くにいるかも知れないということ。ますます青ざめるミオに向かって、ドイルは大丈夫だと唇の端を上げた。
「心配しなくてもミオの家の近くにはリズがいる。全く問題ない」
「はあ……」
 どういう意味だと首を傾げリズを見るも、明後日の方を向いていて目線は合わなかった。

6.異世界の洗礼

 リズの店で食事したミオは、ドイルの馬に乗せてもらい帰宅した。リズはというと、辻馬車がなかったので歩いて帰宅だ。
 次の日は店の定休日。
 異世界に来てからは休日だからと言って昼まで寝ることはない。
 窓を開けると、朝にも関わらず既に太陽は眩しく真夏の気配を感じる。
「フーロに頼んでもエアコンは使えないのよね」
 がっかりしながら壁に張り付いた四角い物体を恨めしそうに眺める。
 他の家電と一緒に見て貰ったけれど、これは何? と言われる始末。それならばと、扇風機を引っ張り出すと、これなら知っているとフーロは親指を立てた。オーソドックスな丸い面に羽が三枚ついたそれは洒落っ気より価格に引かれて買ったものだった。 
 扇風機が必要なほど暑くなるかはさておき、今日は洗濯日和だとシーツを洗い、布団を干す。こんなことするの何年ぶりかと思いながら、ちょっとは生活力がついたと得意げに鼻歌が混じる。
 一仕事終えた気分でミント水を沢山作り冷蔵庫で冷やし、パンと残り物で昼食を済ませた頃、店の前に馬の蹄と車輪の音が聞こえ止まる。今日は定休日だけれど、知らず来てくれたのならお詫びの一言でも言おうかと扉を少し開け顔を出すと、馬車から降りたばかりのベニーが駆け寄ってきた。
「ミオ、ごめんなさい! 昨日のこと謝りに来たんだ」
 唐突に言われ目をパチリとしつつ、意図が分かりミオは口元を綻ばせる。不安そうに自分を見つめるエメラルドのような瞳に、しゃがみ視線がを和せるとにこりと微笑んだ。
「気にしないでください。ベニー様はあのあと怒られませんでしたか?」
「僕は怒られなかったけれど、お母様とお父様は喧嘩していた。ねぇ、あのハーブティー、お母様のお腹にいる赤ちゃんの毒になるの?」
「なりません。絶対にならない、だから大丈夫です」
 ミオが強く否定すると、ベニーはホッと息を吐いた。力んでいた肩の力が抜けたところを見ると、ここまで随分不安な気持ちで来たのだろう。
「兎に角、中にどうぞ。あれ、そちらの方は?」
 立ち上がった目線の先に、十代半ばほどの可愛らしい少女が立っている。カーサスやベニーと同じ翠色の瞳をした彼女は、軽く会釈をしながらこちらにやってきた。
「初めまして、カーサスの妹のサザリンと申します。兄の無礼を詫びに参りました」
 見た目よりもずっと落ち着いた雰囲気で少女は深々と頭を下げた。
 ミオの方が慌て胸の前で手をひらひらと振る。
「わざわざお越しいただきありがとうございます。こちらこそ、お騒がせして申し訳ありません。それから、昨日お出ししたハーブティーがマーガレット様を害することはありませんので、ご安心ください」
「はい。義姉にもそのように伝えます。それで、兄のことについて弁解の機を与えて頂ければと思うのですが」
「そのことでしたら、ご事情はとある方から聞いて知っています。昔、ハーブティーを飲んでお腹の中にいたお子様を失った方がいるとか。……あの、今日は暑いですしどうぞ店に入ってください」
 ミオは扉を大きく開け二人を店内に案内することに。
 湿気が少ないので、日差しが遮られるだけでも随分過ごしやすくなる。
 カウンター席に案内した二人によく冷えたミント水を渡すと、昨日持って行ったラズベリーリーフとセージのハーブをテーブルに置いた。
「こちらが昨日マーガレット様が飲まれたハーブ、もう一方が妊婦に影響があるハーブです。恐らくご先祖様はセージのハーブティーを飲まれたのだと思います」
 サザリンは瓶を手に取り中身を覗き見る。パッと見どちらも枯れ草。だけれども形状は違う。
 ミオは一通りハーブについて説明したところで切り出した。
「あの、私が聞いた話によるとサーガスト様がハーブ畑を管理されているとか」
「ええ。この近くだと村と騎士団の間にある森の中にあると聞いています。そらから、『神の気まぐれ』が住んでおられた川上にも」
「そこのハーブを採取させて頂くことはできませんか?」
 唐突すぎる言い方だと自覚しつつも、サーガスト家の人間と口を聞く機会など今後ないかも知れない。ミオはこの機を流すまいと頼むことに。しかし。
「申し訳ありません、私の一存でそれはできないです。でもベニーの話やミオさんの説明を聞いてハーブが危険なものではないと理解しました。ベニーはやんちゃですが、嘘はつかないんです。少し時間がかかると思いますが、私から機会をみて兄と話をしてみます」
「ありがとうございます。実は手持ちのハーブが少なくなってきて新たに採取したいのです」
「それはお困りですね」
 ミオはこくんと頷く。このままでは遅かれ早かれ店をたたまなくてはいけない。
「サザリンさん、迷惑でなければラズベリーリーフを持って帰られませんか?」
「いいんですか? さきほどハーブが残り少ないと仰っていましたが」
「これは大丈夫です。すぐそこの森にラズベリーの木があるので採取できます。ラズベリージャムも作りたいですし、よければ今から一緒に行きませんか?」
 そう誘ったのは、ハーブが身近なものだと知ってもらいたいから。
 ちょっと日差しが強いのが気にはなるけれど、森に入れば木陰もある。
 ベニーが興味を示したこともあり、三人はさっそく森へと出かけることに。
 念のため暑さ対策として沢山作ったミント水も水筒に入れ持っていく。
 ジークが来た時のことも考え扉に「森に行ってきます」とメモも残しておいた。スペルのチェックはサザリンがしてくれたので問題ないはずだ。

