男は感謝する領民に、種を分け与えた。領民達は彼がしたように開墾した土地にそれらを撒いた。
 でも、男が植えた種がすぐ芽吹いたのに対し、芽を出すのに数週間、実をつけるのに数か月かかった。どうやら、あれほどの速さで植物が実るのは男が植えた時だけらしい。
 飢饉は去ったので一度に爆発的な収穫は不要。
 植えれば季節関係なく実がなるおかげで、それ以降飢饉に苦しむことはなかった。
 男はすっかり土地に馴染み、皆が『神の気まぐれ』だと認めた。
 食べ物が一通り行き渡ると、男は今度は様々な花や草を育て始めた。見たことのない花々は女達の間であっという間に話題になった。
 当時の領主が礼を言いたいと、小高い丘の上にある屋敷に男を招待した時、男は庭に咲いた花を幾つか手土産に持っていった。その中には紫色の小さな花を沢山付けた物も含まれていた。
 花を受け取り喜ぶ領主の妻に、男はこの紫の花はハーブで肉や魚の匂い消しに使えるし、乾燥させて飲むこともできると伝えた。
「ハーブとはこの植物の名前ですか?」
「いえ、腹痛を緩和したり胃腸の働きを整える効果がある草花を纏めてそう呼ぶらしいのですが。実は亡くなった母が好きで育てていたので、俺は詳しいことは何も知らないんです。ただ、この紫の花はよく料理に使ったり、乾燥させたもので茶を作っていたので、使い方は分ります」
「それならぜひ教えてください」
 男は、その頃には領民からの信頼も厚くなっていた。だから領主も妻も疑うことなく男に作り方を教わり、お手製のハーブティを口にした。薬のような少し癖のある味だったが、飲み終えたあとは口内がすっきりして、当時妊娠してつわりがひどかった妻はこの味を好み日に何杯も飲むようになったらしい。
 しかし、ある日突然腹が痛み、子供は流れてしまった。
 妻は泣いて暮らし、領主は医者に何が原因だと問い詰めた。
 医者は妻が頻繁に飲んでいたハーブティーに原因があるのではと診断した。それが真の原因かどうかは分からない。自分のせいにされたくないが故、「神の気まぐれ」に責任を擦り付けた可能性もある。 
 領主は男を再び屋敷に呼んだ。 
 男は突然のことに狼狽え、そして謝罪した。
 ハーブが原因だとはっきりしたわけではないが、違うとも言い切れない。
 僅かでもその可能性があるなら謝罪すべきだと思ったのだろう。そういう男だった。