食事が終わると、リビングに大きな布を敷いて、メイアがその上に毛布を乗せた。

「ごめんなさい、ゲストルームがないの。簡素で悪いんだけど」
「いや、助かるよ。ありがとう」
「毛布は一枚で足りる? 寒ければ、もう一枚持ってくるけど」
「んー……毛布は、一枚でいいけど」
「けど?」
「メイアが一緒に寝てくれた方が、あったかいかな」

 首を傾げてにこりと微笑んだ明楽に、メイアは一瞬詰まった後、わざとらしく溜息を吐いてみせた。

「そんな軽口が叩けるなら、大丈夫そうね」
(あ、これいけそう)

 怒ったような素振りを見せるメイアに、明楽は口には出さずに確信した。
 そもそも警戒心の高い女は自身のテリトリーに簡単に男を招き入れない。そういう女を攻略するのも楽しくはあるが、寄生するには向かない。
 望ましいのは、絆されやすく、他人に甘く、寂しさを抱えている女だ。
 身も蓋もない言い方をすれば、ちょろい女。
 
 容姿重視の軽い女は上がり込むのはちょろいが、寄生先にはならない。要は他人に自慢できるステータスが欲しいので、着飾らせて連れ歩いて見せびらかしはするものの、金銭的な面倒を長くはみてくれない。急に追い出された時の避難宅として便利なので、セフレとしてキープしておくくらいがちょうどいい。
 最初からペット扱いを決めているバリキャリも利害がはっきりしており気楽でいいが、あれは依存してくれないので、熱心に尽くさないと捨てられるのも比較的早い。向こうも替えがいくらでもいるからだ。
 逆にいかにもな男慣れしていない喪女は地雷である。引っ張ろうと思えばいくらでも引っ張れるのでホストにとっては好物件だが、うまくさばかないと刃傷沙汰になる確率が最も高い。素人がうかつに手を出すものではない。
 ヒモはあくまで恋人の延長線上にある。ちょっとお人好しなくらいの普通の女が、一番「恋人」になりやすい。困っているところを助けてもらって、恩義を返すことを口実に、気がある素振りで近づく。懐に入ってしまえば、もう見捨てられない。恋人だと思っているから、手順さえ間違えなければ、金絡みの修羅場にもならない。
 
 メイアが明楽を助けた時点で、七割方いけそうだとは思っていた。
 本来、男を助けるのは男であるべきだ。「他人の手助けが必要な状況」において、筋力の劣る女が手を貸す理由はなく、ましてや見知らぬ男とあっては何をされるかわからない。どれほど困って見えても、男に任せるか、男を呼んでくるべきだ。
 それらを考えもせず、あるいは考えたとしても「自分が」と思って手を差し伸べてしまうのは、よほどのお人好しか、少々考えが足りないか、向こうにも下心があるか。そういう女を判別するために、明楽はわざと「困って」みせる。
 メイアの場合、現代とは事情が異なる。あの草原にはメイア以外の誰もおらず、別の人間に助けを求めることは不可能だった。獣に襲われたのは明楽にとっても想定外のことであったし、本当に命の危機だった。あれはただの人道に則った行為だ、と言われても納得はするが。
 その後、明楽を自宅に招いたのはお人好しと言わざるをえない。この近辺に家がないことにも間違いはないが、先ほどの話からすると、メイアは王都に行くことができる。王都というからには繁華街だ。なら、明楽をそこに放り出してしまえばいいのだ。多くの人間が集まる場所なら、自力でなんとかすると考えるものだろう。何せ相手は成人男性である。
 しかしメイアは、明楽を泊めることに何の疑問もないようだった。それどころか来客を楽しんでいる節がある。加えて先ほどの反応。もうこれ役満じゃなかろうか。
 
 毛布を被って、明楽は窓辺から外を眺めていた。明かりがないので、星がよく見える。
 虫の声がする。自然界の音しか聞こえない。キャンプでも、こんな空気は味わったことがない。
 ふと外に出てみたい気もしたが、さすがに家主に黙って夜間の外出は憚られる。
 メイアが就寝すると言ってベッドルームにこもってから暫く。完全に眠っている可能性もあるが、明楽の予想では、そろそろ。

 キィ、と扉が静かに開いた音には気づかないふりをする。ぼうっとした顔で、窓の外へ視線をやり続けた。

「……眠れないの?」

 小さくかけられた声に、初めて気づいたようにはっとして、明楽は声の方に振り返った。

「驚いた。メイアこそ、眠ったんじゃなかったの?」
「あ、あたしは、ちょっと喉が渇いて」

 言い訳のように口にして、メイアは水瓶から水を汲んだ。

「アキラも飲む?」
「いや……俺は、いいかな」
「……ねえ、ちょっと。大丈夫?」
「なにが?」

 弱々しく微笑んだ明楽に、メイアは眉を寄せて、つかつかと明楽の真正面に来た。

「夜にごちゃごちゃ考えたって、いいことないわよ。はやく寝なさい」
「手厳しいなぁ」
「あなたがうじうじしてるからでしょ」

 苦笑する明楽に、メイアは少しだけ迷う素振りを見せて、明楽の手をとった。

「ほら」

 明楽が目を瞬かせると、照れたようにしながらも、メイアは握る手に力を込めた。
 
「手を握れば、眠れるんでしょ。なんなら、眠るまでついててあげるから。急にひとりになって、不安な気持ちは……わかるもの」

 そう言って目を伏せたメイアの言葉に、嘘はなさそうだった。
 薄々感じてはいた。彼女がここにひとりでいるのは、彼女が心底望んでそうしているわけではないということを。何か事情があるのだろう。
 そしてそれは、明楽にとっては都合が良かった。

「ありがとう。――メイアの手は、温かいな」

 メイアの手に、頬をすり寄せる。安心した子どものように微笑んでみせると、メイアも仕方なさそうに笑った。
 けれど明楽は子どもではない。

「手だけ?」
「え?」

 頬に添えていた手のひらに、キスを落とす。途端、メイアが赤くなった。

「あ、あなた、何して!」
「こうしたら、もっと温かいよ」
「ひゃっ!?」

 手を引いて、明楽がメイアの体を抱き込む。
 そのまま、被っていた毛布で自分ごとメイアを包む。

「ちょ、ちょっと!」
「嫌?」
「い、嫌っていうか」

 緊張は見られる。拒絶はない。嫌悪もなさそう。
 手は形だけ押すように添えてあるが、力は入っていない。
 メイアの様子を観察し、長年の勘からまんざらでもない空気も感じているが、もう一押し。

「嫌だったら、逃げていいよ。このまま部屋に戻るなら、俺は追いかけない。朝まで大人しくしてる。でも」

 メイアの顔に手を添えて、至近距離で見つめ合う。
 
「もし俺のこと嫌じゃないなら――拒まないで。お願い」

 くしゃりと顔を歪めた明楽に、メイアが小さく唸った。
 うっかりそれに笑いそうになりながらも、心中に留める。
 キスをする寸前まで唇を近づければ、メイアがぎゅっと目を閉じた。
 触れるか触れないかの距離で、最後の確認と明楽が囁く。
 
「逃げなくていいの?」
「逃がす気ないじゃない……」
「逃げられる強さでしょ?」
「心理的に!」

 つまり逃げないということだ。
 はい言質取った、と明楽は内心ほくそ笑んで、メイアの唇を塞いだ。