 森に入ると気温が数度下がったように感じた。
 幾重にも重なり伸びた枝に生い茂る葉。川から吹く風で室内よりさらに涼しく感じる。
 それでも歩いていれば額に汗はにじむもので、それを手の甲で拭いながらミオはラズベリーの木が密集している場所で足を止めた。
「うわ、沢山のラズベリー。僕、木になっているの初めて見たよ。ねぇ、サザリン、食べてもいい」
 返事を聞くより早くベニーは真っ赤に輝く宝石のような実に手を伸ばす。
 サザリンも子供らしい顔になって、二粒採りハンカチで丁寧に拭くとベニーに一つ手渡した。
「美味しい。でも、ちょっと酸っぱい」
「家ではシロップ煮を食べることが多いものね。でもこの酸味がさっぱりして、私はこのまま食べる方が好きかも」
 そう言いながらサザリンはさらにラズベリーに手を伸ばす。
 店にいた時は「神の気まぐれ」を前にして彼女なりに緊張していたのだろう。今はすっかりリラックスしてラズベリー狩りを楽しんでいる。
「ミオさん、私、随分食べているけれどいいのかしら」
「もちろん。ここは領主様の土地と聞いていますし、この奥にもラズベリーの木はあります。そもそも、サザリン様達が召し上がったぐらいでジャム作りに差し支えはありません」
「そう、じゃ、遠慮なく。私、こんな風に木から摘んで食べたことがないから楽しくて」
 まるで姉弟のように仲の良い二人を横目で見ながら、ミオは良く熟したラズベリーとその葉をカゴに入れていく。手早く取ってもカゴいっぱいにするにはそれなりの時間がかかるので、今日はほどほどで切り上げ、足りない分は明日採りにこようかなと考えた。
 そのうちベニーが暑い暑いと言うので、ラズベリー狩りを中断して川に行くことに。
 川岸にある大きな石に腰掛け、靴を脱ぎ川の中に足を入れる。水はひんやりと冷たく、持っていたタオルも濡らし首筋に当てた。
 ベニーに至ってはじゃぶじゃぶと川の浅瀬に入っていき、何やら小さな魚と格闘を始めた。